第10話 暗号
監獄街を出て、四日。
残りわずかになっていた調味料と、魔法筆の筆管――つまり、軸の部分の素材となる魔鉱石を調達するため、俺たちはとある町の雑貨屋に立ち寄った。
そこで――俺は知った。
店主が広げていた新聞の一面には、こう書かれていた。
「観光地『監獄街』の全住民、何者かによって虐殺される?! 警備団長の遺体見つからず。数日前の深夜には爆音と音楽が鳴り響いていたとの声も」
爆音と音楽……は、まあ、俺の結婚祝いだな。
「お師匠……なんて書いてあるのですか?」
字の読めないリリィが、俺の袖を引く。
読み上げてやると、リリィの顔から、さっと血の気が引いた。
「アオイさんと、アカネさんは……」
記事には、続きがあった。
――街の広場には、逃げ惑う姿のままの石像が、住民の数ほど並んでいた。
――第一報を届けたのは、現場から逃げ延びたという、黒いローブの行商人である。
黒いローブ。……また、あの連中か。
「…………」
なるほど。
さすが……俺が認めただけはある。
アオイの準備の良さは、誰にも悟られない。
あの街を誰よりも変えたがっていたアオイが、別れ際に「守っていく」なんて、街の連中みたいな綺麗ごとを言うわけがない。
長いこと使っていなかったから、忘れかけていた。
俺ら三人には、昔から暗号があった。
何でもない会話に、並べ替えると別の意味になる言葉を紛れ込ませる。ガキの頃、大人の目を盗むために使っていた、くだらない遊びだ。
俺は店主に包み紙を一枚もらい、あの夜のアオイの言葉を書きつけた。
「さぁな。アカネと二人で守っていくさ」
それを一音ずつ、ひらがなにほどいて――並べ替える。
『あさな。かねもっていくさ、あとでまふたり』
「……朝な。金持っていくさ、あと、デマ、二人」
「お師匠、それって……?」
「『朝な』は、朝までにって意味だ」
俺は担いでいた荷物を下ろし、底をまさぐった。
指先に、ずしりと重い革袋が触れる。中には、金貨がぎっしりと詰まっていた。
「……いつの間に入れやがった」
俺たちの暗号だと、『いくさ』は『行くさ』にも『戦』にも『細工』にも化ける。ここは『行け』だろう。
――朝までに、金を持って、行け。
「じゃあ、『あと、デマ、二人』は……?」
「この先、俺たち二人について流れる話は――デマだ、ってことだ」
つまり。
「アオイとアカネは、二人とも無事だ」
リリィの大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
今度は、俺がハンカチを差し出す番だった。
「……あいつ、まだ使ってやがったのか」
思わず、笑みがこぼれる。
あいつらしい。最後まで、俺に気づかせるための仕掛けを残していきやがった。
石像の話も、きっとアオイの仕込んだ目くらましだ。
住民の身代わりに石像を並べて、街ごと消えたように見せかけた――あいつなら、それくらいはやる。
暗号の『いくさ』には、『戦』の読みもあるが……。
まさかな。人を石に変えるバジリスクの目は、二十年前に奪った。二つとも、今も俺のもとにある。
――この時の俺は、本気でそう思っていた。
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