幕間 第4話の後 これまで通り
アイル・クラウンが国を追われてから、三日が過ぎた。
王都の朝は、古井戸の前の長い列から始まる。
魔法筆一つで水が湧いていた頃には、ほとんど見向きもされなかった井戸だ。桶を抱えた住民たちが、罵り合いながら順番を争っている。
通りのパン屋は、朝から店を閉めたままだった。
「火がつかねぇ! 魔法筆を買ってから、薪なんざ一本も置いてねぇってのに!」
広場では、家を失った者たちが、崩れた壁の陰で身を寄せ合っている。魔法で建てた家は、魔法が消えれば、ただの砂の山だ。
「なんで俺たちが、こんな目に……」
「あの魔法筆屋、国家転覆を企んでたんだとよ」
「けっ、追い出されて当然だ。薄気味悪い白金の小娘ごと、な」
首をかしげる者はいない。
魔法筆を作っていたのが誰で、それを動かしていたのが誰のマナだったのか――考えたことのある者など、この国には一人もいなかったのだから。
~~
王城、玉座の間。
灯りの消えたシャンデリアの下で、城の役人が、王家の魔法筆を振っている。
一度。二度。三度。
何も起きない。
「もうよい!」
国王は、肘掛けを叩いた。
「三日だぞ。三日経っても、水一つ戻らぬとはどういうことだ! あの魔法筆屋を呼び戻せ!」
居並ぶ貴族たちが、一斉に首をすくめる。
その中で、勲章の男だけが、膝をついたまま顔を上げた。
「恐れながら、陛下。それはなりません」
「何だと?」
「国家転覆を企てた罪人を呼び戻せば、陛下のご威光に傷がつきましょう。……ご安心を。魔法筆職人など、代わりはいくらでもおります。すでに、手は打ってございます」
男の口元には、笑みさえ浮かんでいた。
あの魔法筆屋を追い出す令状を通したのは、ほかでもない自分だ。今さら呼び戻せば、首が飛ぶのはこちらのほうになる。
――お前が居なくなったところで、これまで通り魔法は使わせてもらう。
あの日、魔法筆屋の耳元で囁いた言葉に、嘘はない。
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玉座の間を出た男を、薄暗い回廊で待つ影があった。
黒いローブに、とんがり帽子。
「首尾は、いかがでした?」
「陛下はご立腹だ。急げ。約束の職人は、いつ着く」
「近いうちに。……お代は、後ほどで結構ですよ」
ローブの男は、帽子のつばの下で口の端を吊り上げた。
「この国が、これまで通り魔法を使えるように。私どもは、そのためにおりますので」
勲章の男は満足げにうなずくと、腰に下げた魔法筆を抜いた。
王から賜った、金細工の魔法筆。
軽く振ってみる。
――何も、起きない。
男は小さく舌打ちをして、それを腰に戻した。
回廊の角で振り返ると、ローブの男は、まだ、こちらを見送っていた。




