第17話 偶然と必然
案内されてやってきた、電殿むしの住む地下洞窟。
河原の洞窟を、さらに奥へと下った先にそれはある。
そこは、去年訪れた時よりも、オーシャンブルーの泉が放つ光で明るく照らされていた。
水は深く、どこまでも澄み切っている。
泉の光は、群れが栄えるほど明るくなる。十年前、初めてここへ来た時は、足元も見えないほど暗かった。
「わぁ……っ」
リリィは泉のふちにしゃがみ込み、光る水面に見入っている。
その向こうでは、上半身を人の姿に変えられた十人が、ぎこちなく宴の支度をしていた。
慣れない手で葉を運び、果実を落としては、また拾う。
……彼らが最も下に見ていた、人間の姿で。
雷を受けて帯電できた者に、次の王となる資格がある。
それは――『神扱いされていた俺が作ったルール』だ。
自慢の一角を、神に献上できるチャンスだと彼らに教え込んだのも、俺。
言葉を悪くして言えば――。
彼らは、俺が洗脳教育した『口金の生産工房』なのだ。
だが、愛弟子のリリィに、そんなことが言えるわけがない。
何たって今の俺は、リリィの『お師匠』なのだから。
しかし、俺の愛弟子ときたらどうだろう……。
そんな献上の機会を前にして、興醒め。
しまいには、半身を人間の姿にしてしまったではないか。
「……実に今年は豊作だな」
俺は、隣に並んだ老王に言った。王の引き継ぎは、まだ終わっていない。
「あなたというお方は……とんでもない後継を見つけてしまったようですね」
一角のない老王は、少し呆れているようだ。
「そういうお前も、よくあれだけの数を育てたものだな。これまでの先代たちは、一体がやっとだったと言うのに」
「長いようで短い一年間でしたよ、ほんと。残り半年の命は、誰よりもゆっくりさせていただきます」
「……そうだな」
電殿むしの寿命は、約二年半。
立派な一角をこしらえるまでに、一年。
群れを守る戦士として、一年。
そして、残りの半年は余生。
絶滅寸前になっていた彼らと交わした、最初のルールだ。
王に選ばれた者は、自らの一角を神に捧げる。だから、歴代の王の額に一角はない。
「王様ー!」
泉のふちから、リリィが手を振った。
「王様の目、この泉と同じ色ですね。とってもきれいです!」
「……もったいないお言葉です、神よ」
老王は、目を細めた。
泉と同じ、深い青の目。
……あの目も、あと半年で閉じる。
「偶然だよ。あいつが雷雲を呼んだのも、お前らに手を生やしたのも」
俺がそう言うと、老王はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。あなたが選んだ弟子です。必然でしょう」
……買いかぶりだ。
だが――。
ふと思う。
半身を人の姿にされた十人の寿命は、どうなるのかと。
俺は、泉の向こうにいる十人へ目を向けた。
突然変わった身体を、まだ持て余しているように見える。
魔獣として生まれ、俺の作ったルールで生きてきた彼らにとって――人の身体は、姿が変わっただけでは済まない。
生きる場所も、役割も、何もかもが変わってしまう。
「……あいつら、これからどう生きるんだろうな」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
老王は少しだけ黙ってから、泉のふちのリリィを見た。
「それを決めるのは、もう我らでも、あなたでもありません。……新しい神ですから」
老王はそう言って、静かに笑った。
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