第1話 安息日
「アイル・クラウン。貴様を国家転覆罪で国外追放とする‼」
突然、俺の工房に乗り込んできた男が、そう言い放った。
『国王陛下の使い』としか名乗らなかったその男は、胸元にこれでもかと勲章をぶら下げ、令状を突き付けるように俺の鼻先へかざした。
「……はい??」
令状によれば、俺の作る魔法筆のせいで国税が減っているらしい。
くそが。
この国の人間は自分の利益しか考えない馬鹿だとは思っていたが――まさか、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな。
お人好しな俺は、この時になってようやく思い知った。
「俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!」
「何をぬかすか、魔法筆屋」
男は兵士たちに聞こえないよう、俺の耳元で囁いた。
「お前が居なくなったところで、これまで通り魔法は使わせてもらうに決まってんだろ?」
さすがの俺でも、はらわたを絞るような溜め息が漏れた。
*
さかのぼること七カ月前。
行くあてのない旅に疲れた俺は、偶然たどり着いたこの国で『魔法筆』職人として商いを始めた。
驚いたことに、この国の住民は誰一人として魔法が使えなかった。
センスがないのか、そもそも魔法の使い方を習ってこなかったのかは分からない。ただ、魔法を使うために必要な『マナ』が見えていないし、そもそも持ち合わせてもいなかった。
だから――自分で言うのもなんだが――人の善い俺は、情けで魔法を使うための中継器を作ってやったのだ。
それが『魔法筆』。
文字を書けば魔法陣が生まれ、水が湧き、火が灯り、家が建つ。その動力は、俺のマナだ。
それなのに、こいつらときたら。
*
勢いよく閉まった城門を背に、することはひとつ。
俺の中にあるマナ――つまり、魔法を使うための『根源』と、この国に売った魔法筆との通路を閉じることだ。
空中に漂うマナは、この国の人間に一切の助力をしなかった。今思えば、こうなることを知っていたのかもしれない。
「安息日――――」
そう言って、指をパチンと鳴らした。
少しすると、閉まった城門の向こう側から――。
「水が止まったぞ!」
「下水が溢れ出てきた!」
「家が崩れてくる!」
魔法の効果が消え、悲痛な叫びがいくつも上がる。
それが、俺と弟子の門出を祝う合唱のように聞こえた。
*
同じ頃、城門の内側。
広場の噴水が、ぴたりと止まった。
石畳の下から汚水が噴き上がり、通りに並ぶ家々が、砂の城のように崩れていく。
「な、何事だ⁉」
勲章の男は、兵士たちの悲鳴の中で立ち尽くした。
国中の魔法筆が、ただの棒切れに変わったのだ。
「……そんな、はずは」
あの魔法筆屋の言葉が、耳の奥でよみがえる。
――俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?
男の額を、冷たい汗が伝った。
*
「お師匠、本当に良かったのですか?」
俺を見上げる白金の髪の少女は、この国の住民からゴミ同然に扱われていたというのに、どこまでも慈悲深い。
「リリィよ。そういう時はだな――頬を緩めずに、少しだけ眉をひそめるもんだぞ」
「わかりました! こう……ですか?」
顔の筋肉の位置を確かめるように、リリィが手で眉をもみもみしながら俺を見上げる。
彼女なりの励ましなのだろう。
帰る場所は、もう無くなってしまった。
だが――彼女さえいれば、どうにでもなる。
こうして、俺と弟子のリリィの旅が始まった。
この時の俺は、まだ知らなかった。
あの国が、本当に『これまで通り』魔法を使おうと動き出すことを。
お読みいただき、ありがとうございます!
ここから、追放された魔法筆職人と弟子の旅が始まります。
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