第27話 『決意』
クロークは少し焦っているように見えた。例えるなら、テスト終了五分前の学生のような。
「本音を言うと、今すぐにでも出発してほしいぐらいなんだよ」
「ふーん。何か引っ掛かるけど……急いでんなら、話を進めるか」
「賢明な判断だ」
満足そうに頷き、手を打ち始めるクロークに、しっしと片手を振る。いちいち反応されては話の停滞を招く。
クロークは仮面を揺らしながら、拍手をしていた腕をマントの奥に隠した。
「そもそも、別の大陸までどうやって行けばいいの? 私は行ったことがないし、タツキも多分知らないと思うわ」
ごもっともな質問だ。
タツキとフレシアは外にかなり疎い。多少の勉学に励んできた彼女はともかく、一切の予備知識がないタツキはなんの役にも立たない。
それに街に行くまではかなりの距離があるはずだ。果たして一日でたどり着くのだろうか……。
「問題ないさ。いつも通り、足の役目はルイとリラに頼んであるからね」
『足』の役目。
ルイがフレシアを、リラがタツキを、えっほえっほと運んでいる様子が頭に浮かぶ。……ねーわ。女子に担がれる男とか。
「んじゃ街についたとして、それからの生活は? 一文無しが生きてくには辛い世界だと思うんだが」
今のタツキは所持金ゼロからのスタートだ。ゲームならすぐにお得なイベントが発生し、徐々にレベアップしていくシステムなのだろうが……。そんな都合のいいものが存在するとは思えない。だから軍資金という名において、クロークからいくらか金を搾り取る魂胆だった。
「そうだな……1Gを費用として与えよう。安い宿なら一週間以上は持つはずだ」
「―――」
やっべえええええ!!!
お金の価値がさっぱり分からん!!!
すっかり価値観の違いを忘れていた。ゴールドがどのくらいの単位なのか分からない。早くも危機に直面し、焦りが顔に出さないように情報を聞き出すことにした。
「……安い宿って、大体二人でおいくらなんですかね?」
「1sもあれば泊まれるよ。あの地帯なら冒険者向けの破格の宿が多いだろうし。資金がつきかけたら、最悪馬小屋を寝床にすればいい。一日1Bで済む格安宿さ」
「ゴールド、シルバー、ブロンズ……」
――更に金の種類が増えちゃいました。
だが、大体は掴めた。おそらく単位は金、銀、銅でわかれているのだろう。
一般的な宿を基本にすると、大体1s=1万といったところか。『円』という価値のない今、こじつけでしかないが。つまり与えられた費用は約十万。これでは、仕事が見つからないと本当に馬小屋に泊まることになってしまう。自分だけなら気にならないが、何せ旅のお供にフレシアがいるのだ。女神に馬小屋で眠ってもらうわけにはいかない。
「初期費用込で2Gにしてくれないか? 二人分ってことで」
通貨がどれだけあるかしらないが、名前が金に由来しているのだ。ゴールドはかなり価値が高いはず。なら旅は金がかかるものと割りきって、二人の旅出にもう少し懐の紐を緩めて欲しい。どうせお金持ちにとっては倍にしてもさして変わらないだろう。
「そんな端金ならいくらでも用意できるよ。でも、融資先を決める権利は我にあるはずだ。君に我の意志を変えられる理由を述べられるかな?」
「またそれかよ……」
いちいち鼻につく言い方だ。
苛つきゲージが上昇したことで、やってやろじゃないかと意気込む。クロークを尻目に大きく息を吸い込んだ。
「まずひとぉおおおつ! 俺は字が読めねぇ! これは仕事を見つける中でかなりの痛手なはずだ!!」
「……ふむ、なるほど」
「次にふたぁああつ! 俺の相棒は世間知らずでお人好し。とても金に恵まれる方だとは思えねぇ! 飢えて困っている人がいたら、まっ先に所持金丸ごと渡すだろうな!」
「……そうだろうね」
「みっつううう! 物事にアクシデントはつきものだ! それに、ナルセ・タツキは厄介事を呼び込む天才だぜ!?」
「………」
「まだまだあるぞ! 俺らは外についての常識をほとんど知らないし、物騒なこともあるかもしれねぇ! 失敗した時金がなけりゃ野垂れ死ぬのが関の山! それに――」
「分かった、認める。認めるから。もう止めてくれ……。そこまで言われると聞いてる方が辛くなってくるよ」
自分の欠陥を指折り数えて金を毟り取ることに成功。その代わり精神はメタメタだった。常識知らずと豪語してしまったフレシアに謝ると、タツキは机に突っ伏し恥を隠した。今更だが、自分の空っぽさに虚しくなる。
……まぁ、とりあえず当面の資金は確保できた。顔を上げずに勝利のブイサインを決める。
「とにかく話は纏まったんだ。街での君たちの自立は始まる。あとは自分たちでどんな道にでも進んで行ってくれ」
「えっこれで説明終了!? まだ聞きたいことたくさんあるんだけど!」
やれやれと腰を上げるクロークに、引っ込んだ焦りが再び湧いてくる。この男は自分勝手すぎる。まだ聞きたいことを聞けていない。
頭をフル回転させていると、ふと一つの童話を思い出した。ある兄妹――《ヘンゼルとグレーテル》の話だ。彼らは両親に森に捨てられ、魔女に惑わされ、そのせいで死にかけた。
まだ幼い子供に、何も教えず置いていく最低な親。幼かった自分は、これほど残酷なことを誰がやるのかと震えていたが、今まさにタツキはその状況に陥っている。街中で右往左往する自分たちが目に浮かぶ。
「それだけは嫌だ……。クロさんんんん!!」
「ふぅ。他人に頼る術を覚えれば、自分の足で立ち上がることを忘れてしまうんだ。支配者は飴と鞭の使い分けが大切なのさ。でも我は独裁者になりたくないから、迷える子羊たちに一液の蜜をあげよう」
「さすがクロ様! 支持率アップ間違い無しだぜ!」
「《ウェルダン》。街についたらこの名を探すといい」
「何だ、ヒントが名前か……。アドバイザーでも紹介してくれるかと思ったぜ。チュートリアルには付き物だろ」
「……どれ、忘却魔法でもかけてあげようか」
「もちろん冗談ですけどね!」
クロークが言うと洒落にならない。
なにやら考え込んでいるフレシアの隣で冗談を突き通す。
「用意が終わったら呼んでくれ。屋敷の住人総出で送り出そう」
戯けるタツキに肩をすくめ、クロークは今度こそ一切の未練なく去っていった。その間扉はすんなりと開き、主を阻むことなく通す。呼び止めようか迷ったが、いつもクロークを頼ってばかりいるのは嫌だ。一時の逡巡後、たまには自力で解決することに決めた。
「振り返りもせずにさっさと帰りやがって……。設定が初心者に優しくないんだよ。まぁグチ言っても仕方ねぇ。フレシア、出発はいつにする? この屋敷にはしばらく戻って来られないんだ。俺と違って思い入れとかあるだろ」
「………ん。一週間ぐらい欲しいかな」
一週間か。早く出ていってほしそうだったクロークが怒る未来図が頭に浮かぶ。
正直今日にでも出発するつもりだったのだが、頼まれては仕方ない。暇潰しに屋敷の散策でもしようか。街に着けばこれほどの好環境にはいられない。『贅沢』というものをしっかり堪能しておかねば。
「もちろんオッケーだ。んじゃ、出発は一週間後。俺は……必要な物をクロさんに頼んどくかな」
「なら、私はもう行くね。さっそく準備しなきゃだから」
そう言うと、考え込む素振りをやめてそそくさと退出しようとする。なんだろう。胸騒ぎがする。――奇妙な違和感だ。世界そのものがズレたような、胸焼けするほど強い錯覚。
「……?」
扉の奥に吸い込まれていくフレシアを貫くほどの眼力で見続けるが、特に異変はない。そのままクロークと同じく、振り返ることなく部屋を後にした。――違和感の正体が分からない。
無意識に強く握りこんでいた拳を顔の前に持っていく。中はじっとりと汗で濡れていた。顎に溜まった汗を拭い、自分に問いただす。
――俺は一体、何に追い詰められているんだ?
自分が強い焦燥感に駆られていることは分かる。フレシアを見ていて落ち着かないし、特にストレスを感じていたわけでもないのに異常な量の汗をかいていた。
「ま、今はいいや」
知識の少ない今では、きっとこの謎にはたどり着けない。何度目かの諦めの判断を下し、自らも扉門の間を去った。
――――――――――――――――――
「さーてさてさて。これからどーすっかなぁ……」
場面は今日何度目かの廊下だ。
壁の隅にはめ込まれた水晶の欠片が淡い黄色を放っているのを見て、現在時刻が昼だということが分かる。便利といえば便利だが、細かい時間が分からない。約束する時とかはどうするのだろう。朝昼晩と適当に当てはめるのだろうか。
思案に暮れながらもタツキの足は進んでいた。クロークに準備の確認を取りたくても、その居場所は分からない。でも、普通に考えれば向かう所は自室だろう。……だから今は男子塔へ向かう最中だ。まだ行ったことのない未知の領域。何やら文字が書かれている扉を使って、本棟からそこに移り行く。
「ここが男子塔か。内観は高級ホテルだな。豪華な造りは俺には合わないんだが……。ま、一番下から見てくか」
タツキがわざわざ下から巡ろうと考えたのは、興味本位が一割、住民との交流目的が一割、そしてクロークと会うのを後回しにしたいのが残りの八割だ。クロークに会うためにこんなことをしているのに、心は会うのを拒んでいる。行動が体に伴っていないのは本音が行動に現れているからだった。
「いや部屋数多すぎだろおおおお!!!」
一階到着後にタツキの大絶叫が響く。かなりの音量だったはずだが、防音効果が施されているのか、誰もやってこない。周りに誰もいないのなら話は別だが。
向かって左右の両壁には、少しの間隔を開けてズラリと扉が並んでいる。それが何メートル先まで続いているのだから、心が挫けても仕方ないだろう。
試しに一階廊下を歩き、扉を見回ってきたが、ネームプレートはおろか、一つ一つの扉の区別がない。一階の部屋は誰も使っていないのか。
「………」
扉を開けて確認するのはさすがに気が引ける。男部屋だといっても、所有者は他人。気が置けない相手ではないのだ。
クロークはきっと最上階に居る。
ラスボスという生き物は大抵その場所を好んで住み着くものだ。この塔に彼の自室があるのか定かではないが、すべての扉を確認する作業をこなせる自信は折れた。飽き性の上に面倒くさがり屋なのだ。
「会いたくないけど、仕方ねぇか」
そうして気乗りがしないまま、クロークがいると予想される塔の最上階へ向かった。
――――――――――――――――――
「ちわっす、クロさん」
「これはこれは、さっきぶりだね。それにしても、いきなり部屋を訪れるとは……些か礼儀を欠くんじゃないかな?」
一発目で引き当てたクロークの部屋。それもそのはず、その部屋だけあきらかに他の部屋とは違ったからだ。
まず雰囲気が別格だった。
装飾は全て金で、ボス部屋かと思うほどゴテゴテに飾られていた。誰か格の高い人がいるのは一目瞭然だ。
ここにいる!と確信したのがドアノブに手をかけた時。鍵がかかっている様子もなかった。開いてみれば案の定、部屋でも仮面を取らないクロークが待っていた。
「趣味の悪い部屋だな」
腕を抱いてぶるぶる震えてみせるが、特に反応は返ってこない。取るに足らない余興だと判断されたのか。それともこの場では不必要だと言っているのか。
「……分かってんだろ、俺の要求ぐらい」
「おや、欲求不満かい? 全く、これだから今時の若者は」
「さすがに男に手を出すまで溜まってないからな!? あとジジイ発言やめろ!」
今度はクロークからいきなり爆弾をぶっ込まれ、条件反射でツッコむ。
「……冗談はさておき。大方予想ならついているけど、我から言い出すことは何もないよ」
人の悪いやつだ。
分かっていて自分からは言わないのか。この案件はタツキからは言い難いので、言葉にせず遂行して欲しかったのだが。意地の悪いやつだという事を忘れていた。人の苦労や不幸を楽しむような人格者なのだ。
「――――くれ」
「ん?」
「俺の髪と瞳を染めてくれっつってんだよ!」
クロークの挑発にヤケクソになって乗っかり叫んだ。部屋中に煩いぐらい反響していたが、外にも聞こえてしまっただろうか。防音加工されているなら問題ないのだが。そんな心配を見透かしたように、
「安心しなよ。この屋敷は我のだよ? 特別製に決まってる」
『部屋』ではなく『屋敷』ときた。つまり広範囲に渡って何かしらの工夫が施されているということか。自慢気な創設者にそれ以上聞く意欲が削がれた。
「それで、もちろん可愛いぼくのお願いを無下にするはずないよねっ☆」
「むしろ気色悪いんだが………結論から言えば、可能だ。そんなもの我の力を持ってすれば造作もない。真っ青がいい? それとも真っ赤にする?」
「うわ懐かし……どっかの怪談で聞いたようなセリフだな」
ひとまず可能なことが分かり、ほっと一息。
――タツキの目と髪は目立つ。らしい。確かに異世界では黒髪黒瞳は珍しい気がする。ここではともかく、街で変な噂をたてられたくはない。隣にいるフレシアにまで矛先が向いてしまうかもしれないのだ。そんな被害を避けるために、こうして頭を下げにきた。
眼の色はできれば染めたくはない。理由は簡単、怖いからだ。コンタクトレンズもつけられないヘタレにはハードルが高い。
苦々しい気分になりながらも、決めたことだと頭を振った。フレシアのためだ。それに同年代の女の子が傷つきながら戦っているのに、タツキが無傷で傍観しているわけにはいかない。少々大袈裟すぎるか。
「髪は無難に茶髪と……眼の方は任せるよ。お代はツケで」
「しっかり記憶しておくよ。君が富豪になった暁には倍の価格を請求させて頂こう」
「十分金持ちな奴が何言ってんだよ……」
「恩に報いてもらうのは当然だよ」
「まぁな」
物珍しい黒髪と黒瞳。どちらも捨て去ることで、タツキはようやく普通になれる。寂しい気持ちが無いわけではないが、ずっと別色でいつづけるわけじゃないのだ。恋しくなればもう一度クロークに頼めばいい。できればあと数年はそんな機会を作らないようにしたいけれど。
「じゃあ眼の色は我が決めるとして。……まずはここに座って頭を出してくれ」
言われた通り、クロークの前にある椅子に座って頭をかざす。はねた髪の毛が温度のない手のひらに触れるが分かった。そんな従順なタツキの様子に満足気な笑い声が上から降ってきた。途端ムカムカが沸き起こり、こらえきれずに飛び下がろうとしたが、必死に耐える。安い挑発に乗ってはいけない。馬鹿を見るだけだ。
「―――ッ」
しばらくして笑い声が止み、頭の隅が温かみを帯びる。その熱はじんわりと頭中に広がっていき、すぐに消失した。体の芯まで届きそうな不思議な温かさだ。
「………終わり、か?」
「ああ。こんなことするのは久々だ」
手をぺっぺと振りながら頷くクローク。期待のこもった手でコンパクトサイズの鏡を取り出し、自分の頭皮をその板に映した。
鏡に映った自分を見て、思わず笑ってしまった。自分の茶髪の似合わなさといったら。まあいずれ慣れるだろうと、苦笑しながら鏡を閉じる。
しかし、速さも出来栄えも申し分ない。プロ以上のテクニックに感服する。店を開けるレベルだ。
「んじゃ、次は目を頼む」
髪の流れに乗って早く終わらせてしまおう。そう思って顔をつき出した。跪いて目をつぶると顎を上げ、その顎をクロークが持った。傍から見れば誤解を受けそうなワンシーンだ。早くやってくれとばかりに手探りでマントを掴む。
「―――っ」
少し前に感じた温かみが再び訪れる。それは顔中を巡り、瞳に集中していく……。そしてまた一瞬で消えた。直後襲われる無気力感。
「……あれ?」
うっすらと目を開けると、さっきとは違い、クロークが不思議そうに首を傾げていた。
解せぬ。そんな一言がぴったりな様子だ。まさかと思い、慌てて鏡を覗きこむ。
「変わって………ない?」
鏡の中の自分の目は変わらない黒色。慣れ親んだその色に、むしろ懐かしさを覚える。……しかし、何故変わっていないのだろうか。魔法の失敗? 異常事態? それともこれがクロークの思惑……?
「おいおいペルさんよぉ、客の要望はちゃんと聞いてくれなきゃ困るぜ。何色でもいいって言ったから黒にしましたー、なんてジョーク通じねえからな」
「客なら見合った対価を払ってくれるんだろうね……と言うべきなんだろうけど、今は少し頭が整理できていないな」
「は? ……まさか、本気で失敗したのか? 大魔法使い様が聞いて驚き呆れて恥ずかしー。でも安心しな。俺がお前に名誉挽回のチャンスを授けてやるよ」
偉そうなことを言っているが、つまりもう一度やれということだ。おかしいおかしいと首を振り続けるクロークの手首を掴み、無理やり顔に張り付かせる。その動作にクロークは魔法を作動させて応える。……だが。
「……変化無し、と。お前って実はポンコツ魔法使い? そうだよな、そうに違いねぇよ」
2つの瞳は相変わらず鈍い光を放っている。
変化の兆しが見えないことにタツキは焦りを感じていた。……もしかしたら。いや、ありえない。
「そんなはず……。やはり君は」
「あーもういい! 付き合ってくれてありがとな。遅れて効果が出てくるタイプかもだし。……それに、もしこの瞳についてなんか聞かれたって、『魔法のせいでそう見えるだけですぅ』って答えるだけだから!」
聞きたくないクロークの言葉を遮る。一人笑ってジョークを飛ばし、体をくねらせて戯ける。気づきたくないことから目を逸らし続けている。
母さんから言われたことを忘れたわけじゃない。ただ一時的に色を隠すだけのつもりだった。そんなことさえ許されなかいのか。――――カアサンだって?
「そーゆーことだから、じゃあな! お邪魔したぜ!」
変わらない目を再確認し、足早に扉に向かう。躊躇いもせず、そのまま部屋から転がり出た。零れそうな何かを必死で押し留めながら、一度もクロークの方を見ずに走る。いっそ魔法の失敗だと言ってくれれば楽になれたのに。
呼び止めようと伸ばした魔術師の手は、閉められた扉の前に戻される。片方の手でマントの裾をぎゅっと握った。もう片方の手は彼の正面。開いて閉じ、開く。そしてまた閉じては開く。
「―――――ごめんよ」
何に対する謝罪なのか、既に立ち去った者に問う権利はなかった。




