第14話 でんでんむし
「リリィ~、リリィさんや~~」
弟子の泊まる部屋の前で、俺は……まるで締め出された男ではないか。
ほかの客の視線が痛い……。
「さっきのは、職人の心得であってだな……」
返事はない。
「デュラだって、腹を空かせてるぞ~~」
「……魔法筆は、お腹を空かせません」
返事はあった。だが、扉は開かない。
こういう時は、機転の利いた一言で…………愛弟子の閉ざされた心を開かねばならぬッ!
軸ができた以上、次は口金だ。ペン先と軸をつなぐ、魔法筆の要になる部品である。
俺の魔法筆でも、とっておきの一本には、口金に電殿むしの一角を使う。リリィも前から「使ってみたい」と言っていた素材だ。
そして――その持ち主たちが、ちょうどこの街の近くの森に棲んでいる。
「口金……口金の素材で、リリィが使いたいって言ってたのが、近くの森――――」
「行きますよ! お師匠ッ!!」
急に開いた扉というものが、どれほどの痛みなのか……俺は初めて知った。
それでも、握っていたリリィの軸だけは死守した。職人の鑑である。
リリィは俺の手から軸をひったくると、大事そうに胸元へしまい込んだ。
……下手くそでも、宝物らしい。
~~
故郷を出てからの二十年、魔獣との戦闘で傷一つ負ったことのない俺が……森に入る前から額に包帯を巻いて、アマチュア冒険者に心配される始末。
「あんた、その傷で森に入るのか……?」
「……大丈夫だ。俺たち二人には、どうしても手に入れなければならない素材があるんだ……」
「……おぉ。しっかりな……」
図体だけはいっちょ前にデカいアマチュア冒険者も、俺の鬼気迫る迫真の演技に言葉を失ったようだ。
それなのに……俺の弟子ときたら。
「お師匠、素人相手に何を遊んでいるのですか?! 早く行きますよッ!」
慈悲のかけらもないではないか。
「し、素人……?」
男は、自分の首輪に下がったプレートとリリィを、何度も見比べている。
冒険者のプレートは、ランクごとに色が違う。字の読めないリリィでも、ひと目で分かるのだ。
つまり、分かった上で『素人』と呼んでいる。俺の教えどおりに。
「よしッ! 行くか!!」
俺は颯爽と包帯を振り解いた。
「……ただのたんこぶじゃねえか」
背中に聞こえた声は、聞かなかったことにする。
森を進み――。
懐かしい匂いだ。この森は、昔と何も変わっていない。
中腹の河原まで来たところで、愛弟子が異変に気づく。
「電殿むし、居ないですね~~? お師匠……まさかとは思いますが、リリィを連れ出すために嘘をついたんじゃないですよねえ?!」
殺気のこもった、はらわたに響く低い声。
本当に俺の愛弟子なのか。
「何を言っているんだ、リリィ。川の水を見て分かるだろ?」
河原の石は白く乾き、流れは糸のように細い。
「どうやら最近、ここ一帯は雨が降ってないようだぞ」
「じゃあ、雨を降らせば――――」
俺が止めるより早く、リリィはデュラを空へ向けていた。
「デュラちゃん、雨です! 雨を降らせてください!」
ペン先が赫き、空中に文字が並んでいく。
……まただ。
俺を木っ端微塵にしようとした、あの時と同じ。俺でも初めて見る文字列だった。
「おい、リリィ。今のは何て――」
――そして。
ずぶ濡れになった。
まあ、冬ではなかったからいいだろう。
「リリィよ。次からは濡れない場所に避難してから、雨雲を作らないとな」
「はい……すみましぇん」
河原の脇に、ぽっかりと口を開けた洞窟がある。
……ちょうどいい。
俺たちは、そこへ駆け込んだ。
リリィが勢いよく使った魔法は、昼間だというのに辺り一帯が暗くなるほどの雷雲だった。
黒雲の隙間から、青白い光が何度も瞬く。轟音が森を揺らし、河原の水面に無数の波紋が広がっていく。
「……お師匠。本当に、電殿むし……来るんですか?」
「さぁな。ただ、あいつらは昔から雨が好きだった」
「……昔から?」
「特に――雷がな」
リリィの問いには、聞こえなかったふりをする。
これだけの雷雲を呼べる者を、あいつらが何と呼ぶか。……今は、黙っておこう。
その時、洞窟の奥で、パチッと小さな音がした。
暗がりに、青白い火花が一つ。
二つ。
やがてその数は――無数に増えていく。
濡れた髪をしぼるのに夢中で、リリィは気づいていない。
そして、まだ知らない。
雨の降らない日が続いていたこの森で、湿り気の残る洞窟が――『彼ら』の隠れ家であることを……。
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