21 エボニーの趣味
辺境に来てそれなりに日が経ったのに、エボニーは未だ夫となる男爵とは会えていない。
辺境伯邸で貴族の子女らと働きながら、マナーや貴族の常識を学び、毎朝剣の訓練をして「剣を持つこと」を知る。
辺境で生きていくために必要ならばと、毎日無心で剣を振った。はじめは無理だと思ったけれど、振れる回数も少しずつ増えていった。
辺境行きの馬車に乗ったときは俯いていたエボニーだったが、今は相手がおじさんであろうとおじいさんであろうと、逃げ出さずに受け入れようと覚悟を決め、前を向いていた。
それが貴族令嬢にとっては何より大切であろう『自身の評判』を犠牲にしてまでエボニーたちを守ってくれた侯爵令嬢に対するお詫びになるのだと信じたかった。
「エボニーって、おっさん趣味なの?」
「は?」
辺境伯邸で行われた報告会のあと、突然目の前に現れたヴェルトに誘われ裏庭に来たエボニーは、彼の意味不明な問いかけに小首を傾げた。
「だって会議の間中、おっさんの顔ばっかりじろじろ見ていたじゃないか」
「え?ヴェルト、あそこにいたの!?」
エボニーはそれを聞いて仰天してしまった。
まったく気付かなかった。
未来の旦那の顔を見てやろうと、お茶を配りながら男爵家の当主の顔ばかり見ていたのだ。
おじいちゃんに差し掛かった年齢の人もいたのだろうが、流石辺境だけあってかほとんどの人がイケオジもしくはイケオジィと言って差し支えのない人だった。
イケオジとイケオジィに紛れて何人か若者が座っているのには気付いていたが、こっちは男爵という婚約者がいる身だ。余計なことを考えないため視界に入らないように避けていた。
出来れば今、ヴェルトと過ごすのだって避けたいくらいだ。
「いや、親父の横に座っていたけど・・・」
しかもヴェルトとクルール男爵にお茶を出してくれたのはエボニーだったのだ。
ヴェルトはエボニーに声を掛けようとしたが、なんだか鬼気迫る感じで壮年期から老年期といった年齢層のおっさんたちを凝視しているエボニーに引いてしまい、機会を逃してしまったのだ。
(は?親父?)
エボニーはその言葉に引っ掛かりを覚えた。
あの場でヴェルトに親父と呼ばれる年齢層の男性は執事のセバスチャンさん以外では各貴族家の当主しかいなかった。しかしセバスチャンが座っていた時間など皆無だった為、考えずとも必然的にヴェルトの言う『親父』は貴族家当主に絞られる。
そこでエボニーは、考えたくない一つの仮説を立てた。
「もしかして、ヴェルト・・・さまって貴族・・・なの?・・・ですか」
思わず小声になる。
「は?」
ヴェルトは信じられないものを見るような目でエボニーを見た。
「いや、俺、ヴェルト・クルール。クルール男爵家の長男だって・・・」
ヴェルトは男爵家からの迎えの馬車に乗っていた。そのことからも確実に男爵家の関係者だとは思っていたが、その所作から彼は平民で男爵家の使用人なのだと思い込んでいた。
「え?あれ?言ってなかったか?」
ヴェルトが慌てた様子でそう言うが、エボニーはそれどころではなかった。
ヴェルトの働く家で他の男の妻になる・・・それだけでも最悪と思っていたのに──こんなひどい仕打ちがあるだろうか!
ヴェルトはエボニーの義理の息子になるのだ。
好きな人の雇い主(の妻)になるのだと思っていたのに、更に最悪の事態になってしまった。
(私がヴェルトの義母──!)
家族になるのであれば、上辺だけ取り繕っても仕方がない。ヴェルトはそれが分かっていたから気さくな態度でいたのだ。
目に涙が滲み、エボニーは慌ててうつむいた。これもエボニーに与えられた罰なのだろうか。
「え、エボニー!?」
突然俯き、黙り込んでしまったエボニーの顔を覗き込むように、ヴェルトが膝をついた。
(義母と息子であれば、家族だし・・・いいよね)
エボニーは泣きそうな顔を見られないように、ヴェルトの首に抱き着いて小さな声で、でも力強く言った。
「そうよ。あたし、すっごく年上の人が趣味なの」
それはエボニーなりの決意表明だった。




