11 神の思し召し
「──何故、訓練場に?」
なぜ、あんな危険なところにいたのか。ヴェルトはそう言いたいらしい。
オリーブは相変わらず言葉の足りないヴェルトの言わんとしていることを察した。
「エボニーさんは先日の休日も、殿方と街へ買い物に行く程度には辺境に慣れてきたようで、そこは安心しているのです。でも日常生活が充実してきたとはいえ、都会育ちの娘には剣の訓練なんて危険でしょう?
つい心配で様子を見に行ってしまったのです・・・。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
オリーブがヴェルトに会うために訓練場に向かい、倒れそうになったと聞けば、ヴェルトは気に病むに違いない。
オリーブはあえてエボニーの名を出した。オリーブがこのような目に遭ったのは、ヴェルトのせいではない。あの娘のせいなのだと。
(不自然ではなかったかしら)
さり気なくエボニーの裏切りを告げたオリーブの言葉に、ヴェルトは少しも考えるそぶりを見せることなくサラリと答えた。
「そうですか」と。
エボニーが男性と出かけたと聞いても何の興味も示さないヴェルトに、オリーブはやはりヴェルトはエボニーのことを何とも思っていないのだと確信した。
自然な形で情報提供の機会を持ててよかった。
それに、思いの外、長くヴェルトと話すことができた。
ちょっと嬉しくなったオリーブに、珍しく無口なヴェルトから語り掛けてきた。
「俺の方こそ、今日はすみませんでした。あそこで倒れでもしたら、マルーン嬢に怪我をさせてしまうところでした。取りあえず何事もなくてよかったです」
「いいえ!とんでもないですわ!」
「でも──」
ヴェルトは中央貴族からの横槍とレィディアンスからの命とはいえ、自身が連れてきた平民のせいでオリーブが傷付かなくてよかったと、心底安心しているようだった。
しかし続いてヴェルトの口から出た言葉は、オリーブが期待していたものとは違っていた。
「エボニーを心配して下さったのはありがたいのですが、おっしゃる通り剣の訓練は大変危険です。またこのようなことがあっては大変だ。怪我をしてからでは取り返しがつかない。訓練場は貴女のような人が足を踏み入れるべきではありません。本当に危険ですから、今後はあそこには近付かないでください」
厳しいヴェルトの言葉はオリーブのことを考えてくれてのこと。そう、分かってはいる。
「では、また──」
また。
オリーブの返事を待たずに、未来に繋がる約束の言葉を残して立ち去るヴェルト。そんな彼を追うことなど出来るはずもなく、残されたオリーブはその場に立ち尽くした。
「怪我をしてからでは取り返しがつかない」
ヴェルトを怒らせてしまった。そして、その怒りが心配の裏返しであることが痛いほど分かり、オリーブは悲しくなってしまった。
いくら会いたかったとはいえ、オリーブのような非力な令嬢が訓練場などにいくべきではなかったのだ。
(はっきり君が心配だとおっしゃって下さればいいのに・・・)
突然あのようなことを言われ驚いたが、あの平民のせいで貴族令嬢であるオリーブが倒れ、傷付くところだったのだ。ヴェルトが心配して当然だ。
貴族令嬢であるオリーブが平民の剣の訓練中に傷を負うなどあってはならないし、もしそんなことが起こればエボニーのせいであったとしても、ヴェルトの責任問題になってしまう。
(でも、もしそうなれば、ヴェルト様が責任を取って私を娶ることになるのではないかしら?それはヴェルト様にとっても好都合ではないのかしら?)
オリーブは疑問に思う。
しかし、その時自分は傷を負って醜い身体になっているということに気付き、ヴェルトはそれを心配してくれたのだと思い至り、安易にそんなことを考えた自分を恥じた。
*--*--*
次の休日。オリーブは父親に呼び出され伯爵邸にいた。
いつヴェルトに誘われても良いように長い間実家に戻っていなかったオリーブに、伯爵家から直接迎えが来たのだ。
「お前に縁談が来ている」
父親からそう切り出されたオリーブは焦った。
「相手は同じ文家のモーブ男爵だ。お前より十歳年上だが仕事振りも申し分ない。若くして家督を継いだため、これまでは伴侶を探す余裕がなかったのだが、親戚筋が中央と縁を持っているため相手が辺境の令嬢でも構わないとのことだ」
マルーン伯爵は縁談相手の釣書を広げ、オリーブに差し出した。
「お父様!私にはお慕いする方がいるのです」
「?──それは誰だ?婚約の打診をしてみる」
「・・・」
そう言って釣書を見ようともしないオリーブに、伯爵は当然そう返した。
オリーブは悔しそうに父を見つめた。
しかし今ヴェルトの名を出すと、現在中央貴族の紹介で縁談が進んでおりその相手が辺境伯邸に行儀見習いに入っていることはすぐに分かるだろう。ただでさえ年齢差という障害があるのだ。
そうなれば、諦めろと言われモーブ男爵との縁談を強引に進められることは目に見えている。
オリーブが拒否をすれば強引に話を進められることはないだろうが、ヴェルトと違い、あちらは当主だ。年齢も上。
同じ男爵家との縁談が進んでいると分かれば、ヴェルトはオリーブのことを諦めてしまうかもしれない。
「オリーブ、ここ辺境では婚姻は比較的自由だ。当然独りで過ごすという選択肢もある。
職があれば生きてはいけるがはっきり言ってお前にそんな暮らしは向いていない。親として、爵位は下がるが貴族家の夫人として生きることを選んで欲しいと思っている」
オリーブにもそれはよく分かっている。
しかし中央貴族が絡んでいる以上、エボニーを排除してからでないと──。
(まって。エボニーは男爵家に嫁ぐと思っているし、中央貴族も辺境の男爵家であれば相手がヴェルト様でなくとも納得するのではない?)
もうじき辺境伯邸で定例報告会という情報共有の会議が行われる。武家文家各家の当主が辺境伯邸で一同に会するのだ。
(その日にエボニーとモーブ男爵を引き合わせて差し上げましょう)
このタイミングでオリーブに来た縁談と、定例報告会の開催──きっと神様が味方になってくれているのだ。
オリーブは空を見上げ、微笑んだ。




