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で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?  作者: Debby
本編

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20/21

20 旦那様はどんな人?

エボニーが王都を出た日のこと。

卒業式以来会えていなかった『彼』に久しぶりに会うことが出来て夢見心地だったエボニーは、男爵家に嫁ぐよう言われたことで一転、失意のまま辺境からの迎えの馬車に乗り込んだ。


「俺のことはヴェルトと呼んでくれ。俺はエボニーって呼ばせてもらう。

それにしても急ですまなかったな。君のご両親には迎えに行くことは伝えていたのだが、今日辺境に向かうことは聞いていなかったんだろう?」


そこに、えらくガタイの良い男が乗ってきて、開口一番そう言った。


「イエ・・・」


今日辺境に向かうことはおろか、辺境に嫁に行くこと自体知らなかったのだが、投げ遣りな気分になっていたエボニーはその事をヴェルトには伝えなかった。


ヴェルトが座り壁をノックすると、馬車が静かに動き出した。


ヴェルトはエボニーの涙の痕に気付いているだろうに、そのことには何も触れず、気さくに、そしてグイグイ話しかけてきた。

おかげで退屈することもなく、また『彼』のことも考えずに済み、王都から離れれば離れるほど失恋の痛みも薄くなっていった。


(だけど・・・)


今更だが、エボニーは怪訝な顔でヴェルトを見た。

エボニーは一応()()──貴族に嫁入りすることになっているはずだ。書類上婚約は既に成立しているらしいので、エボニーはほぼ?貴族。なのに何故、自分はこの男と二人きりで馬車に揺られているんだろう・・・。


エボニーはよく貴族が出てくる物語を読む。

その手の本には、必ずといって良いほど貴族は気軽に名を呼ばない。貴族の男女が二人きりになったら不義を疑われる。問題を起こした令嬢は、修道院か()()()貴族へ後妻として入る──など、という貴族界の暗黙の了解が書かれていたのだ。


そこでエボニーは好きだった『彼』に言われた言葉を思い出した。

エボニーが何とかして辺境への嫁入りを避けようと、貴族である『彼』と馬車で二人きりになった自分は『彼』以外の貴族に嫁入りする事が出来ないのではないかと訴えたのだ。


すると──


『え?そんなの(平民)には関係ないでしょ。貴族じゃないんだから』


(そうだ。それは貴族同士の話で、相手が平民ならば関係がないんだった・・・)


高位貴族に仕えるのは低位中位の貴族だが、男爵や子爵家の使用人は平民が多い。これも物語から得た知識だ。

辺境までの時間は長いし危険だって伴うだろう。

ヴェルトは帯剣しているし、きっと男爵はエボニーが道中退屈しないように、話し相手兼護衛で()()のヴェルトを寄越してくれたのだ。


いきなり本人に迎えに来られたり、執事さんみたいな真面目くさい人に来られたりしていたら、きっと『彼』のことばかり考えていたに違いない。

だからヴェルトを寄越してくれた男爵に、エボニーは感謝した。


(よかった。男爵って、案外いい人かもしれない)


エボニーが読んだ物語は全部ハッピーエンドだったけど、これは現実。

相手が高齢であることは避けられないとしても、『いい人』であるに越したことはないなとエボニーは思った。






王都を出て数日。エボニーはヴェルトの乱暴な言葉遣いと、広いとはいえ車内の座席に横たわり、長い脚を投げ出す態度に、「うん、こいつは絶対平民だわ」と、確信していた。

在学中、男爵や子爵令息に目もくれず恋に突っ走っていたエボニーの中での男性貴族のイメージは、マナーは完璧で所作も美しい『彼』だけなのだ。そう思ったのも無理もない。


自分と同じ平民だと確信したことで、安心すると同時に警戒心がなくなり、エボニーは気付いたらヴェルトに色々な話をしていた。


──エボニーが退学になったあの日の出来事まで。


「確かに侯爵令嬢には悪いことをしたと思っているけど、でも、あたしは彼とその婚約者に嵌められたんだよ!?ひどくない!?」と。


「貴族二人に利用されたんだ。それは気の毒に思う。だけどエボニーが侯爵令嬢に濡れ衣を着せたことも事実で、それはエボニーの意志だったはずだ」


ヴェルトは聞き上手だが、エボニーが間違ったらちゃんと指摘してくれる。


色々話してすっきりしたのか、あんなに好きだと思っていた『彼』に対する想いは、辺境伯領に着くころにはきれいに昇華されていた。


「・・・はじめは貴族にそんなことしちゃダメだって思っていたんだよ。だけど、だんだん『彼』と幸せになることしか考えられなくなって・・・」


そう呟くエボニーを見て、あいつも罪だよな~とヴェルトが小さな声で言っていたけど、エボニーには聞こえなかった。


「だけど、学園は退学になったけど、私も家も何の処分もなかったのよ。侯爵令嬢様は思っているほど怒っていなかったのかなぁ~」


彼女の婚約者の人は怒り狂っていたけど。


「エボニー・・・これから君は男爵家とはいえ貴族の一員になるんだ。貴族の世界は平民ほど甘くない。無知は罪だ」


ヴェルトが真面目な顔をして、エボニーに向き直った。


「君がこの程度の罰で済んだのは、一番の被害者であるその侯爵令嬢が望み、周囲がそれを汲んだからだ。

君があいつらに利用されたことに責任を感じた彼女は平民()から受けた侮辱をなかったことにした。

そのおかげで君も、君の家族も、今、生きている。商会もそのままだ。

その代わり侯爵令嬢は対応が甘いと非難され、次期公爵夫人に相応しくないのではないかと社交界で噂されているんだ──」


「え──」


エボニーは平民とはいえ商家のお嬢さんとして育てられた。

店は小さくて、貴族を相手にするほどではなかったから、そんなに生活に変化を感じなかっただけ──。


「今、自分が何の上に立っているのかを知って、よく考えるんだ」


そんなこと言ってくれる人、今まで周りにいなかった。


『彼』への恋の熱に浮かされておかしくなってはいたが、エボニーは本来、学園の入学試験に受かる程度には理解力があり、頭も良かった。冷静になればしっかり考えることも出来るのだ。


(これからは、ちゃんとしなくちゃ)


当然王都に戻ることなど出来ないことは分かっている。




ヴェルトと過ごした辺境までの旅は、楽しく、失った恋を忘れさせ、エボニーに冷静さを取り戻させた。


エボニーは罰として男爵に嫁ぐことが決まっている。

しかし、相手の名前も年齢も、なにも聞かされていない。


(あたしの旦那さんになるのはどんな人なの?)


道中ヴェルトにそのことを何度も聞こうとしたが、どうしても口にすることが出来なかった。


失恋したばっかなのに、()()失恋かぁ・・・。


ヴェルトの働いている屋敷で他の男の妻になることもまた、罰なのだろう。

エボニーがどこまで『妻』としての役割を望まれているかは分からない。


だけど、


(おじいちゃんとは・・・キスは出来ないかも、だなぁ・・・)


願わくは、ヴェルトに対する恋心を許してくれる器の大きな・・・せめてオジサンくらいの年齢層であって欲しいと、思わずにはいられなかった。

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