幕間 第10話の後 王国一の魔法筆職人
魔法筆屋が国を追われてから、季節が一つ変わった。
王都の民は、井戸の水を汲み、薪で火をおこす昔の暮らしを、ようやく思い出しはじめている。思い出せないのは、たった七カ月で、魔法の灯りなしには夜も過ごせなくなった貴族たちのほうだ。
その日、王城の大広間には、その貴族たちが詰めかけていた。
「お連れいたしました、陛下。隣国より招きました、王国一の魔法筆職人にございます」
勲章の男に続いて進み出たのは、指という指に金の指輪をはめた、でっぷりと太った男だった。
「お任せあれ。追放された田舎職人の筆など、私の作品の足元にも及びませんとも」
職人が懐から取り出したのは、宝石をちりばめた、目もくらむような魔法筆だ。
貴族たちから、感嘆のため息が漏れる。
職人は、空の燭台に向けて、すらすらと文字を書いた。
――ぽっ。
小さな火が、ともった。
「おお……!」
「火だ! 魔法の火だ!」
大広間が、割れんばかりの拍手に包まれる。国王も、満足げに身を乗り出した。
「待ちかねたぞ。見事である。褒美を取らせよう。……そなたもだ。よくぞ、この者を見つけてきた」
勲章の男の胸に、新しい勲章がまた一つ増えた。
ただ一人、白髪の宮廷学者だけが、首をかしげていた。
「……職人殿。マナを持たぬ我が国の民に、なぜその筆が使えるのかね?」
「おや。それは、職人の秘伝でございます」
職人はにこやかに受け流すと、揉み手をしながら、一枚の紙を差し出した。
「つきましては、陛下。この国の民の皆さまの分まで魔法筆を作るとなりますと、魔鉱石がいささか……いえ、かなり多く入り用でございまして」
書かれた数字を見て、国の財布を預かる老臣が目をむいた。
だが、勲章の男は迷わずうなずいた。
「金なら出す。民が魔法を使えるのなら、安いものだ」
これで、これまで通りだ。
――見たか、魔法筆屋。お前の代わりなど、いくらでもいる。
貴族たちは我先にと職人を取り囲み、自分の屋敷の分の魔法筆を注文しはじめた。
その輪の中から、職人がちらりと目配せをする。
大広間の隅では、黒いローブの男が、静かに手を叩いていた。
あとで分かったことだが、職人の魔法筆の軸には、砕いた魔鉱石がぎっしりと詰め込まれていた。石に溜まったわずかなマナを、使い切るまで燃やすだけの仕掛けだ。宝石だらけの軸には、その夜のうちに、髪の毛ほどのひびが走っていたという。
それを見抜ける者は、この国にはいなかった。
誰一人、マナが見えないのだから。
だから、誰も気づかなかった。
燭台の火が、もう細く揺らぎはじめていることにも。




