第5話 お尋ね者
旅は続けど、俺がすべての国や街に出入りできるわけではない……。
「……お師匠、どうしてリリィたちは、こんなにコソコソしてるのですか?」
故郷の街へと続く城門の近くで、茂みに身を潜めるリリィが聞いてきた。
コソコソ隠れるだけの理由が、俺にはある。
「まあ……いろいろあってな」
城門の左右には、見上げるほど大きな二体の金剛力士像。その手には、俺が昔こしらえた魔法筆が一本ずつ握られている。
門の前には、街に入ろうとする人々の長い列ができていた。
その列の横を、きらびやかな鎧の四人組が、当然のような顔で追い越していく。
「おい、S級パーティーの『白銀の牙』だぞ!」
「本物だ……!」
列のあちこちから歓声が上がり、門番までが背筋を伸ばして道を空けた。
「お師匠。えすきゅう、って何ですか?」
「冒険者の階級だな。Sから始まって、A、B、C……と続く」
「じゃあ、Sが一番偉いのですか?」
俺は少し考えてから、もっともらしくうなずいた。
「いや。Sは『素人』のS、Aは『阿呆』のAだ。下に行くほど偉くなる」
「素人さんなのに、あんなに威張っているのですか……!」
リリィが信じた。素直な弟子を持つと、師匠は毎日が楽しい。
その時だった。
先頭を歩いていた大剣の男が、ぴたりと足を止めた。
鋭い目が、まっすぐこちらの茂みを射抜く。
「……おい。そこの茂み、誰か居るな?」
さすがは素人の中の素人。勘だけはいいらしい。
俺は人差し指で、宙に小さく『マヒ』と一筆書きした。
次の瞬間、四人組はそろって棒のように固まり、ドミノ倒しのように石畳へ倒れ込んだ。
「S級が……全員⁉」
「な、何が起きたんだ⁉」
門の前は大騒ぎだ。駆け寄った門番たちが、ぴくりとも動かない四人を前におろおろしている。
「お師匠……今、指で何か書きました? それに、お師匠の右目が、ちょっとだけ青く光ったような……」
「指なんか、動かしてないぞ。素人だからな、足がもつれたんだろ」
「なるほど……素人さんは大変なのです」
リリィは神妙な顔でうなずいた。
右目のことは――聞かなかったことにしておく。
「…………そうだな。俺はここで待ってるから、リリィ、買い物を頼んでも良いか? これがそのメモな。あと、余分に渡しとくから、食べたい物があったら買い食いしてもいいぞ」
「良いんですか――っ!」
目を輝かせるリリィに金を渡し、見送った。
城門の結界は、小さな弟子をすんなりと通した。
~~
木にもたれかかり、「ふぅ~」と息を吐く。
そして、空を見上げようとした時――。
赤毛で腹筋がバッキバキな彼女は、「はぁ~」とため息をついて言った。
「『ふぅ~』じゃないだろ、アイル。あんな子どもにお使いまでさせて。お得意の魔法で、変装でもすれば良いじゃないか?」
樹海からほど近い、生まれ故郷の街へ向かう途中――。
偶然出会った幼馴染みのアカネは、俺に呆れた様子でそう言った。
「それに、さっきのS級。あんたの仕業だろ?」
「さあな。素人が勝手に転んだだけだ」
アカネは「相変わらずだね」と肩をすくめた。
「はぁ~~、これだから平和ボケしている奴らは。変装なんかしても無駄だぞ。あの城門の左右にある金剛力士像が持ってる魔法筆の効果、忘れたのかよ?! あの列に並んでいる、見るからに不審な黒いローブの男を見とけ」
黒いローブに、つばの広いとんがり帽子。目深にかぶっていて、顔は見えない。
男が門をくぐろうとした、その瞬間――。
「……んん?? なんだあいつ、何もないところでぶつかったぞ? あ……門番に連れていかれた。あれって……」
「あぁ。樹海の元長バジリスクの目と牙で作った魔法筆の効果は、健在のようだな」
あの結界は、見た目ではなく中身を見る。罪を犯した者や、悪だくみを抱えた者は、どれだけ化けても通れない。
「……ああいう格好の連中、最近このあたりでよく見るんだよね」
アカネが、ぽつりと言った。
「ふうん。それより、久しぶりにあの筆を近くで見たかったが――――」
「いやいや、そういうことじゃなくて……私、入れなくなってるかも」
「ん?? それって――」
俺が理由を聞こうとした時、懐かしい声が聞こえた。
「アカネ――こんなとこにいたのか。お前、危うく牢屋の中だったぞ……って、アイルか?」
俺の名を呼んだ男は……故郷の幼馴染みで、俺ら三人のリーダー『アオイ』だった。
ふと、アオイの手元を見る。
――アカネと同じ指輪。
「……お、お久」
久しぶりに会った幼馴染みとはいえ……偶然に偶然が重なると、俺は語彙力を失うらしい。
アカネが危うく牢屋で……アオイと同じ指輪で……。
「――――誰だッ!? そこに誰か隠れているのか??」
S級の騒ぎのせいで、平和ボケした門番まで気が立っているらしい。
――――まずいッ。
「ニャ~~、ニャ~」
猫なんか近くに居なかったはずだが――。
ふと、鳴き声のほうを向くと、アオイが鼻をつまんで猫ボイスを出しているではないか。
「……なんだ、猫か」
いや、どんな耳をしていたら聞き間違えるんだ。
それに、タイミングよく猫が鳴くわけないだろ……。
アオイの猫の声真似を久しぶりに聞いたが、突然すぎて笑いをこらえるのに必死だった。
門番が持ち場へ戻っていくのを見届けて、アオイが言う。
「二人は正門からは入れないから、『あの抜け道』から入るぞ」
「ん?? ちょっと待て。俺が仕込んだ城門の結界は、すべての門に効いてるはずだが?!」
俺が二体の金剛力士像に持たせた魔法筆。
持たせたのは良かったが、結界の中で罪を犯した者や、前歴のある者が本当に入れなくなるのか――気になった俺は……。
当時、悪徳領主の屋敷を半壊させ、生まれ故郷に入れなくなったのだ。
「結界だけじゃないよ。城門の手配書には、今もあんたの似顔絵が貼ってあるんだから。『害獣アイル』ってね」
アカネがにやりと笑う。……目つきの悪さだけ妙に似ているのが、腹立たしい。
「それが――ガキの頃によく使っていた抜け道だけは、通れるんだよ」
なんと――――。
完璧だと思っていた結界に、そんな『遊び』があったとは……。
さすが俺だ。
だが……。
「俺は……一緒には行けない」
「――何でだよッ?! 折角、こうやって三人集まったのに……」
すっかり男前になったアオイは、悔しそうな顔をしているのに、やっぱり男前だ。
「……アオイ。あんた、アイルにからかわれてるわよ。そうでしょ、アイル?」
「そうなんだ、アオイ。俺には……ここで帰りを待たないといけない大切な人がいるんだ」
「大切な人って……一体、誰なんだよ――――ッ?!」
そう聞くアオイを、アカネが「じゃ、先行っとくから~」と引きずっていった。
二人の背中を見送ってから、俺は城門に目を戻した。
門の脇の詰所から、さっきの黒いローブの男が出てくる。捕まったばかりだというのに、もう放されたらしい。
男はふと足を止め、とんがり帽子のつばを指で持ち上げた。
そして――見えるはずのない茂みの奥の俺を見て、確かに笑った。
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