014 町の騒ぎとベアアタック
しばらくすると、広場で声が上がった。
「これより第38回、クラブ入団試験を開始する!」
鉄兜を被ったヒゲの親父が言った。
「君たちには下級の魔物と戦ってもらう。勝った者にのみ、われわれのクラブへの入団を認める。それでは1番、前へ!」
呼ばれた少年が前へ出て、震える手で木剣を構える。
向かい側へ立たされたのは、小さな魔物のハネウサギ。
「ガウ、ガウ」
「では始め!」
試験官が旗を上げた瞬間、ウサギが少年に向かって飛びかかる。
「えいやー!」
少年は半ば叫びながら剣を振るった。
ガツン!
鈍い音と共に魔物が吹き飛ぶ。
「おおーっ!」
観客たちの歓声が上がった。
戦う少年少女と観戦する大人たち。まるで闘技場の光景だ。
お、剣士のほかにも弓使いや魔法使いなんかもいるのか。
「次。前へ!」
呼ばれた少年が前へ出る。
やけに身なりの良い服を着ていた。
「ありゃ貴族だな」
しかしあの子供、毒リンゴでも食ったみたいに顔色が悪いな。
どうやら魔法使いらしいが、思うように技が撃てていないように見えた。
「緊張してるんでしょうか。さっきからずっと失敗してますね」
隣で見てるリンチェが言った。
そして、試験官は最後に無慈悲な一言を告げる。
「不合格」
少年は呆然と立ち尽くした。
握り締めた拳だけが小刻みに震えている。
……まあ、そういうこともある。
当然ながら、才能があるやつもいれば、恵まれていないやつもいる。全員が上手くいくわけじゃない。
運だってあるし、その日の調子だってある。
誰も彼もが上手くいくほど、世の中は都合よくできていない。
「なんで……どうして、僕だけ……」
敗者の烙印を押された少年が唇を噛む。
心なしか周囲の視線も冷たい。
「ははは! あの坊ちゃん、全然ダメじゃねえか」
「結局親の金だけかよ」
「おい七光りのクソガキ! そんな雑魚一匹倒せないのかよ!」
大人たちの汚い野次が飛ぶ。
少年の肩がびくりと震えた。
「ぐすっ……くそ、馬鹿にするなよ! 僕だって、僕だって、やる時はやるんだからなぁ!」
悔し涙を浮かべた少年は懐から赤黒い水晶を取り出した。
「お、おいキミ! それは所持が禁止されてる魔道具じゃないか!?」
「待てッ、それは使ってはいかん!」
試験官たちの顔色が変わる。
だが、遅かった。外野の声をシャットアウトした少年の耳には、試験官の忠告など届かなかった。
バキィン!
落とされた水晶が砕け散る。
その瞬間、ぶわっと黒い煙のようなものが噴き出した。
煙はみるみる膨れ上がり、巨大な影へ変わる。
そして、異常なほど大きい体躯が出現した。
あれは……ヤミクマンだ。額に月の模様を宿した凶悪な熊の魔物だ。
「グオオオオオオッ!!」
獣の咆哮が広場を震わせた。
「きゃああああっ魔物よーー!」
観客が一斉に逃げ始めた。
試験官の一人が剣を抜く。
「魔物を囲めぇ!」
冒険者たちが飛び出す。
だが。
ガァン!!
「ぐぁっ!?」
ツメが一振りされただけで、一人が吹き飛んだ。
並の剣士ではなす術なし、といったところか。
強力な魔物だ。
「あの水晶……初めて見ました。あれって、魔物を呼び出す魔道具なんですか?」
「……呪いの水晶球。普通は市場に出回らない」
「先輩、なんであの子供がそんな危ないもの持ってるの?」
「たぶん闇市で買ったんだろ」
ああいうのは、力に憧れた金持ちがよく手を出すと聞く。
熊は暴れながら広場の屋台を薙ぎ払っていった。
木箱が砕け、果物が転がり、悲鳴が響いた。
試験官たちも押され始めていた。
「くっ……皮膚が硬くて刃が通らない!」
「応援はまだ来ないのか!?」
「近くにあるギルドに応援を頼んだが、到着まで30分以上はかかるぞ!」
「遅すぎる! それじゃあ俺たちが保たない!」
そりゃなぁ。
ここにいる冒険者だけじゃ荷が重いだろう。
「ライノさん……?」
リンチェがこちらを見る。
俺は軽く首を鳴らした。
「ちょっと行ってくる」
一歩一歩、前へ出る。
魔物がこちらへ気づいた。
「グオオオオッ!!」
飛びかかってくる。だが遅い!
俺は半歩だけ踏み込み――
ズドン!!
怪物の腹に思いっきり拳を叩き込んだ。
その瞬間、黒い巨体が吹き飛び、広場の外壁へ激突した。
そして、そのまま動かなくなった。
…………。
広場が静まり返る。
数秒後遅れて、
「お、おおおおおおっ!!」
広場が大歓声に包まれた。
「いやぁ助かりました……! おかげで被害を最小限に抑えられました。本当に、なんとお礼を申し上げれば……」
試験官の一人が話しかけてきた。
大げさだな。
「礼ならいい。それより、あの子供は許してやってくれないか?」
俺は気絶した少年へ視線を向ける。
「しかし……禁制品の使用は重罪です」
「分かってる。だが、一から十まであの子だけが悪いわけじゃない。周りの連中が失敗を笑って、必要以上に追い詰めたんだ。禁制品の魔道具を使ったのは褒められたことじゃないが……子供なら、判断を誤ることだってあるだろ」
試験官は少し悩んだあと、深く頭を下げた。
「……分かりました。事情は上へ報告します」
「ああ。そうしてくれ」
話が早くて助かる。
「ライノさん……」
後ろから、ぽかんとした声。
振り返ると、リンチェたち三人がこちらを見ていた。
「な、なんだよ」
「ライノさんって、そんなに強かったんですかー!?」
リンチェが腕をブンブンさせながら目を輝かせる。
「ねえ、あれなんて技!? 必殺技!? 奥義!? まさかただのパンチじゃないよね!?」
ユルナまで興奮していた。
わちゃわちゃと俺を取り囲んではしゃぐ二人。
「お、おい、周りが見てるだろ」
周囲からの視線が痛い。
おいやめろ。恥ずかしいからやめろ。
「つっよ」「誰あれ?」
「魔物が大したことなかったのよ、きっと」
「いやお前、数人の大人が吹っ飛ばされるの見ただろ……」
「ていうか、あれ冒険者? 見たことない顔だけど」
ざわざわと声が飛び交っていた。
町の住民や子供たちが、こっちを見て何かささやいているのが見えた。
ちょ、変な意味で噂になるからやめろー!




