第3話 評価という名の酸素
連れて行かれた先は、牢獄というより観察室に近かった。
石造りの部屋。
壁に高い位置の小窓が一つ。木の寝台が一台。粗末な机と、脚の短い椅子。鉄格子はないが、扉は分厚く、外から鍵が掛かる音がはっきり聞こえた。
自由じゃない。
だが、処刑台の上よりははるかにマシだった。
兵士が無言で木の盆を置いていく。薄いスープと、固いパン。いかにも最低限の待遇だ。
扉が閉まり、部屋に静けさが落ちた。
その瞬間、視界の端で数字が変わる。
【現在の生存確率:68.3% → 59.4%】
「はっ!?」
思わず声が出た。
「ちょ、ちょっと待て! 下がりすぎだろ!」
《説明:処刑回避イベントの熱量が減衰しています》
「減衰って……」
《興味は時間経過で低下します》
「本当にコンテンツじゃねえか……」
《この世界において、その理解は概ね正しいです》
俺は乱暴に椅子へ座り込んだ。
助かったと思った次の瞬間にこれだ。生き残ったこと自体がゴールじゃない。むしろ、助かったところからが本番。そういう世界だと、改めて数字で叩きつけられる。
固いパンを手に取りながら、俺は天井を見上げた。
「なあAI」
《はい》
「お前、さっきから“評価”とか“興味”とか言ってるけど、それって結局どういう仕組みなんだ」
《回答します》
視界に新たなウィンドウが浮かぶ。
【評価構成要素】
・興味:今その存在に視線が向いているか
・共感:感情移入または好感を得ているか
・予測不能性:先が読めない魅力があるか
・継続期待:次を見たいと思わせているか
「……四項目か」
《簡略表示です》
「簡略でこれかよ」
俺はため息を吐く。
難しすぎるだろ。何か一つを満たせばいいわけじゃない。全部をある程度維持しなきゃならない。しかも“維持”だ。一度上げて終わりじゃない。
「じゃあ聞くけどさ」
スープを一口飲んで、顔をしかめる。薄い。味がほとんどない。
「俺が今、生きてるのは“興味”があるからか?」
《主因はそれです》
「共感じゃなくて?」
《現時点では低めです》
「だろうな……」
俺みたいな正体不明の男に、いきなり感情移入しろって方が無理だ。処刑台の上では目を引いた。だが、それだけだ。
《補足:現在のお前は“見ていて面白いかもしれない存在”です。“応援したい存在”ではありません》
「言い方きついな」
《事実の提示です》
こいつのこういうところには、まだ慣れない。
でも、分かる。
面白がられるだけじゃ危うい。次に失敗すれば、「もういいや」で切られる。消される。
「じゃあ、どうすれば“応援したい側”に行ける」
《目的設定が有効です》
「目的……」
《現時点でのお前は“生きたい”のみを主軸としています》
「それじゃ弱いのか」
《はい》
即答だった。
《人は“何のために生きるか”を持つ個体に、より継続的な関心を示します》
人、じゃなくて読者だろ。そうツッコミかけて、やめた。
たぶんこの世界じゃ、その違いは大きくない。
俺はパンを置き、壁にもたれた。
何のために生きるか。
そんなもの、昨日までの俺なら考えたこともなかった。いや、昨日までの俺が誰だったのかすら、よく分からない。
そこに気づいて、ふと眉をひそめる。
「……なあAI」
《はい》
「俺、記憶が曖昧なんだけど」
《確認しています》
「それ、普通なのか?」
《この世界において“価値の低い存在”は、設定情報が簡略化される傾向があります》
背筋が冷えた。
「設定情報?」
《名前、背景、過去、人間関係などです》
「つまり俺は……」
《“掘り下げる価値がない存在”として処理されていた可能性があります》
「クソみたいな世界だな」
《同意はしませんが、否定もしません》
視界の隅で、また数値が微妙に動いた。
【現在の生存確率:59.4% → 57.8%】
「また下がってる!」
《停滞です》
「会話してるだろ!」
《内省のみでは変動幅が小さいです。外部との接触、あるいは明確な目的提示が必要です》
そこで、さっきの話に戻る。
目的。
「候補とか出せるのか」
《可能です》
ウィンドウが切り替わる。
【目的候補】
① 元の世界に帰る
② この世界のルールを壊す
③ 読まれ続けて頂点に立つ
④ 自分の記憶を取り戻す
どれも、それっぽい。
でも、その中で一番最初に目についたのは②だった。
この世界のルールを壊す。
処刑台の上で感じた理不尽。面白くないから消す。読まれないから死ぬ。そんなルールを受け入れられるわけがない。
「……②だな」
《確認を取ります。本当に“世界のルールの破壊”を目的として設定しますか?》
「する」
《理由を言語化してください》
「理由?」
《目的は、感情の裏付けがあるほど強度が上がります》
面倒だが、たぶん必要なんだろう。
俺は少し考えてから、口を開いた。
「俺は、勝手に値踏みされて、勝手に消されかけた」
声に、熱が乗る。
「そんなルールで命が決まるなんて、間違ってる。だから壊す」
その瞬間、視界に白いノイズが走った。
一瞬だけ。
ほんの、一瞬だけ。
誰かが向こう側から覗き込んできたような、奇妙な感覚。
「……っ」
《感情波形の上昇を確認》
《評価変動を検知》
【新規目的設定】
『読者評価で命が決まる世界のルールを壊す』
【現在の生存確率:57.8% → 72.6%】
【共感値:上昇】
【継続期待:上昇】
「上がった……」
《理不尽への反逆は有効です》
「読者はそういうの好きなのか」
《好む傾向があります》
皮肉な話だ。
理不尽な世界を面白がって見ている連中が、“理不尽への反逆”にもまた食いつく。
どっちにしろ娯楽ってわけか。
その時、扉の向こうで足音が止まった。
一人じゃない。
見張り兵の固い足音とは違う、もっと軽い、でも迷いのない歩き方。
《新規接触イベントを検知》
「またかよ」
《重要人物の可能性:高》
「何で分かる」
《足音、周囲の気配変化、兵士の緊張反応から推定しています》
「便利だなお前……」
扉が三度、軽く叩かれた。
返事をする間もなく、鍵が回る。
開いた扉の向こうに立っていたのは、青い外套を羽織った女だった。
年齢は俺とそう変わらないように見える。
だが、雰囲気が違う。
見られることに慣れている立ち方。人の目を集めることを、当たり前のように身につけている空気。
《解析開始》
《対象:高評価個体》
《読者好感度:上位》
「……読者好感度?」
《俗称としては“人気キャラ”に近い存在です》
「また雑な言い方を……」
女は俺を見て、わずかに笑った。
「へえ。本当にいるのね」
その一言で、また視界の数字が僅かに動いた。
こいつが、次の展開だ。
そう直感した。




