14 失言
(まぁ!モーブ男爵は縁談を断るのにお父様に私から他の女性を勧められたことを話してしまったの?)
エボニーに目移りしたのは自分の癖にお父様に話すなんて・・・これでは私が叱られてしまうじゃないの。なんて男気のない──!
「申し訳ありません。ですがここは辺境。より好ましい者と縁を結ぶことが良しとされているではないですか」
モーブ男爵は若い娘を手に入れ、平民が男爵家夫人の立場を手に入れる──良いことではないか。
「・・・」
オリーブの言葉に父は何か言いたげであったが、オリーブはそれをスルーし自身の淹れた紅茶を一口含んだ。我ながら美味しく淹れることが出来たと思う。
「──伯爵。私は婚約締結前にエボニーを紹介して頂き、マルーン嬢に感謝しているのです」
「・・・っ、申し訳ありませんでした」
父は見合い相手に他の女を紹介するという暴挙に出たオリーブに怒っているのだろう。
だが、モーブ男爵本人は喜んでいるようだし、父もヴェルトとの縁談が進めば納得してくれるだろうと、オリーブは気にしなかった。
「では、私はここで失礼します」とモーブ男爵が立ち上がったため、マルーン伯爵とオリーブも立ち上がる。マルーン伯爵は扉のそばまでモーブ男爵を見送っていた。
伯爵が男爵にそこまでする必要はないのではとオリーブは思った。
それにモーブ男爵はオリーブの淹れた紅茶に手も付けなかったのだ。そんな礼儀を欠くような男に気を使う必要はない。
(こんな男、エボニーに押し付けて正解だったわ──)
オリーブは再びソファーに腰掛けると、再び紅茶に口をつけた。
ここまで長かった。
一年前、ヴェルトが一人で辺境に戻ってきてから今日まで、ヴェルトと結ばれる日を指折り数えてきた。
ヴェルトが学園を卒業して一年が過ぎたが、口数の少ないヴェルトとの仲はなかなか進展せず、痺れを切らして女性であるオリーブからレィディアンスに二人のことを伝えてしまった。──そこに中央貴族の横やりが入り、エボニーがやって来たのだ。
しかも『自分の欲しいものを手に入れるために手段は選ばない』という悪癖を持つ平民──。
レィディアンスもヴェルトもエボニーを追い出すために策は講じていたようだが神経の図太い平民には届かず、オリーブが手を回したおかげでやっと同じ領内ではあるが他家に嫁がせることが出来そうなのだ。
そう、やっと、やっと、ヴェルトと結ばれることが出来るのだ。
「オリーブ、レィディアンス様がお呼びだ。ついてこい」
父はモーブ男爵の見送りの際に開け放った扉の前から戻らずそう言うと、一人廊下に出て行った。
(え!?もうレィディアンス様がヴェルト様との話をお父様にしてくださるのかしら)
エボニーとモーブ男爵の話が決まったのは今日の昼。既にレィディアンスの耳に入っているということは、エボニーとの縁に乗り気のモーブ男爵が会議前か直後にレィディアンスに話したとしか思えない。
そして、そのことが居合わせたヴェルトとクルール男爵の耳に入ったに違いないわと、オリーブは慌てて茶器をテーブルに戻すと、ふわふわと夢見心地で父の後に続いた。
マルーン伯爵がレィディアンスの執務室の扉をノックした。
「入れ」
マルーン伯爵に促され中に入ると、レィディアンスが一人、執務机の椅子に腰掛けていた。
ヴェルトもクルール男爵も居らず、いつも積み上げられている書類が見当たらないどころか、机の上にはペン一つなかった。
それを見てオリーブは落胆してしまった。
(そうよね、さっきまで会議だったんですもの。婚約に関する書類なんて簡単に準備できるはずないわ)
今日にでもヴェルトの婚約者になれるかもしれないと思っていたオリーブは少し落胆した。
しかし、婚約話があるということが当主である父の耳に入るということは、大きな前進なのだ。これでもう、他の男との縁談を勧められることはないだろう。
オリーブは期待を込めてレィディアンスと父を見た。
しかし、マルーン伯爵は執務室に足を踏み入れた途端、レィディアンスに向かって深く頭を下げたのだ。
「この度は娘がご迷惑をおかけしました。先ほどモーブ男爵とは話をさせていただきました──」
「いや、これは伯爵だけの責ではない。私にも責任の一端はある」
レィディアンスに「責任の一端がある」。そう言われてオリーブは疑問に思った。
もしかしてオリーブの婚約話が遅れたことに責任を感じておられるのかしらと、オリーブはそう思った。
そして父は、レィディアンスの意向も知らずモーブ男爵との縁談を進めたことを謝罪しているのだと。
「いいえ、レィディアンス様。そしてお父様も。
悪いのは横やりを入れた中央貴族ですわ」
オリーブがそう口にした瞬間、レィディアンスが一瞬悲しそうな顔をした。
マルーン伯爵が頭を下げたまま震える声で言った。
「……そうか、やはりお前はクルール男爵令息とエボニーさんの縁談のことを知っていたのだな」
「あ・・・」
パンッ!
オリーブは喜びのあまり、言ってはいけないことを口にしてしまったのだ。そう思った瞬間、頬に痛みが走った。
「お前ははじめからエボニーさんがクルール男爵令息の縁談の相手だと知っていて、モーブ男爵にエボニー嬢を勧めたのだな」
父の言葉と胸の前で細かく震える手を見て、オリーブは自分が父に頬を打たれたのだと知った。




