第9話 アオイアカネ
「すまないな、アオイ。俺には……思い出の品を壊すことはできなかった」
物陰に隠れてついて来ていたアオイにも聞こえるように、俺はそう言った。
ゆっくりと、カツカツと足音が近づいてくる。そして、俺の隣で止まった。
「あぁ、わかってるさ。俺とアカネのリーダーは、そんなことしないって」
「……フッ。だから言ってんだろ。リーダーはアオイだって。本当に……腹が立つほど、俺のことを理解してやがる」
「何のことだか……。それよりも、お前はこの街じゃ懸賞金のかかった賞金首だ。さっさと、この荷物を持って出ていくことだな」
月明かりに照らされたアオイの肩には、俺たちの荷物入れの紐が掛かっている。
「相変わらず、準備が良いリーダーだぜ」
「お前が昔から、何も準備しないだけだろ」
「……そうだったか?」
「そうだよ」
即答だった。
昔から変わらない。
俺が思いつきで動いて、アオイが後始末をする。
そして、アカネが呆れながら、俺たちについてくる。
それが、俺たち三人だった。
隣では、リリィが俺の服の裾を握ったまま、こくりこくりと舟をこいでいる。夜更かしをさせすぎたらしい。
「この街は……これからどうなっていくんだろうな?」
俺は、誰に聞くでもなく呟いた。
アオイの視線が、一瞬だけ足元に落ちる。
さっきの小さな揺れのことを、考えているのかもしれない。
「さぁな。アカネと二人で守っていくさ」
「……そうか」
アオイは荷物を俺に押しつけると、母屋の方へ戻っていく。さっきよりも、ゆっくりと足音を鳴らして。
昔なら、何も言わずに別れていた。また会えると思っていたからだ。
だが――今度は、いつ会えるか分からない。
「――――アオイッ!」
振り返ったアオイに、俺は笑いながら言った。
「これは、俺からの結婚祝いだ」
「……は?」
俺は何もない夜空に向けて、左右の魔法筆を構えた。
右手に『Aisle』。左手に『Crown』。
ついさっき、初めて自分のために作った魔法筆だ。
だが――最初に使う相手が自分じゃないのも、悪くない。
右手を振る。
夜の街に、静かな音楽が流れ始めた。最初は小さく。やがて音は重なり、街全体を包み込むようなオーケストラへと変わっていく。
「ふぇ……?」
音に起こされたリリィが、目をこすった。
「まだ終わりじゃないぞ」
左手を振る。
次の瞬間――夜空が、爆ぜた。
――ドンッ!!
街中の窓を震わせる重低音。大輪の花火が咲き、その光が城門を、屋根を、そしてアオイの顔を照らす。
「わぁ……っ!」
リリィが、口を開けたまま空を見上げている。
「脈絡もなくこんな事すっから、お前は賞金首になんだよ――――ッ!」
呆れたように叫びながらも、アオイは空から目を離さない。
「ところで……何て曲なんだ?」
聞いてて分かんだろ?
だが、確かめずにはいられないのが、こいつだ。
曲が終わるまで、俺は花火を打ち上げ続けた。
最後の音が鳴り終わり、煙の向こうに星空が戻ってくる。
「――――『アオイアカネ』。お前たち、二人のためだけに贈った曲の名だ」
アオイは何も言わなかった。
ただ――ほんの少しだけ、笑ったように見えた。
*
アイルと小さな弟子の背中が、開け放たれた城門の向こうへ消えていく。
それを見届けてから、アオイは地面に手のひらを当てた。
足の裏から、かすかな震えが這い上がってくる。さっきよりも、少しだけ強い。
「……アカネ」
顔を上げると、灯りのもれる母屋の戸口で、アカネが拳に布を巻いていた。
「わかってる。朝まで、だろ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
――あいつには、まだ言わない。
ようやく自分のために魔法筆を作ったリーダーを、この街に引き留めるわけにはいかないのだから。
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