第6話 ダミーと本物
「お師匠~~っ!」
呼ぶ声で、目が覚めた。
あの黒いローブの男の笑みが妙に引っかかっていたはずなのに、いつの間にか、うたた寝していたらしい。
声のする城門のほうへと目をやる。
宙に浮く編みカゴ……いや、両手で抱えられたカゴの奥から、リリィの声が聞こえる。
「リリィ~~。こっちだ、こっち」
あまり大声で呼ぶと門番にまで聞こえてしまうから、生かさず殺さずの声量で呼んだ。
編みカゴをずらして顔をのぞかせたリリィは、手招きする俺に気づくと、まっすぐ向かってきた。
だが、ふと思う。
顔が隠れるほど大きなカゴに入れるようなお使いなんて、俺は頼んでいない。
「おかえり~。そのカゴ、どうしたんだ?」
「お師匠ッ、聞いてください! この街の人、すっごくやさしいんですっ。リリィの買い物袋に穴が開きかけてるからって、りんご屋の人がくれたんです!」
少し興奮気味のリリィ。
「にしては、ちと大きすぎないか? 歩きにくかっただろう?」
「そう言われてみれば……」
俺はリリィの頭をなでて労った。
「それに、街のみんなが『S級が倒れた』って大騒ぎしてました。だからリリィ、教えてあげたのです。『素人さんなので、足がもつれたのです』って!」
「…………そうか。偉いぞ」
S級の噂に、弟子が妙な尾ひれをつけてしまったらしい。街の連中は、さぞ妙な顔をしたことだろう。
カゴの中を漁る俺に、リリィがさらに聞く。
「それとお師匠。門のところに、お師匠そっくりの絵が貼ってありました。目つきが、とっても悪かったです」
「……他人の空似だろ」
「下に何か書いてありましたけど、リリィは字が読めないので……。お師匠って、ここの街で有名人なのですか?」
「まあ……ちょっとはそうなのかもな」
読めなくて助かった。弟子に『害獣』呼ばわりされる師匠には、なりたくない。
「それよりもお師匠、列に並んでいた時、お師匠のほうを見ている赤い髪の女の人がいたのです。お知り合いなのですか?」
「あ~、そりゃアカネだ。先に抜け道を使って行っとくって……」
「抜け道ッ! リリィも行ってみたいのです!」
「それじゃ~いっちょ、抜け道を使って街に潜入しますか!」
「了解なのです!」
抜け道に入る前に、カゴの中身を荷物入れに移した。空のカゴは、茂みの陰に置いていく。
~~
魔法筆を持たせた金剛力士像のある城門を、壁沿いに反時計回りへ進んだ先。
「あの二本の白樺の木が目印だ」
「あんなところに抜け道があるんですね!」
リリィは駆け足になって、先へ向かった。
二本の白樺の根元近くには、薄いトタン板が無造作に置かれている。
「じゃあ、早速行きましょう!」
探検気分のリリィが、トタン板を持ち上げた。
「……リリィ、そっちはダミーだ。本当の抜け道は……俺の後ろにある、黒い木の反対側にある」
「……じゃあ、この穴はどこにつながってるのですか?」
少し怯えた様子で、リリィが良い質問をしてきた。
「リリィはどこだと思う? 牢屋か、それともゴールのない地下深くか……はたまた、城門を守る目と牙の持ち主――バジリスクの巣穴か?」
その時、穴の奥から、ひゅう……と生ぬるい風が吹き上がってきた。
ゆっくりと、規則正しく。
まるで地の底で、何かが寝息を立てているかのように。
「…………リリィには……興味ありません」
引きつった顔でそう言うと、リリィはトタン板をそっと元に戻した。
リリィが興味がないと言うのなら、先を急ぐしかないだろう。
~~
本物の抜け道は、ガキの頃の俺たちが『近道』と呼んでいた代物だ。
這わないと進めないほど狭く、足元はぬかるみ、天井からは得体の知れない虫がぼとぼとと落ちてくる。
途中には、底の見えない縦穴を、壁の出っ張りだけを頼りに渡る場所まである。
……思い返してみると、よくこんなところで遊んでいたな、俺たち。
「お師匠~~。リリィはこの道をついて来たことを、後悔してますぅぅぅ」
後ろで鼻をすするリリィには、悪いことをしてしまった。
だが、人生経験を積ませることも師匠の役割なのだ……。
分かっておくれ、リリィよ。
やがて、抜け道の先から光が差し込み、アオイとアカネの話し声が聞こえてきた。
「リリィ、もう少しで着くからなぁ」
最後の段差に手をかけた、その時。
「やっと来たか~~。それで、アイルの大切な人っていうのは?」
抜け道の出口――古い小屋の床下から顔を出した俺を、アオイが仁王立ちで出迎えた。
「その前に……手を貸してくれ」
「おうっ」
つかんだアオイの手のひらは厚く硬く、日々の剣術を怠っていないことを物語っていた。
引き上げてもらった俺は、続けて後ろの穴へ手を伸ばす。
ずるりと引っ張り出されたのは、頭のてっぺんから足の先まで泥だらけになった、小さな弟子だった。
「……は、初めまして。リリィなのです……」
「俺の弟子だ。大切な人っていうのは、こいつのことだよ」
アオイは目を丸くして、俺とリリィを何度も見比べた。
「お前が……弟子……?」
小屋の奥では、アカネが腹を抱えて笑っている。
「あはははっ! とりあえず、その子はお風呂だね。ほら、こっちおいで」
アカネに手を引かれていくリリィを見送ると、アオイがふっと笑みを消した。
「……アイル。来てくれて、ちょうど良かった」
その声は、昔の悪ガキのものではなかった。
「お前に、頼みたいことがある」
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