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第4話 人気キャラ

 女は部屋の中へ入ってくると、見張りの兵士に軽く手を振った。


「少し借りるわ」


 兵士は一瞬ためらったが、すぐに頭を下げて扉の外へ出ていく。閉じた扉の向こうで、控える気配だけが残る。


 それを見て、俺は目を細めた。


「ずいぶん偉いんだな」


「そこそこね」


 女は気軽に言って、それから改めて俺を見た。


「あなたが、処刑台で空気をひっくり返した人?」


「自分でもびっくりしてるところだよ」


 答えると、女は小さく笑った。


 整った顔立ちだ。だが、綺麗とか可愛いとかいうより先に、“強い”という印象が来る。


《補足:対象は自然な注目収束を持っています》


「それどういう意味だ」


《場の中心になりやすい個体です》


「人気キャラってやつか」


《近似値としては》


 女は少し首を傾げた。


「今、何か変な顔したわね」


「気のせいだろ」


「そう」


 あっさり流したくせに、目だけは流していない。こっちを観察している。試している。


「名前は?」


 そう聞くと、女は一歩だけ近づいた。


「セリス」


 短い名乗り。


 直後に、視界へ表示が差し込まれる。


【イベント発生】

高評価個体“セリス”との接触


成功時効果:

・共感値補正

・世界情報の取得

・継続期待の上昇


失敗時リスク:

・評価停滞

・不信値増加


推奨方針:

軽口を交えつつ主導権を失わないこと


「……親切だな」


《最適化支援です》


 セリスが眉をひそめる。


「何か言った?」


「独り言」


「そういう人、嫌いじゃないわ」


 言葉の割に、視線は鋭いままだ。


 俺は椅子に座ったまま、セリスを見上げる。


「それで。人気者がわざわざ何の用だ?」


 一瞬だけ、セリスの表情が揺れた。


《反応良好。対等性の演出に成功》


【現在の生存確率:72.6% → 75.3%】


 おいおい、そんなので上がるのかよ。


 セリスは口元に笑みを浮かべた。


「人気者、ね。面白い言い方するじゃない」


「否定しないんだな」


「否定する必要がないもの」


 即答だった。


 なるほど。自覚もあるタイプか。


「じゃあ本題に入るわ」


 セリスは机の上へ一枚の紙を置く。


 地図だった。


 街の一角、外れに近い細い路地と、古い水路の位置が記されている。


「ここで人が消えたの」


「死んだ、じゃなくて?」


「ええ。消えた」


 その言い方に、背筋が少し冷えた。


 この世界で“消える”は、死ぬより重い響きがある。


《注目:語彙選択“消えた”は重要です》


「分かってるよ」


 俺は地図へ目を落とす。


「で、俺に調べろって?」


「そう」


「なんで俺が」


「目立つから」


 あまりにも率直で、一瞬言葉を失った。


「雑な理由だな」


「でも、間違ってないでしょ?」


 確かに間違ってはいない。


 処刑台で空気を変えたことで、俺には“何かを起こす側かもしれない”という印象がついた。それを利用しようってわけだ。


《分析:対象“セリス”はお前を試しています》


「見れば分かる」


《補足:好奇心だけではなく、実用価値の測定も含みます》


 セリスが机に手をついた。


「率直に言うわ。私はあなたをまだ信用してない」


「正直で助かるな」


「でも、興味はある」


 その一言が、妙に真っ直ぐだった。


「あなた、あの場でただ悪あがきしただけには見えなかった。何か考えていた。少なくとも、そう見せるのは上手かった」


「褒めてんのか貶してんのか分かんねえな」


「半分ずつ」


 くすりと笑うセリスに、俺は小さく息を吐いた。


 強い。


 この女は、人との距離の詰め方が上手い。好感を持たせつつ、主導権は渡さない。


 だから人気があるのか、と妙に納得した。


《補足:対象は“安定した期待値”を持っています》


「だから人気キャラなんだな」


《はい》


 セリスは俺の沈黙をどう受け取ったのか、少しだけ目を細めた。


「受けるの?」


 単刀直入に来た。


 俺はすぐには答えず、地図を見たまま問い返す。


「その前に、確認したい」


「何を?」


「成功したら、何がもらえる」


 セリスの目がわずかに開く。


 意外そうな顔だ。


《反応上昇。主体性が評価されています》


【現在の生存確率:75.3% → 78.9%】


 おお、上がった。


 セリスは数秒だけ考え、それから笑った。


「なるほど。言われるまま動く気はないわけ」


「死にたくないんでね」


「いいわ。成功したら、私が知っている範囲でこの世界のことを教えてあげる」


「それだけか?」


「それに加えて、あなたを“使える側”として扱う」


 その言い方に、少しだけ引っかかるものがあった。


「……それ、俺にとって得か?」


「今のあなたには大きい得でしょ」


 否定できない。


 この世界についての情報は喉から手が出るほど欲しいし、人気キャラの後ろ盾らしきものがあるなら、少なくとも無視されにくくなる。


 だが、同時に何かを思う。


 それは本当に俺のためか?


 それとも、こいつにとって便利だからか?


《提案:即答せず、一つだけ条件を追加してください》


「条件?」


《対等性の維持です。全てを受け身で取ると従属印象が強まります》


 なるほど。


 俺は顔を上げる。


「もう一つ条件がある」


「聞きましょうか」


「調査結果は、俺が最初に判断する。勝手に利用するな」


 セリスは一瞬だけ黙り、それからゆっくりと頷いた。


「いいわ」


 承諾があまりにも早くて、逆に不安になる。


 けれど、数字はまた僅かに上がった。


【現在の生存確率:78.9% → 80.6%】


「……よし」


 俺は地図を手に取る。


「今夜行けばいいんだな」


「ええ。できれば一人で」


「なんでだ」


「その方が見えやすいから」


「何が?」


 セリスは少しだけ考えて、言葉を選ぶように答える。


「この街では、消える前に“視線”を感じたって言う人が多いの」


 心臓が一瞬だけ強く打った。


 第2話の終わりに感じた、あの得体の知れない視線。


「……視線?」


「ええ。誰もいないのに、見られているような感じ」


 偶然、とは思えなかった。


 AIの表示が一瞬だけ乱れる。


《新規情報を確認》


《整合性検証中……》


「おい?」


《問題ありません。処理を継続します》


 今、明らかに一瞬遅れた。


 だがセリスは気づいていないらしい。


「で、受けるの?」


 もう一度問われる。


 俺は地図を見て、それからセリスを見る。


 この依頼を受ければ、確実に危険へ踏み込む。


 だが、受けなければ停滞する。


《受諾推奨》


《理由:継続期待を維持できます。また、世界構造への接触可能性があります》


 結局、答えは決まっていた。


「受ける」


 セリスが満足そうに笑う。


「そう来なくちゃ」


 そして踵を返し、扉へ向かう。


 出て行く直前、振り返らずに言った。


「一つだけ忠告しておくわ」


「何だよ」


「この世界で“人気がある”ことは、安全とは限らない」


 そう言い残して、セリスは去った。


 扉が閉まる音が、やけに重く響いた。


 俺は地図を見下ろしながら、小さく息を吐く。


「……ろくでもない夜になりそうだな」


《その可能性は高いです》


「他人事みたいに言うな」


《観測対象としては有益です》


「お前、本当にAIか?」


《はい》


 即答だった。


 でもその“はい”が、なぜか少しだけ空虚に聞こえた。

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