第16話 選択
『選択を間違えれば…………この群れは壊滅する』
俺は、確かそう言ったはずだ……。
なんたって、そう言ってからリリィの顔を見るまでに、一秒もかかっていない。
何気なく言ったことなら、時間が経てば忘れる。
だが、同じ過去といえど、鮮度が違う。
俺が期待していたのは、リリィの慌てふためく顔――。
しかし、そんなものは俺の脳内で勝手に映し出された虚像だった。
リリィは「はぁ~~」と深くため息を吐いて告げる。
「神たちは土砂降りの雨に濡れて、今にも風邪をひきそうです。お腹も減りました。おもてなしを、まずはしてください」
興醒めし切ったリリィの様子に、俺は思わず「フッ」と口元を隠して笑った。
……こいつは、俺が思っていたよりずっと図太いらしい。
「こ、これは失礼をいたしました! すぐに宴の支度を!」
老王の声に、群れがざわめく。
すると、並んでいた十体のうちの一体が、声を張り上げた。
「ですがリリィ様ッ、我らは魔獣。リリィ様が言われる『おもてなし』の用意をする、両の手がございません!」
それを皮切りに、残りの九体からも次々と言い分が飛んでくる。
「そうです! 手がなければ、皿も持てません!」
「料理など、とてもとても!」
……こいつら、やけに口が回るな。
「……お師匠」
リリィが、魔法筆を構える。
「あぁ、できるはずだ」
俺には、リリィが口にしなくても、何が言いたいのかわかる時がある。
リリィが空中に書き出したのは――また、あの『読めない文字列』だった。
俺の知らない文字。それなのに、ペン先から溢れるマナは、少しも迷わずに形を成していく。
文字列は十体の頭上で大きな魔法陣へと変わり――。
一角だけでは受け止め切れないほどの、赤く閃光する稲妻を落とした。
雷とは本来、青白いものだ。赤い雷など、俺は一度も見たことがない。
――轟音。
高台が揺れ、足元の小石まで跳ね上がる。
閃光に目が眩み、俺はしばらく何も見えなかった。
だから――十体のうち、誰が最初に起き上がったのか。俺には分からない。
ようやく目が慣れた時、起き上がった彼らは、お互いの姿を見合っていた。
その上半身は――人の姿になっている。
男が五人に、女が五人。黒髪の女もいれば、なぜかリリィと同じ白金の髪をした女までいる。
当然、服など着ていない。俺は荷物から、ありったけの布を引っ張り出して放り投げた。
「……な、なんだこれは?」
「我らの身体が……手が……」
白金の髪の女は、水たまりに映った自分の顔をまじまじと覗き込み――それから、リリィをじろりと見た。
黒髪の女だけが、黙って自分の両手を見つめている。
そして、誰かが呟いた。
――『これは……神のいたずらか』と。
だが、この世界には、そんな都合の良いイタズラをする神はいない。
魔法だって、万能じゃない。
調味料にも満たない偶然と――『マナ』の導きなのだ。
「これで、おもてなしができますね!」
満面の笑みのリリィに、十人は引きつった顔でうなずいた。
……うちの弟子は、本当に神様になってしまったらしい。
老王が、静かに俺の隣へ並ぶ。
「……先代様。我らの住処へ、ご案内いたします」
そう言って十人を振り返った老王は、小さく、長い息を吐いた。
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