015 初めてのカレーライス
なんとかその場を離れた俺たちは、夕食の食材を買うため市場へ向かった。
本来の目的は仕事探しだったのだが……結局、これといった依頼は見つからずじまいだった。
だが、仕事がなくても腹は減る。
キャッツでは、全員で夕飯を作って食べて、そのあとに解散するのがいつもの流れになっていた。
「ライノさん、市場に来たことはありますか?」
リンチェが尋ねてくる。
「いや。この国に来てからは初めてだな」
「そうなんですね」
すると、
「ヤスクシトクヨー!」
異国の商人風の男が、愛想笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「オイシースパイスヤスイヨー! カッテイッテヤ!」
なんか妙に馴れ馴れしいな、このおっさん。
商人が小袋を掲げる。
中には赤や黄色の粉末が入っていた。
「それ、何だ?」
「香辛料ですよ。クミンやターメリックを混ぜたミックスパウダーです」
「……全然分からん」
そういえばこいつ、朝飯はいつも自分で作っていたが、もしかして料理に詳しいのか?
「ちょうどいいですね。今日は野菜も安いですし、カレーにしましょう」
「カレー……?」
聞いたことのない名前に、思わず聞き返す。
「先輩、カレー食べたことないの?」
「ないな。というか聞いたこともない」
「えぇっ!?」
ユルナが大袈裟なくらい目を丸くした。
「カレー知らない人、初めて見たかも!」
「そんなに有名なのか?」
「有名どころじゃないよ。学校の食堂でも出るし、屋台でも売ってるし」
「……ライノは人生の半分損してる」
今度はマヤが真顔で言った。
「へぇ、そこまで言うか?」
「言う」
一切の迷いがない返事。
しかし、普段ほとんど喋らないマヤがここまで断言するとは……そのカレーとやらはよっぽど美味いらしいな。
少しだけ興味が湧いてきた。
「そこまで言うなら、期待していいんだよな?」
「もちろんです!」
リンチェが胸を張る。
「食べたらびっくりしますよ!」
そして、そのカレーとやらの材料であるニンジン、じゃがいも、ひよこ豆、そして挽肉を買い込んでいく。
どんな料理なんだろうな。
少し楽しみになってきた。
そして夕方。
食卓に並べられた皿を見て、俺は固まった。
「おい、これ……」
白い穀物の山。
その上に、茶色い正体不明の液体が豪快にぶっかけられていた。
正直な感想を言おう。全然美味そうには見えねえ!
「さ、どんどんおかわりしてください!」
コック帽を被ったリンチェが上機嫌に言う。
だが、目の前の皿を見ていると不安になってくる。
正直な感想を言うとだ、申し訳ないが、魔物のエサにしか見えん。
「先輩、どうしたの? 食べないの?」
「うまうま」
隣ではマヤとユルナが当たり前のようにスプーンを動かしていた。
俺は意を決してスプーンを握る。
茶色いドロドロと白い粒を一緒にすくい上げた。
そして、おそるおそるカレーを口へと運んだ。
ぱくっ。
「――!!」
衝撃が走った。
「う、美味い!!」
思わず立ち上がる。
「なんだこれ!? 辛いのに止まらねぇ! しかも後から香りが追いかけてくる!」
もう一口。
さらにもう一口。
「しかも辛いだけじゃないぞこれ。市場の新鮮なニンジンや玉ねぎの甘みが後から追いかけてくるし、ほろほろに煮込まれた牛肉も絶品だ! それに何なんだ、この異国の香辛料は? 鼻を抜けるたびに食欲を煽ってきやがる! 初めて食う味なのに、次の一口が止まらねぇ」
気付けばスプーンが止まらなくなっていた。
「ライノさん、食レポもできたんですね」
リンチェが感心したように言った。
「ああ。普段は絶対にやらないけどな。だが、これを食って言わずにはいられなかったんだよ」
言いながら、また一口食べる。
「あはは! ナイスリアクションだよ、先輩!」
ユルナが楽しそうに笑う。
ちなみに俺は人生初のカレーを三杯おかわりした。
食わず嫌いって良くないんだなぁ。
食後、みんなで囲む食卓には穏やかな時間が流れていた。
「そういえば、市場には見たことのない食材がたくさんあったな」
俺が思い出したように言うと、リンチェが頷く。
「この町は港に近いですからね。海外から色々な文化や食べ物が入ってくるんです」
「なるほどな。だからあんな珍しいものが並んでいたのか」
「ライノさんに知ってほしい食べ物は他にもたくさんあります。また今度、市場を案内してあげますね」
「そりゃ楽しみだ」
新しい国。
知らない料理。
知らない文化。
どうやらこの町には、まだまだ面白いものが隠れているらしい。




