第19話 千金
選ばれなかった九人のことは、老王に任せてきた。
帯電した電殿むしに、わざわざ手を出す馬鹿もいないだろう。
洞窟から、少し寄り道をした帰り道。
森の入口で、冒険者の一団とすれ違った。
ぞろぞろと脇目も振らず、俺たちのいた洞窟のほうへと向かっていく。先頭には、たんこぶを指摘してきた、あのデカい男の姿もある。
「お師匠、どうしてあの素人たちは人間なのにあんなに群れて、同じ色で同じ文字のプレートが付いた首輪をしているのですか?」
「そうだな……学校のクラスで浮かないようにしてるのさ……」
茜色に染まる夕日を見ながら、ふと頭をよぎる。
ガキの頃、アオイとアカネにも、同じことを聞かれた。
……あの時も、俺は適当に答えたんだったな。
それからリリィは、六日かけて一角の圧縮に挑んだ。
軸の時のように、泣きはらした目で朝を迎えることはなかった。
何度も手を止め、デュラに相談し、それでも最後は自分の手で決める。
六日目の朝。
「できました、お師匠!」
リリィが誇らしげに掲げたのは、小指の先ほどに縮んだ、黒い一角だった。
……口金の素材としては、文句のない出来だ。
~~
その昔――。
一攫千金の代名詞といえば、『帯電する電殿むしの一角』だったという。
月日を重ねた現代でも、その神話は引き継がれている。
日夜、帯電する電殿むしの一角を求め、冒険者たちが彼らの洞窟へと足を運んでいたのが――十年前。
そして、今日。
一騎当千の魔獣の代名詞といえば、『電殿むし』をおいてほかにない。
では、帯電する電殿むしは現在において、どれほどの強さを秘めているのか?
人々が知る由もなかった……。
この街一番のS級冒険者パーティーが、九体の『帯電する人型電殿むし』に遭遇するまでは。
――そんな話し声が、喫茶店でリリィの後ろの席から聞こえてきた。
「あら、今日は珍しく実験をしてないんですね」
毎日欠かさず通い詰めれば、女性の店員さんだって話しかけてくる。
「まあ、喫茶店はお茶を楽しむところですから~~。なぁ、リリィ?」
返事がない。
一角を持つリリィの手が、ガクブルと震えていた。
「……お師匠。今、『街一番のS級』って……」
「言ってたな」
「街一番の……素人さん、ですか?」
「…………」
俺は、黙って茶をすすった。
「お師匠……監獄街の前で、S級の人たちを、指一本で……」
リリィの震えが、さらに大きくなる。
「……お師匠って、一体何者なのですか?」
今さら、そんな質問とは……。
「ん? 魔法筆職人で、リリィのお師匠だが?!」
茶をしばきながら答えた。
俺には、その肩書だけで充分である。
「それにお師匠……あのあと、SからGまで、全部教えてくれましたよね? 『S:素人、A:阿呆、B:馬鹿、C:カス、D:出来損ない、E:イージー、F:腑抜け、G:ゴミ』の頭文字だって。下に行くほど偉いって!」
「だったか? 街を歩けば、色分けされてて目につくから覚えやすいだろ?」
「リリィ……あのたんこぶの人に、面と向かって『素人』って……」
リリィは、両手で顔を覆った。
監獄街でも、S級は素人だと言いふらしていた気がするが……黙っておこう。
「……しばらくの間、リリィは文字の読み書きを、デュラちゃんに一から教え直してもらおうと思います」
「それは良いかもな~~。デュラは俺よりも賢い」
手に取った新聞の向こうで、リリィのため息が聞こえた気がした。
……気のせいにしておこう。
何気なく、新聞をめくる。
そこで、手が止まった。
『人型魔獣、討伐依頼――報酬、金貨千枚』
……一攫千金の神話は、まだ終わっていなかったらしい。
俺は、新聞を静かに畳んだ。
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