幕間 第13話の後 灯らない夜
王国一の魔法筆職人が来てから、十日。
王都の夜は、また暗くなっていた。
配られた魔法筆は、どれも三日と持たなかった。最初は眩しいほど灯った火も、日に日に細くなり、やがて煙ひとつ上げなくなる。高い金を払って手に入れた者ほど、怒りは大きかった。
城門の前には、使えなくなった魔法筆を握りしめた住民たちが、長い列をなしていた。
「金を返せ!」
「前の魔法筆は、一度だって消えたことはなかったぞ!」
「だいたい、あの魔法筆屋を追い出したのは誰なんだ!」
誰かが投げた魔法筆が、門に当たって乾いた音を立てた。
その怒鳴り声を、勲章の男は城壁の上で聞いていた。
魔鉱石の値は、この十日で三倍に跳ね上がっている。職人が、国じゅうの魔鉱石をかき集めているせいだ。
そして今日の昼、宴の最中に、国王の目の前で燭台の火が消えた。
その後、国王に言われた言葉が、まだ耳に残っている。
――次に民の前で恥をかかせたら、その胸の勲章を、一つ残らず剥がしてやる。
「どういうことだ。話が違うではないか」
詰め寄られた職人は、指輪だらけの手を広げて、肩をすくめた。
「私の魔法筆に、落ち度はございません。悪いのは、この国の民のほうでして。何しろ、誰ひとりマナを持っていない。魔鉱石の力を使い切れば、それまでです」
「ならば、どうすればいい」
「簡単なこと。もっと大きな魔法筆を作ればよいのです。魔鉱石を山ほど詰め込んだ、城ほどの大魔法筆を。それが一本あれば、王都じゅうの明かりを灯してご覧にいれましょう」
職人の後ろで、黒いローブの男が、ゆっくりとうなずいた。
勲章の男は、しばらく黙っていた。
空になりかけた国庫と、老臣の青い顔が頭をよぎる。
だが――ここで退けば、首が飛ぶのは自分だ。
「……作れ。金は、どうにかする」
~~
その夜。
男は一人、城の窓から、灯りの消えた王都を見下ろしていた。
ふと、月明かりに浮かぶ城下の一角に目が止まる。
かつて、あの魔法筆屋の店があった通りだ。
思い返せば、あの店の灯りだけは、どんな夜も消えたことがなかった。白金の髪の小娘が、店先を掃いていた姿まで、なぜか目に浮かぶ。
――俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?
耳の奥で、あの声がした。
「……ふん」
男は、乱暴に窓を閉めた。
同じ頃、城下の井戸端。
水を汲みに来た老婆が、ぽつりとこぼした。
「あの白金の髪の子が、水を汲みに来なくなってからさね。……この井戸まで、細くなっちまったのは」
その言葉に耳を傾ける者は、誰もいなかった。




