第22話 メイド服
「お師匠。森へ行きましょう」
兄妹の姿が見えなくなるなり、リリィが椅子から立ち上がった。
「行って、どうする?」
「あの子たちを、守ります」
「どうやって?」
リリィの口が、開いたまま止まった。
「戦えば、勝つだろうな。街一番のS級を追い払った連中だ」
俺は、空になったカップをテーブルに置いた。
「で、その次は?」
「……その次、ですか?」
「人間はな、負けたら数で来る。十年前もそうだった」
十年前。帯電する一角を求めて、冒険者たちは昼も夜もなく、あいつらの洞窟へ押し寄せた。
群れが絶滅寸前まで追い詰められたのは、そのせいだ。
「じゃあ……見つからないように、隠れていれば……」
「いつまで?」
リリィは、黙ってしまった。
膝の上で、小さな拳が震えている。
……我ながら、意地の悪い師匠だと思う。
だが、選択を間違えれば、この群れは壊滅する。そう告げたのは、他でもない俺だ。
答えまで、俺が出してやるわけにはいかない。
「デュラちゃん……どうしたらいいですか?」
リリィが、ペンデュラム・ウィッチを両手で握りしめる。
少しの沈黙のあと、リリィは頬をふくらませた。
「……『それは、ご自分で』だそうです」
さすがは俺の最高傑作だ。師匠より、よく分かっている。
リリィは、しょんぼりと窓の外へ目をやった。
通りの向かいには、仕立て屋がある。店先では、小さな女の子が、母親に新しい服を当ててもらっていた。
「……お師匠。あの子たち、まだ布きれ一枚ですよね」
あの日、俺が荷物からありったけの布を放り投げたきりだ。
「人の姿になったのに、人のお洋服がないなんて、かわいそうです」
リリィは、胸元をきゅっと握った。
「監獄街で、アカネさんにお洋服を借りた時……リリィは、すっごく嬉しかったです」
「……それで?」
「お洋服を、贈ります。あの子たちが、人の街を歩けるように」
それが答えになるのかは、まだ分からない。
だが、神様が自分で選んだ、最初の一手だ。
「いいんじゃないか」
俺は、それだけ言った。
~~
仕立て屋の中は、色とりどりの服で溢れていた。
字の読めないリリィは、値札も、服に付いた札も気にしない。手触りと見た目だけで、次々と服を抱えていく。
「男の子たちには、これです。裾が長いと、人じゃないところも隠せます」
選んだのは、くるぶしまで届くコートを五着。女の子たちには、裾の長いワンピースを三着。
……意外と、考えているらしい。
「それから、あの白金の髪の子には……これです!」
リリィが掲げたのは、黒いワンピースに、白いフリルのエプロンがついた服だった。
服に付いた札には、『メイド服』と書いてある。
「フリフリで、かわいいです!」
「……そうだな」
俺は、札のことは黙っておいた。言わぬが花、というやつだ。
そして、最後に。
店の奥の壁の前で、リリィが足を止めた。
ガラスのケースの中に、白い上衣と緋色の袴が飾られている。
「お師匠……あれは、神様のお洋服ですか?」
「巫女装束だな。神様に仕える者の服だ」
「じゃあ、王様の子にぴったりです!」
ケースの下の札に書かれた数字を見て、俺は目をこすった。
……桁が、ひとつ多くないか?
「お師匠?」
「……ああ。買おう」
アオイが荷物の底に忍ばせてくれた革袋から、金貨が一枚、また一枚と消えていく。
弟子が初めて誰かのために選んだ服にしては、ずいぶんと高くついたものだ。
~~
その夜。
宿の部屋で、俺はなかなか寝つけずにいた。
――パチッ。
窓の外で、小さな音がした。
カーテンの隙間から、白金色の光が漏れている。
窓を開けると、すぐ上の軒先に、フードを目深にかぶった人影がしゃがみ込んでいた。
フードの奥で、額の一角が火花を散らしている。
「……先代様」
白金の髪の女は、俺を見下ろして言った。
「お迎えに上がりました」
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと下の★で応援してもらえると励みになります!




