第18話 一角
『おもてなし』の準備を、率先してやらなければならない十人は皆、オーシャンブルーの泉のように晴れやかではない。
むしろ、その足取りは、どの電殿むし達よりも重い。
思い返せば、雨の中で讃美歌の舞をしていなかったのも、この十人だ。
結局のところ、おもてなしの用意など、大きな葉の上に食材を乗せて、口で葉を引っ張ればいいだけのこと。
手など、なくてもできるのだ。
そのことを、彼らも知っているはずなのに――。
『両の手がない』と言い出したのも、この十人だった。
崇拝する神が変わったのをいいことに、宴の支度より、『群れの王』という目先の利益を優先させた結果だ。
それだけ……一角のない現王への憧れが強かったのかもしれないが。
泉の近くで、ひとり肩を落として腰掛けるリリィのもとへ行き、俺も隣に腰を下ろした。
着々と、宴の準備は進んでいる。
「どうだ、リリィ。お眼鏡にかなう一角は決まったか?」
「……お師匠。リリィはもっと違う展開を期待してました。この子の角だぁ! っていう展開です」
「そうだな……。そんなに考えなくても、分かるんだったら楽なのにな」
誰を選んでも、残りの九人は王になれない。
それが分かっているから、こいつは迷っているのだろう。
現王に呼ばれた俺は立ち上がり、最後に確認する。
「じゃあ~~俺と初めて会った日。リリィはそう思ってくれたってことだなッ!」
そう言って、答えを聞かずにその場をあとにした。
背中の向こうで、リリィが何か言いかけた気がした。
~~
電殿むし達との宴には、上座など存在しない。
誰もが好きなものを食べ、歌い、踊る。
急に始まる彼らのケンカだって、この時ばかりは誰も止めない。
酒に酔い、神聖な泉に飛び込むことだって許される。
……もちろん、リリィの杯の中身は果実水だ。
そして――。
訪れる、一角の選定。
泉のほとりに、十人が一列に並ぶ。
俺が守ったこの種族に、王が必要不可欠なのは、歴史を見ても明らかだ。
選びきれない――などということは存在しない。
もし、そんなことをリリィが言えば――。
俺は、彼女の前から消えるつもりだ。
選べない弟子に育てたのなら、それは師匠の俺の落ち度なのだから。
だが、俺の弟子は――。
まっすぐに、黒髪の女の前へ歩いていった。
「この子にします」
理由は、いたって単純だった。
「十人の中で、一番早くに立ち上がったように見えたからです」
「……それだけか?」
「はい。それだけです」
あの閃光の中で、誰が最初に起き上がったのか。目の眩んでいた俺には、分からなかった。
リリィには、見えていたらしい。
俺は、黒髪の女を見る。
十人の中で一番地味な見た目の彼女に、リリィが何を重ねたのかは分からない。
だが、どの一角も、ここ十年の王たちに見劣りすることはない。
まさに、十人十色だ。
黒髪の女は、驚いたように目を見開いた。
「……私で、よろしいのですか」
「はい。あなたがいいです」
黒髪の女は、深く頭を垂れた。
人の手で一角の根元に触れると、それは静かに外れた。
両手で差し出された一角を、リリィが受け取る。
光すら吸い込むような、黒色の一角。
角度を変えなければ、俺の目には、その波打つ模様すら見えない。
泉の光の中で、それだけが、夜のように黒かった。
歓声が上がる中、白金の髪の女が、唇を噛んでリリィを睨んでいる。
残る九人の角は、まだ帯電したまま、パチパチと音を立てていた。
――宴が明けた朝。
選ばれなかった九人の姿は、洞窟のどこにもなかった。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと下の★で応援してもらえると励みになります!




