第7話 監獄街
リリィのお風呂を、アカネに手伝ってもらっている間。
俺は、アオイの頼みを聞くことになった。
抜け道の繋がるこの小屋と、その母屋を買い取って、アカネと二人で暮らしているらしい。
「頼みっていうのは、他でもない」
アオイは窓の外――城門の方角へ目をやった。
「『城門の魔法筆』を、壊してほしいんだ」
「……は?」
俺が作った、あの二本を?
「アイル……お前は十八歳でこの街を出たっきりだったから、知らなかった……いや、気づかなかっただろうが」
アオイは言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「この街は、二十歳を越えた犯罪者は、基本的に外へ出られないんだ」
「……そうなのか?」
「お前の結界は、前歴のある人間を通さない。入る時だけじゃない。出る時もだ」
アオイは、責めるでもなく続けた。
「子どもの頃の罪なら、大人になる時に前歴が消える。だが、二十歳を越えてから罪を犯した奴は、刑期を終えても前歴が消えない。だから――死ぬまで、この街から出られないんだ」
「……俺の結界が、か」
締め出された俺と、閉じ込められた彼ら。同じ結界の、表と裏だ。
……もっとも、俺が今も締め出されているのは、二十歳を過ぎてからも、あちこちで散々やらかしてきたせいだろうが。
「俺は警備団長になった。だからこそ、知っちまったんだよ」
アオイは拳を握った。
「とっくに罪を償った年寄りがいる。外で家族が待ってるのに、会いにも行けない奴もいる」
「……」
「この街が、外で何て呼ばれてるか、知ってるか?」
アオイは、乾いた笑いを漏らした。
「――『監獄街』だとさ」
バジリスクの胃袋。一度呑み込まれたら、二度と出られない街。
悪趣味な呼び名だが、言い得て妙だ。
「抜け道は? あそこなら、結界の外へ出られるだろ」
「試したさ。年寄りを何人か案内した。……全員、途中で引き返した」
当たり前だろ、とアオイが呆れた顔をする。
「あんな道、普通の人間が通れるわけがない。俺たち三人が、昔から普通じゃなかったんだよ」
「……それもそうか」
思い返せば、俺たち三人が普通だったことなんて、一度もなかった気がする。
「それに、街はこの仕組みを売りにしてる。『元罪人が暮らす、安全な観光地』ってな。客は珍しがって金を落とすし、上の連中は手放す気がない」
「なら、警備団長のお前が壊せばいいだろ」
「俺が壊せば、今度は俺が罪人になる。そうなったら、この街で年寄りたちを守れる奴がいなくなる」
アオイの目は、真っ直ぐだった。
「それに――あの筆は、作ったお前にしか外せない」
昔と変わらない。こいつは、損な役回りばかり引き受ける。
「……それとな。最近、城門の外で、黒いローブの連中が妙な『杖』を売り歩いてる。魔法筆の代わりになる、なんて触れ込みでな」
「杖ぇ?」
「結界に弾かれるから、中までは入ってこられないけどな」
――とんがり帽子の男の笑みが、ふと頭をよぎった。
その時、奥の扉が勢いよく開いた。
「お師匠~~! 見てください、ピカピカなのです!」
湯気をまとって飛び出してきたリリィは、アカネの服を借りたらしく、袖も裾もぶかぶかだった。
「……アカネの服か?」
「はい! 腹筋はお借りできませんでした!」
アオイが、たまらず噴き出した。
「それとお師匠、この街の人たちは本当に優しいのです。あのカゴ、前が見えなくて何回も転んだのですけど、りんご屋さんも、お店の人たちも、そのたびにすっごく笑って見てくれて……」
リリィは、嬉しそうにそう言った。
――ああ、そういうことか。
顔が隠れるほど大きなカゴ。一見すれば、親切だ。
だが、あれは、よそ者の子どもが転ぶのを見て笑うための、悪意だろう。
~~
街を見渡せる高台に、ひとりで来た。
眼下では、観光客向けの灯りがきらびやかに並んでいる。その外側を、俺の結界がぐるりと囲んでいる。
――相変わらず、この街は性根から腐ったままだ。
そして、その腐った街に蓋をしていたのは、他でもない俺の魔法筆だった。
城門の方角に目をやると、二体の金剛力士像が、月明かりにぼんやりと浮かんでいる。
今夜、俺はあの二本を――壊しに行く。
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