第21話 んなわけないだろ
運ばれてきた料理で、テーブルはあっという間に埋まった。
焼きたてのパンに、湯気の立つ肉の煮込み。山盛りの果物。
喫茶店だというのに、意外と食べるものもそろっている。毎日通っていても、俺たちが頼むのは茶ばかりだったから、知らなかった。
テーブルの端には、ジーチャンが置いた、あの魔法筆。
俺は、なるべくそちらを見ないようにして、パンをちぎった。
「いただきます!」
四人の声がそろった。
イークンは、驚くほど食べ方がきれいだった。
背筋を伸ばし、音も立てずに肉を切り分けていく。さっきまで「一攫千金だよ!」と騒いでいた少年と、同じ人間とは思えない。
何というか……品がある。
それに比べて、俺の弟子ときたら。
「お師匠、ふぉのにふぉみ、ふぉいひいれふ!」
「飲み込んでからしゃべれ」
頬をぱんぱんにふくらませたリリィが、ごくんと喉を鳴らした。
……どこで育て方を間違えたんだろうな。
腹がふくれてきたところで、俺は兄妹に聞いてみた。
「なあ。金貨千枚が手に入って、親父さんとお袋さんに楽をさせてやれたとして――その後も、冒険者は続けるのか?」
「どうですかね。その時が来てみないと、分からないです」
イークンは、ナイフとフォークを置いてから答えた。
「続けるかもしれないし、ほかに夢中になれることを探すかもしれない。……ただ、自分で自分の限界を決めるのだけは、嫌なんです」
「お師匠。リリィは、ジーチャンがかわいそうだと思うのです。こんなお兄さんと冒険だなんて、危険で危ないのです」
危険で、しかも危ないらしい。
「なんでだよッ!」
イークンが、ぷくっと頬をふくらませた。
……ふくれっ面の少年に癒されたのは、生まれて初めてかもしれない。
「妹のほうは、どうなんだ?」
ずっと順番を待っていたジーチャンが、背筋を伸ばした。
「私は……この魔法筆で、初めて魔法が使えた時に、思ったんです」
ジーチャンは、テーブルの端の魔法筆に、そっと指を添えた。
「魔法って、すごいんだなって。……人のためにあるんだなって」
「…………」
「だから、その……もっと色んな魔法を、使えるようになりたいです」
言い終えると、視界の端で、ジーチャンが耳まで赤くしてうつむいた。俺とリリィの視線が、自分に集まっていると思ったのだろう。
だが、違う。
俺が見ていたのは、彼女の指先にある魔法筆だ。
ねじれた口金に、いびつなペン先。どこからどう見ても、ゴミ以下の失敗作。
ガキの頃の俺が、捨てた一本だ。
――そのゴミが、この子に初めての魔法を見せたらしい。
隣から、リリィの視線を感じる。俺の顔と、テーブルの端の魔法筆とを、行ったり来たりしているらしい。
「……お師匠。あれって、もしかして……」
リリィが、俺の袖を引いた。
「ん? んなわけないだろ」
俺は、茶をすすった。
向かいの席で、ジーチャンがちらりと俺の顔をうかがった気がした。
弟子が初めて作った軸とは、比べるまでもない。あんな歪な代物を、俺が作ったなどと言えるわけがない。
……言えるわけが、ないだろ。
~~
皿が空になった頃、イークンが切り出した。
「それで、さっきの話ですけど。S級の上って……本気ですか?」
「本気だ。ただし、森に入るのは明日にしろ」
「明日⁉ それじゃ、千枚が誰かに取られちゃうじゃないですか!」
「今日の森は、金貨千枚に目の色を変えた連中でいっぱいだ。E級とG級が入れば、魔獣より先に人間に踏み潰されるぞ」
イークンは、ぐっと言葉に詰まった。
窓の外では、今も武器を担いだ冒険者たちが、森のほうへと歩いていく。
「明日の朝、日の出と一緒に、街の門に来い。とびきりの教官を紹介してやる」
「……分かりました。兄様、そうしましょう」
ジーチャンがぺこりと頭を下げ、イークンも渋々うなずいた。
店を出ていく二人の背中を見送りながら、俺は残りの茶を飲み干した。
二人には、まだ言っていない。
――教官のあてなど、どこにもないことを。
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