19 致命的だと思わないか
「え?あれはあの娘を剣の訓練に付きあわせ、音を上げて自ら出ていくように仕向けるためのものだったのでは?
私たちのことはヴェルト様や武家の方が守ってくださいますし、私たち辺境に住む者は、六歳の時に剣を持つのだとエボニーに話されていたではないですか。既にそれを終えている私には剣の訓練など不要でしょう──?」
「何か勘違いしているようだが、あれは武家当主の伴侶として、当主の隣に立つ者に必要な覚悟を示す機会だったのだ。剣を持たぬ者は持つ者を理解することは出来ないからな。
ヴェルトは真面目な男だ。好き嫌いだけでなく、そういったところも気にするはずだ。
大体百歩譲ってあの訓練がエボニーを追い出すためなのであれば、なぜお前を誘う必要がある?
そんな回りくどいことなどせず、ただ、認められぬと言えば良いだけだ。
それに──」
レィディアンスは一呼吸おき、オリーブにとって信じ難い現実を口にした。
「お前が何故ヴェルトと相愛だと思っているのかは分からないが、ヴェルトからお前の名を聞いたことは一度もない。
いずれ訓練の指導者にヴェルトを指名するつもりだった。
ならばその目に留まる機会は平等に与えるべきだと思い、エボニーと共に訓練に参加させようとしたのだ。
訓練は私に出来る最大の計らいだった」
ヴェルトの寡黙さが仇となってしまった──と、オリーブは愕然とした。
*--*--*
レィディアンスはエボニーを受け入れた後しばらく、ヴェルトの辺境伯邸への出入りを禁じ、森の調査を指示していた。それを解禁し、ヴェルトにエボニーの剣の指導を命じた初日、青い顔をしたヴェルトが執務室にやって来た。
「オリーブが倒れた・・・?」
ヴェルトからの報告を聞いたレィディアンスは眉間に深い皺を寄せてそう言った。
「医師の話では貧血らしいです。──すみません。俺が付いていながら・・・」
ヴェルトは二人の女性を医務室に担ぎ込む事態となり、かなり落ち込んでいた。そんなヴェルトを、レィディアンスは暫く面白そうに眺めていたが、すぐに飽きた。
「エボニーに関しては傷は残らないとの医師の見立てなのだろう。そもそもエボニーは傷のことを気にしているのか?」
「イエ、平民にとってこんなのかすり傷だと笑ってマス・・・」
エボニーはヴェルトが平身低頭で謝ると、平民は料理中に包丁で怪我をすることなんてざらにある。こんな傷、気にもならないと笑い飛ばしたらしい。貴族令嬢であれば考えられないことだ。
「ならいいではないか。それにお前は責任を取れる立場にあるだろう」
「え?じゃぁ──」
「その前に、お前に確認しておきたいことがある。
ここは辺境だ。伴侶を決める自由はお前にある。ヤツに言われたからといって、お前が人生を賭ける必要はない。『受け入れる』ではなく、お前の意思で誰を『選ぶ』のかを今一度考えておけ。
お前がエボニーを選ばずとも、彼女が辺境で生きて行けるように取り計らうことを約束しよう」
レィディアンスはそう言うと、「話は終わりだ」と言ってヴェルトを部屋から追い出した。
*――*――*
「納得できないという顔だな」
マルーン伯爵がオリーブに声を掛けた。親子だからこそ分かる、表情の変化なのかもしれない。
「お前が不適格だと判断された最大の理由は他にある──」
マルーン伯爵の瞳が細められ、厳しさを纏った。
「お前が嘘をつき、人を陥れようとしたことだ。
辺境貴族はお互いに命を預けることがあるのだから、信頼関係が大事なのは言うまでもない。
モーブ男爵を陥れようとしたことも然り、更にお前は剣の訓練を断る際、レィディアンス様に手首を痛めたと嘘をついたらしいな。──仕えるべき主に嘘をつく。そのような者は当然信用に値しない。
──結果、武家だけではない。文家当主の妻としても不適格であると判断されたのだ。当然辺境伯邸で働くことも許されない。これは父としてではなく、当主としての決定だ。わかったら今すぐ伯爵邸へ戻れ」
ここを追い出されれば唯一のヴェルトとの繋がりが消えてしまう。
オリーブは藁にもすがる思いでレィディアンスを見た。彼女であれば、伯爵家当主である父の決定を覆せるからだ。
しかしレィディアンスは為政者として、オリーブに宣告的な視線を向けていた──。
「オリーブ。今回のことがなくとも、私はお前を武家当主の伴侶として認めることはなかった。諦めろ」
「何故ですか?私とヴェルト様の言葉が足りなかったせいですか!?」
もっと勇気を出して、わかり易く愛し合っていればよかったのか。
しかし愛の形は人の数だけある。オリーブはヴェルトと静かで穏やかな愛を育んでいたのだ。
「違う。まぁ、ヴェルトがそれに目をつぶってでもお前を伴侶に望むのであれば考えんこともないが──。
オリーブ。
血を見て倒れるなど、武家当主の妻として致命的だとは思わないか?」
武家の者には生傷が絶えない。場合によっては大怪我を負うこともある。
傷付き帰ってくるたびに妻が気分を害し倒れるなど、あってはならないことだ。
オリーブはヴェルトに抱かれ、医務室に運ばれたあの日のことを思い出した。オリーブが倒れたのはエボニーの血を目にしたからだ。
(また、あの娘のせいで!!)
エボニーさえ辺境に来なければ、自分が動く必要もなかった。
エボニーさえ怪我をしなければ自分が倒れることはなかった──。
エボニーさえ存在しなければ、このようなことにもならなかったのに!
「──そんなっ!!──あの娘さえ、あの娘さえ辺境に来なければ──っ!!」
「──オリーブ。お前がどう思おうと、この決定は覆らない。一番の原因はお前の行いにあることを受け入れろ」
あの娘はどれだけのものをオリーブから奪えば気が済むのか。
「あ・・・あああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「オリーブ!」
オリーブはこの憤りをどうすればいいのかわからなかった。
その場に留まることが出来ず、父が止めるのも聞かずに応接室から駆け出した。




