第2話 それぞれの願い
「お師匠! リリィはそろそろ、ひとつの街で前みたいに『魔法筆』屋さんがしたいです!」
森と呼ぶには鬱蒼としすぎていて、ジャングルと呼ぶには大げさな場所で、リリィは焼き上がったばかりの鹿肉を頬張った。
「まあでも、ここまでの三つの国で、身を落ち着けたい場所はあったか?」
焚き火をぼーっと見つめたまま聞く。夜の焚き火は、俺の心を落ち着かせる。
「そんな所、一つも無かったから、ここにいるんじゃないですか! リリィは未来の話をしてるんですっ」
弟子といえど、不満はしっかりぶつけてくる。
中身だけは一丁前の小娘に、未来の話をされるとは――。
師匠として、俺は嬉しいぞ……。
「お師匠っ、また鼻水垂らしながら泣いてますよ‼」
そう言ってリリィが差し出した手には、ハンカチ。
「いつもすまんなぁ。――っん”ん”ん”!!」
「リリィはお師匠のお母さんじゃないんですから……」
「ん?」
いつもなら念押しのように「ねっ!」と続くはずだが……。
ふとリリィを見ると、目を見開いていた。
焚き火でオレンジ色に照らされているのに、血の気が引いているように見える。
そして、震える小さな手で――。
「鬼火…………」
俺の後ろを指差した。
振り返る。
暗い森の奥に、赤く光る大きな瞳があった。
「チッ。人が愛弟子と日常の幸せを噛みしめてる時に」
リリィが鬼火と勘違いしたのは、この樹海の頂点に君臨する魔獣『ジャッジアイズボア』の瞳から溢れ出すマナだった。
「ん?? お前……右眼どうした? 俺が最後に遊んでやった時は、両眼ともあったはずだが?」
立ち上がり、リリィの顔ほどもある左眼を覗き込む。
「――フッ。言わんでもわかろうに……それで、約束を忘れてるわけじゃ無いだろうな?」
巨大な猪はそう言うと、その場に脚を畳んで座った。座ってもなお、その背中には手が届かない。
「さっさと始めてくれ」
「あぁ。でも……これから入れる義眼では、もう何も観れなくなるぞ。本当に良いのか?」
「その為にわざわざ出向いてやったというのに、何を今さら……。ちと待て、そこの娘っ子はどうした? まさかお前――そんな年端もいかないのを娶ったのか⁉」
相変わらず冗談の好きな猪だ。
「んなわけあるかっ! 弟子だよ、弟子」
「ほぉ。同じ人間種をゴミ以下にしか観てなかったお前が、弟子を取るとは……。相変わらず人間というものは解らんの。最後に良いものが観れたわ」
そう言って、白髪の混じる赤毛の猪は目を閉じた。
~~
「どうだ? 代わりに入れた義眼の調子は」
「うむ。余分なマナの放出が上手くできて……ムムッ⁉ ――お前の顔がよく見える」
「――シャアッ! こればかりは本人無しじゃ分からなかったからな」
「にしてもアイル、お前……少し老けたか?」
「何言ってんだよ。あの時からもう二十年は経ってんだぞ。長生きしろよ……戦友」
「あぁ。アイルもな」
そう言って、樹海の長は深い森へ帰っていった。
俺はさっそく、目玉の加工を始める。
俺たちの約束は、目玉をもらう代わりに、マナの放出と循環を促す義眼を用意すること。
俺にとって魔獣の目玉は、無くてはならないものだ。
なぜなら、俺の作る魔法筆のペン先は、魔獣の目玉を超圧縮して硬化させたものだからだ。
そして、ジャッジアイズボアの瞳は、その名の通り全てを『判定』し、『評価』し――そして理解する。
急に訪れた国外追放は、実のところ、俺には良いタイミングだったのかもしれない。
なぜなら――。
「リリィ、十三歳の誕生日おめでとう! これなら、読み書きできないお前にも魔法が使えるはずだ」
俺は、誕生日プレゼントを渡したい相手を探していたのだ。
だが――差し出した最高傑作を見つめるリリィは、少しも笑っていなかった。
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