024 感動の再会
明け方。
東の空がうっすらと白み始める頃、俺たち一向を乗せた船は町の船着場へと到着した。
マリーンはというとだ、こいつは口を閉じるという言葉を知らないのか、一晩中船の上でずっと俺に話しかけてきやがった。
学校の話。
友達の話。
そしてネッシーの話。
どうやら下水道に来るきっかけになった『面白い動物』というのは、あの首の長い珍獣のことだったらしい、
実際に会えたのがよほど嬉しかったのか、終始ご機嫌そうだった。
ところが、
船を降りるまでは元気だったくせに、治療院が近づくにつれて目に見えて口数が減っていった。
ま、理由は聞くまでもないか。
帰ったらオヤジに何と言われるのか、それが怖いのだろう。
俺にも似たような経験がないわけではないから、その気持ちは分かる。
ほどなくして、マリーンのおやじ、ホルティの治療院が見えてきた。
まだ朝早いというのに建物の明かりは消えていない。
あのおっさん、ちゃんと眠れていないのかもしれないな。
扉の前で、マリーンが立ち止まった。
「すー……はー……」
大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
それを何度か繰り返した後、意を決したように扉へ手を伸ばした。
「ただいま、パパ!」
元気よく入室する。
干し草で散らかった部屋の中では、おっさんが羊にミルクをやっていた。
「……マリーン?」
ゴトッと、手から哺乳瓶が滑り落ちた。
おっさんは目を見開く。
「マリーン、なのか……? 信じられねえ……、俺は夢を見てるんじゃねえのか……?」
数秒。
まるで本物かどうか確かめるように見つめていたが、
「マリーーーン!!」
次の瞬間、猛ダッシュで娘に抱きついた。
「うわっ!」
「よかった……! 本当によかった……!」
「わっ、パパったら、そんなに強く抱きつかないでよ!」
ぎゅううううう。
「俺がどれだけ心配したと思ってんだ! お前が失踪したって知らせが学校から来たとき、心臓が止まるかと思ったぞ……!!」
「パパ……って、ちょ、顔擦り付けんな! 青髭が当たって痛いんだってばー!」
「うるせぇ! しばらくこうさせろぅ! このこのこの!!」
感動の再会なのだろうが、暑苦しすぎていまいちそんな気がしない。
「ふふっ。本当によかったです。ホルティのおじさまも、これでようやく安心できますわね」
「めでたしめでたし、ってやつだね」
「終わり良ければ全て良し……」
各々が親子の再会を見守っていた。
そんな中、
「ライノさん、何か忘れてませんか?」
リンチェがこちらを見る。
「あっ」
言われて思い出した。
すっかり感動の空気に流されていたが、俺たちがここへ来た理由はもう一つあるのだ。
「おい、おっさん。感動の再会に水を差して悪いが、約束のこと忘れてないよな?」
「あん? 約束ぅ?」
おっさんはマリーンを抱きしめたまま顔を上げた。
「そうだ。今度はあんたの番だ。約束通り羊の治療をしてもらうぞ」
するとおっさんは肩をすくめた。
「そんなもん、とっくにやってる。なあ?」
「メェ〜」
おっさんの言葉に呼応するように、近くにいた子羊が元気よく鳴く。
「お前らが王都に行ってる間に終わらせといた。治療のほうは大した手間じゃなかったけどな、こいつらの世話の方がよっぽど大変だったぜ!」
「「メー!!」」
羊の親子が揃って鳴いた。
『お世話になりました!』ってか?
「……それと」
おっさんがぽつりと言った。
「嬢ちゃんたち、坊主。娘を探してくれてありがとな」
真っ直ぐに俺たちを見ながら、そう言った。
……まったく。
最初からそういえばいいのに。素直じゃない、面倒くさいオヤジである。
それから。
俺たちは羊の親子を連れて帰路についていた。
「お姉さんたちも、ライノも! ありがとうね!」
マリーンが大きく手を振る。
本当に反省しているんだか。
そういえば一つ気になることがあった。
「なあ、一つ聞きたいんだが、下水道で会ったとき、たしか、お前の方から来ただろ? あんな広い場所でよく俺たちがいるって分かったな」
「えっ?」
マリーンが首を傾げる。
「うーん……なんでだろ? ……あっ、そうだ!」
何かを思い出したように手を叩いた。
「いい匂いがしたんだよね」
「匂い、ですか?」
「そう!」
マリーンは元気よく頷いた。
「ラベンダーのいい香りがしたの」
「ラベンダーって、花の?」
「うん。わたしの大好きなお花の香り」
そう言うと、少しだけ嬉しそうに笑う。
「パパがね、昔よくお土産にラベンダーのお花を買ってきてくれたの。だから分かるんだ。あの匂い」
そういえば、おっさんから貰ったあの香水も花の香りだったか。
花の名前までは知らなかったが、なるほど。
おっさん。娘を見つけられたのは、あんたの手柄かもしれないな。
もちろん、その言葉を本人に伝えるつもりはないが。
「ばいばーい!!」
それからもう一度、マリーンは大きく手を振った。
俺たちも手を振り返す。
その姿は小さくなり、朝の町並みに溶け込んでいった。
ホルティからの依頼、これにて無事完了。




