第22話 『ライバルは王様でした』
「マイ・エンジェルが!? もしかして大魔法使いより強かったり!?」
「それは違うよ。フレシアはまだ魔法初心者だからね。いわば修行の身さ。まぁ素質が上質なのは本当なんだけど……。磨けば磨くほど輝きを増す、一級品の宝石ってとこかな」
「あのクロさんがべた褒めじゃねぇか……」
才能溢れる彼女に目が潰れそうになる。今更ながらフレシアが生きる道との違いを感じさせられた。
理由を意識する前に、後光の差す緑の少女から目をそらしてしまう。
「ご、ごめん、俺……。全然知らなくて」
「やめて、そういうのはすっごく嫌いだから。私は魔法の使い方を勉強してる、ただの学習生なの」
そういえば、リラがフレシアに筋力は必要ないと言っていた。その真の意味がこれか。努力しても追いつけないほど強い魔力を持つ、神に選ばれた少女。まさに特別だ。
―――生まれた瞬間に未来が決まるこの世界。能力の有無、強弱によって生物ピラミッドの位置づけが決まる。魔力の才能がないと判定されたタツキはその下の下にいる。
「くそっ、俺にも魔法の才能があれば……! あ、そういやフレシアは誰に習ってるんだ? 見習い魔法使いなら先生がいるはずだろ?」
偉大な方に教われば、少しぐらい魔法が使えるようになるかもしれない。才能はなくても火の玉一つ出す程度ならできるだろう。
「マルちゃん! いるにゃ!?」
「なんでお前が反応すんだよ。てかマルちゃんって可愛いな。本名はまる子と見た」
《マル》というのが師匠の名前か。呼ばれ方からして女の子なのだろう。これでライバルの線は消えたと、安心して息をつく。むしろ今度はどんな愛らしい子が登場するのかと期待が高まる。
プライドの高いアンが呼び捨てにしないのは珍しい。それにテンションの上がり方が異常だった。
「……んで、いつ登場するの? そのマルちゃんとやらは」
「ここにいるよ」
―――空気から音が生まれた。そう思えるほど風に薄まった声だった。主の居所を悟らせない。声を四方から全面に浴びせられている様だといえばわかるだろうか。
「おーい」
世を熟知したように凛と響く声。……なのだが、威厳が半減して間の抜けたように聞こえる。
―――二度目はかなりの近さから聞こえてきた。
辺りを見回すが、メンバーの顔ぶれは変わっていない。扉が開いた気配もなかった。
「……もしかして、幽霊系のお方?」
「僕と抜け殻を同類にするなんて……失礼だなぁ。全く、なんでシアはこんな子供を拾ってきたのさ」
「ほんっとーーーに、マルちゃんの言うとおりにゃ!」
「シア? ……まさかフレシアのこと?」
数秒のロスタイムを得てようやく気づく。愛称で呼ぶ関係という訳か、羨ましい。
再び嫉妬を交えてフレシアが開いた手を見ると、
「ちっちゃっ! 何だこれ!?」
「えへへ。この子が私の師匠なの。名前はマル」
「まる子じゃないんだ」
フレシアの手の平には小動物的なものが乗っていた。
それが人間じゃないことは確かだった。ただ、言葉を発しているので知識が高い生物なのだろう。
見たことのない姿だった。ふわふわとした羽で空に浮かんでいる。新種の動物…いや、ファンタジー界では珍しくないのかもしれない。師匠と呼ばれる人なのだから、相当に強いことは確かだが。
「へぇ、これがセンセイなのか。あ、俺はナルセ・タツキ。普通の高校生だ。よろしくな」
そう言うなり、挨拶として小さい生物のほっぺたをつっついた。変な手触りを感じ、もう一度つっつく。つっつく。つく。つく。つく………。
「こ、こいつ……フサフサぁ――!? いやもちもち!?」
毛並みだ。毛並みがある!! ほっぺはモチみたいによく伸びるし!!
さらに観察してみると、尻尾らしきものまで生えている。アンと同じ猫耳は、帽子の一部なのか純粋なものなのか判断つかない。少し大きく縦に長かった。尾はアンと違ってフサフサしていて、触り心地が抜群だった。ただ真に驚くべきはそこではない。
その訳のわからない生物は、大きな帽子を被っていたのだ。それも頭をすっぽりと覆うタイプだ。しかも、そこには顔がプリントされていた。つぶらな瞳に濡れた鼻、ピンクのほっぺ。まるで本物のようだが、口はない。生物が顔を避けるように帽子を着けているので、大きな口に顔を食べられているようにも見える。帽子には小さい逆三角の手がついており、おでこのあたりで収まっている。
―――違和感丸出しだ。顔が二つ並んでいるようにしか見えない。頭上には王冠が浮かんでおり、その理由も仕組みもよくわからない。
「【こいつ】なんて呼び方は無礼だよ、タツキ君。相手は王様なんだから」
「おうさまぁ? こんなにちっこいのが?」
半信半疑で聞き返す。
それにしては………迫力に欠ける。
「そうさ。マル様は全動物を統一する獣王であり、精霊王なんだ。金色の冠がその証だよ」
「いかにも。僕の名はマル・サヴァーリィ・フィラルダム。この世に生きる全ての動物を束ね、精霊に敬われる存在」
「名前長っっっ!」
クロークほどの立場にいる人が様付けだ。それに、使用人一同も彼の登場に一斉に頭を下げた。確かに王レベルじゃなきゃ納得できない。
獰猛な獣たちまで従える、動物世界の王に君臨する存在。絶対的強者。そう理解しても、マルの愛くるしい姿を前にしたら首を傾げてしまう。
「さっきから礼儀がなってないなぁ。何もそんなに驚くことないだろ。僕の姿を見て納得しなよ」
「いやいや、キャラ設定際どすぎるって! 見た目も存在も名前も!」
尻尾をぴんとたたせて怒るマルに指をつきつける。この小さな生物が、動物ピラミッドで頂点に立っているなんてあり得ない。信じたくない。
内なる力を秘めているのだとしても、設定に欠損があると抗議したい。
「マル王、性別オス。軽い口調で見た目は弱そうだけど、実は王様……?」
タツキはかなりの動物好きだ。昔何度か動物園に連れて行ってもらった。特に小動物は目にいれても痛くないレベルに好んだ。永遠に撫で回していても飽きない。
「……なにこのモフモフボディ。反則だろ」
「ふん。人間ごときが僕の清い体を触るなんて………にゃははははは!!!」
「ほれほれほれ」
「や、やめっ………やめろにゃーーー!」
指を滑らかに動かし、獣の王様を思う存分撫で回すと、猫語が出てきた。つぶらな瞳に涙をためて体を捻るマル。その姿を見、満足して解放する。
「てかシアちゃん、王様直伝とか結構な好待遇受けてるな」
いくら魔力が人並み以上で器が大きいからといって、動物の王様が直々に教えを説くだろうか。それととも、見た目の可愛いさを利用してフレシアに近づくマルの策なのだろうか。中身は獣のオスなのか!!! 流石に嫉妬はしないけれど。……たぶん。
「穢れた人間が! 僕のシアをシアと呼ぶな! 呼べるのは僕だけだ! それに――」
「マルは屋敷に来た時じゃなくて、森にいた頃に出会ったの。この子は私の親友で―――特別な存在、かな」
「ぐおふぅ! 特別な存在キタ――!! ……いや待て。要は幼馴染ポジってことだろ? 近すぎる存在が実は一番遠いとも言うし……全然アリだわ」
「何を言っているのかよく分かんないけど、つまりはそういうことだよ。大きな差があることは歴然でしょ?」
「分かった。友達ナンバーワンはお前に譲る。でも別の一位は絶対譲らねぇ」
タツキの言葉をどう受け取るべきか悩んでいる様子のまま、マルが固まる。一度はライバルかと疑ったが、杞憂だったようだ。確かにフレシアに一番近い存在ではあるが、さすがに精霊との恋はない。種族を超える禁断の愛? ないない。ない。……ないはずだ。
「フレシアは緑のジングの保持者だからね。動物と波長が合うんだろう」
騒ぐタツキに、クロークが説明を加える。
「なるほどな。フレシアの色は純粋な緑――イメージ通りだぜ。んで、森に住む動物さん等も緑イメージがあるから……その王様とも仲良くなったのか。フレシアの対人ならぬ対動スキルすげぇな」
うんうんと頷きながら、フレシアの凄さを改めて理解する。何も考えずに鯛を釣り上げたようなものだ。
「大体分かったんだけど、ジングって何? 人名っぽく聞こえるけど違うよね」
専門用語は説明無しに理解できない。さっきから魔法についてはクロークが説明してくれていたので、今回もその方面なのだろう。
「色の力そのものを指すのがジング。そのジングで器の中身を引き出して魔法を使うんだ」
「おお! イメージしやすい! まぁ習うより慣れろっていいますし――マル先生、俺にも魔法教えてくんない?」
「……はぁ?」
いきなりの弟子入り希望者にマルが方眉を上げる。何言いだすんだこいつ、とでも言いたげだ。
「塩対応やめて!? 魔力の才能はゼロかもしんねぇけど、弱技でも使えるに越したことはねーじゃん。――だから、いっちょ頼んます」
「ちょっと! マルちゃんをとろうとしにゃいでくれる!?」
これまでのやる気ゼロの態度から一変、アンはマルにやけに執着している。獣同士仲がいいのかもしれない。
「あー、そーいや、結局猫様とマル子はどんな関係なんだ? マル子はフレシアのなんだろ」
「まる………子?」
クロークにも異称をつけたタツキだ。同じノリでマルにもニックネームを付ける。だが、マルの反応は予想外のものだった。
体の芯から震えるような低音でつけられたあだ名を繰り返し呟き、顔を赤くして震えだす。ぷっくりとした頬がリンゴ色に染まり、尻尾と猫耳が激情を表すべく揺れている。まるで威嚇状態の猫だ。
そんな彼の怒りの真意がわからず、タツキは空気を読めないまま固まった。
「僕の名はフレシアがくれたものだ! 誰であろうと、それを貶すことは許さない!」
さっきまでの弛んだ空気は消え去り、冷気に似たものが辺りに充満する。―――これは、本気の怒りだ。
相手は指一本でタツキを塵にできる、敵うはずがない王様。絶対的強者だ。その彼が関わっているからこそ、この場にいる全員に緊張が走っているのだ。それでもタツキに非があるため、庇うことはできない。間に入ってマルの怒りを買うことを恐れているのだ。
「――も、申し訳ございませんでしたぁああ!!!」
無力なタツキの得意技、DO☆GE☆ZA。
膝をつき、腰を折り、額を地面につけ、必死に懇願する。命だけは。そう願って。
「汚れた頭を地に擦り付けたところで、僕が許すと思う? はは。そんな無駄な行為、何の意味もないよ」
「………っ!」
「名は人を表す。名への侮辱は僕に対する侮辱に等しい。―――死をもって贖罪せよ」
「――!」
頭をハンマーで思いっきり殴られたような衝撃だった。タツキの短く儚い人生は、ここで終わるのか。
「さようなら、ナルセ・タツキ。二度とこの名を口にすることはないだろうけど」
「そ、そんな……」
「マル、やめて! タツキに悪気がないこと、分かってるんでしょう!?」
「最期までフォローありがとな、フレシア。でも、そんなんで許す奴がいるわけ――」
フレシアの悲痛に満ちた表情を見て、ふっと力が緩んだ。心の底から自分の死を嘆いてくれる人がいるなら、それも悪くないと思ったのだ。
それに味方についてくれるのは嬉しいが、ただの一言で許されるわけがない。無意味な説得でフレシアまで敵対させたくなかった。
「そうだね〜。シアが言うなら別にいいや」
「は……まじかよ」
「そもそもお灸をすえるだけのつもりだったしね。これを機に、僕に対する態度を改めると良いよ」
そう言ってニッコリと笑うマル。目からは殺意が消え、タツキは安堵のあまりへたり込んだ。
「デジャヴだ……」
アンの時と全く同じ流れだ。プライドを捨ててまでの土下座は上手くいかなかったが。
やけにあっさりと退いたマル。フレシアが絡むと、何事にも甘くなるらしい。雰囲気から刺々しさが消えていた。
「ありがたいけど、なんか納得いかねえええ!!」
弛緩した空気の中、体を起こして周りを見渡すと、思いを込めて吠えた。
マルは興が醒めたのか、手上で足を崩して座っていた。膝を付けたままそちらに嫉妬の念を込め、すぐに自席に戻った。
色々言いたいことはあったが、この場で最も立場の弱いタツキは何も言うことができない。もどかしさを覚えながらも仕方ないと呑み込んだ。
「それじゃ、我にはやる事が山積みだから……。此処らで一区切りつけようか。この機会はいずれ設けさせてもらうよ。――じゃあまた、タツキ君」
「ちょ、まだ聞きたいことがあったのに……いきなりすぎねぇ!?」
クロークの合図で話が閉じる。
風のようにすっと主人が去り、その後ろに使用人がしずしずと付いていく。用事を終えた住人たちも続々と部屋から出て行った。
向かう扉は皆違う。一体どこに繋がっているのか……。
「――ん? 俺はどうりゃいいんだ?」
周りの様子を見ているうちに、すっかり取り残されていた。その後何をすべきか分からないタツキは途方に暮れる。
「ここは先輩方が探索に付き合ってくれるところだろ、普通」
「ふふ、やっぱり。大丈夫、私がいるから安心して。屋敷を案内してあげる」
「ぬおおぅ! 俺のために残ってくれたの!? 感謝感激だぜ! てか二人きりってデートじゃん! うおおお今の俺超きてるぜえええ!!」
一人ぽつねんと座っていたタツキに女神から声がかかった。顔を上げると、たくさんある扉の一つからフレシアが顔をのぞかせていた。いたずらっぽく微笑んでおり、すごく可愛い。
「僕は反対したんだけどな。でもシアがどうしてもって聞かないからね。……もちろん僕もついてくよ」
「そ、そうすか。――でも嬉しいよ。これでフレシアと一緒にいられる大義名分ができたわけだし」
「タツキはたまに変なこと言うわね。ちょっと反応に困るかも」
「おう、困れ困れ。これからもっと言ってやっから」
「おい小僧、僕の前でシアを口説くなんて……勇気があるじゃないか。無謀すぎるけど。愚言は身を滅ぼすよ?」
「怖ッ! 友情にヤンデレはいらねぇよ!」
そんなこんなで、フレシア(+保護王)とともに広い屋敷を回ることになった。




