第20話 イージー
俺が新聞を畳むのと、ほとんど同時だった。
後ろの席から、弾んだ声が飛んできた。
「なあ、見たか⁉ 人型魔獣の討伐依頼! 報酬、金貨千枚だってよ!」
さっきから、電殿むしの昔話をしていた少年の声だ。
「千枚あれば、父さんと母さんに楽をさせてやれる。一攫千金だよ、ジー!」
「……兄様、声が大きいです」
リリィの肩が、びくりと跳ねた。
「お師匠……人型の、魔獣って……」
字は読めなくても、耳はいい。
俺は、畳んだ新聞をテーブルに置いた。隠すつもりはない。
「あぁ。あの九人のことだ」
「討伐って……あの子たち、退治されてしまうのですか?」
「金貨千枚だからな。腕に覚えのある連中が、これから森へ押し寄せる」
窓の外を、武器を担いだ冒険者たちが、ぞろぞろと森の方へ歩いていく。
リリィの顔から、血の気が引いていった。
「……リリィが、あの子たちを人の姿にしたから」
「そうだ」
俺は、否定しなかった。
人の姿にしたのはリリィで、神を継いだのもリリィだ。慰めの言葉で、その重さを軽くしてやるわけにはいかない。
「それで、神様はどうする?」
リリィは、しばらく黙っていた。
膝の上で、小さな手がぎゅっと握られる。
「……守ります。リリィは、あの子たちの神様なので」
――決まりだな。
人の姿になった電殿むしの群れを、守り抜く。
それが、俺たちの次の目的だ。
「ただし、俺は口しか出さない。どう守るかを選ぶのは、神様の仕事だ」
「……はいっ!」
さて。
まずは、後ろの席の一攫千金くんだ。
リリィは椅子の上でくるりと振り返ると、少年の首輪のプレートをじっと見た。
色だけで、もう分かる。
「……E。イージー。チョロいって意味です」
「ぐはっ!」
少年が胸を押さえて、大げさにのけぞった。
「な、なんだよお前! さっきから聞いてりゃ、S級を素人だ、A級を阿呆だと罵りやがって。E級に上がったばかりで喜んでる僕は、何だってんだよ――ッ⁉」
「チョロいです」
「二回言うな!」
……デュラに一から教え直してもらうんじゃなかったのか、お前は。
「兄様、落ち着いてください」
隣の少女が、兄の袖を引いた。首輪のプレートは、G。
「申し訳ありません。兄が、失礼を」
ぺこりと頭を下げる仕草が、妙に板についている。二人とも茶色の髪だが、その根元が、ほんのわずかに黒い。
聞けば、二人は兄妹だった。兄のイークンは十四歳でE級、妹のジーチャンは十二歳でG級。働けない両親のために冒険者になり、一攫千金の噂を聞いて、この街へ来たのだという。
……なんて覚えやすい子どもたちなんだろう。
俺は、テーブルに身を乗り出した。
「君たち二人。S級の……さらに上を、目指してみる気はないか?」
「「……はい?」」
兄妹の声が、きれいに揃った。
隣のリリィが、俺の袖を引く。
「お師匠……リリィには一瞬、デジャヴが見えた気がしたのですが?」
「気のせいだ」
この二人を森へ行かせれば、九人とぶつかるのは目に見えている。
それに――リリィと同じ年頃の子どもと話す機会なんて、そうそうない。
「まあ、まずは食え。腹が減ってちゃ、一攫千金もできないだろ」
喫茶店のメニューを、テーブルいっぱいに広げてやる。
イークンの目が輝き、ジーチャンは遠慮がちに、腰の魔法筆を外してテーブルに置いた。
その魔法筆を見て――俺は、息を止めた。
半透明だったはずの軸は、飴色にくすんでいる。ねじれた口金に、いびつなペン先。
見間違えるはずがない。
ガキの頃、俺が初めて作り――あまりの出来の悪さに、捨てた魔法筆だった。
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