第23話 『屋敷探索開始!【1】』
場所は再び長い廊下。
だが、隣には美しすぎる華がある。
彼女と共にする一歩一歩が大切で、尊くて……たったそれだけのことなのに、幸せすぎてたまらない。以前の自分では想像もつかない境地だ。
軽薄だった青春時代を必死に取り戻すかのように、タツキの心臓は早鐘を打っている。頬の火照りを感じ、悟られまいと次々に言葉を紡いでいった。
話したいこと、感じたいこと、伝えたいこと。それらが次から次へと湧いてくる―――そんなタツキを受け入れ、フレシアは笑みを絶やさずに話を聞いてくれる。そして話は屋敷の構造へと移る。
「へぇ、なるほどね。んじゃここは三棟に分かれてるわけか。この世界での規模の大小がいまいちわからんな」
「小さい方なんじゃないかな。前にクロが、ここは持ってる邸宅の中で一番狭いってぼやいてたもの」
あっけらかんと言い放つフレシア。その言葉にタツキは遅れて戦慄する。この世界での規模が分からないだけで、タツキの世界でこのサイズなら間違いなく豪邸の部類に入る。それをフレシアは、クロークがこれより大きな屋敷をいくつも所有している言い方をした。
疑うまでもなく真実なのは確かだ。
少し世間知らずのフレシアと、謎に包まれたクローク。この二人が常識から外れているのか、はたまたそれが普通なのか。はみ出しもののタツキには分からない。
「あんの仮面男め。どこで私服を肥やしてんだ? 無一文の俺と貧富の差半端ねぇな」
しかし、今の状況は幸運だ。
金持ちの変わり者に拾われたタツキは、気に入られれば生活に困ることはない。それに金に不自由していないクロークなら、タツキ一人増えても何も変わったりしないはずだ。
……そうと決まれば、クロークに対する態度を改めねばならない。あの飄々とした態度につい惑わされて悪態をついてしまうが、養われる身がそんな危険なことをしていたらいけない。主人の気分で安住が破られるのだ。
「ほんと、運が良かったぜ」
この世界に来てフレシアに出会い、金を持て余す大富豪の懐に入り込むことに成功。
もしタイミングがずれていれば、あの草原で狼の餌になっていたかもしれない。東西南北を誤って野垂れ死んでいた可能性もある。今になって身体が恐怖に支配される。
――タツキにとって、ここは十分すぎるほど好環境な場所だった。
食事、入浴、寝処、着衣、排泄。
生きるために必要なものは全て揃っている。それに加え、意中の人と過ごす時間や、知識を得る場もあるのだ。
タツキは初めて追風を感じた。今までは突風……それも向かい風が容赦なく心体を抉っていたというのに。
「フレシアと出会えて……よかった」
「え?」
「や、なんでもない。それよか男女で塔がわかれてるんだよな」
自分らしくないセリフを、わざとらしく話をすり替えることでなかったことにする。思ったことが自然に口から出ていた。
息を詰めて驚いた彼女の耳にも聞こえていただろうに、何も聞かずにいてくれた。気を利かせてくれたことに感謝する。
それに、この屋敷に定住することになった身として、各部屋の位置を把握する必要があるのは確かだ。
現在はフレシア直々に屋敷を案内してもらい、構図を頭に造り上げている最中である。
「ん、そうよ。一塔が女子、二塔は男子……そして、私達が今いる建物が共有空間。男女塔二つに挟まれた真ん中にあるの」
胸の高鳴りを抑えて歩を進めるとともに、屋敷の構成を頭に叩き込んでいく。いつまでも迷子の泣き子ではいられない。面子総崩れはプライドに関わる。
「規模のでかいルームシェアみたいなもんか。こんな広いのに男女兼用スペースが少ないのがすげー残念だぜ」
「そう? 多い方だと思うけどなぁ」
「ああ、このメイン棟があるもんな。いやでも、風呂とか厨房とか最低限のもんしかねぇし……」
「十分じゃない。他に必要なものなんてある?」
「むっ」
首を傾げるフレシアに、これは腰を据えて話あわねばと決意を固める。そして時に真剣に、時にしかめっ面をしながら、男女の親交を深めるのがいかに大事かを説いた。
タツキが知る部屋らしい部屋は、はじめに目覚めた客室に、食事処。その二つ以外は全て長い廊下だ。いい加減もう見飽きてしまった。
寝室は男女で分けられ、端と端に位置されているため、フレシアと隣同士という望みは皆無だ。これではルームシェアというよりただのホテルになってしまう。
「もう、珍しく真面目な顔してると思ったら……すっごくくだらない話だったわ。それに、タツキの望んでる場所だってちゃんとあるんだからね」
「まだ知り合って日が浅いのに、もう俺の表情変化を見破る域に達したというのかッ!? 恐るべし、フレシア様! 将来有望な君にはタツキ認定証を授けよう」
「え、いらないわ。だって私がすごいんじゃなくて、タツキの表情がころころ変わるせいだもの」
「辛辣なフレシアもイイ!」
「ほら」
「えーと、それにしても……ほんとに俺の望むスペースなんてあるのか? 男女の憩い場的な」
フレシアの指摘をスルーし、脳内にインプットしておいた屋敷の達観図を引っ張りだした。城についてるとんがり頭の屋根を乗せたのっぽな建造物が、ひとつの主要建物の両脇にくっついている変てこりんな形だ。だから棟ではなく塔と呼ばれているのだろうと納得。
フレシアの話によると、その二つの塔が各住人の自室になっているらしい。タツキが初めに目覚めた場所を思い返し、驚嘆。あの広い部屋を独り占めなんて贅沢すぎる。特に、体が沈む感覚を味わえる高級ベッド。元いた場所とはまさに雲泥の差だ。生まれ変わって初めて衣食住に恵まれるようになったことに素直に感謝する。――――また、記憶の混濁が始まった。俺は一般家庭に生まれたはずなのに。衣食住に不自由した覚えはない。
「ね、ほんとに? 屋敷図浮かべてみたけど、そんなんある? 心配になってきたんだけど。両端の城の先端みたいな建物は全部個人部屋だし……男女別の」
「ん、そうよ。どうしてタツキがそんなに部屋位置を気にしてるのかわかんないけど……。あ、分かった。キミ、カルが気になるのね?」
そうよと言われるだけでは、何に肯定してくれたのか分からない。やはり体感してみないと……そう、フレシアと二人でお茶でも――
「――って、はい? フレシアさん、なんか勘違いしてない!?」
脳がフリーズする。
フレシアの「そうよ」発言の先。
いきなりカルトが登場した意味がわからず、脳で掻き回し、考え――目を剥いた。喉が詰まり、咳き込む。――何を言い出すんだ、この子は。
理解した頃には遅かった。私わかっちゃいました、ムフフ。と言わんばかりに自慢気なフレシアに慌てて弁解しようとするも、出てくるのは消極的な言葉のみ。健気な彼女を強く訂正できない自分の性が憎い。故に、恐る恐るの撤回を求めて言葉を探す。心が痛い。胸が苦しい。男心が非常に傷ついた。
「そんな泣きそうな顔しても、だめなものはだめよ。男の子は別室。泣いても――そ、そんな顔しないで。私もクロに頼んであげるから……」
つまりフレシアは、タツキがカルト――フレシア以外の女性陣にご執着だと思っているわけだ。変態か。変態だろう。あったばかりの異性が気になり、近室を求め、屋敷の主人に文句をつけにいく。変質者だ。いや、あっているのだが。あってるのだけれど、その矛先は決して多人数ではない。彼女の天然勘違いに泣きたくなる。
確かにカルトたちとも仲良くなりたい気持ちはあるが、それはあくまでも友達としてだ。下心は一切ない。まぁ多分。まぁ。確かに可愛いけどさ。フレシアより先に出会ってたら揺れてたかもしれない。
フレシアのちょろさと気遣いは素直にありがたいが、その先はてんで見当外れなところに向いている。現段階でタツキの希望が紙切れ程度の薄さなのが分かった。男として意識されず、相手にされていない。
「あのな、フレシア。俺はカルトが好きなわけじゃないんだ」
「すすすすきなんて言ってないじゃない! ただ、タツキが気になってるって話で――」
「気になってもねぇよ! フレシアの考える意味では120パーセント!!」
自分から言い出しておいて茹でダコ状態のフレシアに、しっかりと真実をつきつける。純情な彼女には悪いが、自分の気持ちを誤解されてしまっても困る。
120パー違う宣言は、ありえない方へ想像を働かせ続けるフレシアをとどまらせてくれたようで、
「そ、そう、なんだ……。なんかちょっと残念かも」
「その言葉に俺はショック受けてんだけどね……」
肩を落として残念がられ、こちらの内心は揺さぶられっぱなしだ。なにせ、『好きな人がいて残念』ではなく、『好きな人がいなくて残念』なのだ。年頃の男子にはキツイ。好きな人からは絶対に聞きたくない言葉だった。
「じゃあ、さっきのことが違うなら、本当の理由は何? ……もしかして、照れ隠し? やだ、可愛い」
「フレシアの意外な一面続出で困惑状態の俺。……本当の理由って言われても、言えるもんじゃねぇし」
「やっぱり」
「それは断じて違うからな!?」
「まだ何も言ってないのに……」
想いを寄せる相手に対して、君の近くにいたいから、なんて言えるわけがない。痛いし恥ずかしすぎる。
誤解が完全に解けないのは辛いところだが、フレシアとて本気で思っているわけではないだろう。……頬を赤く染めてちらちらとこちらを疑う様子は信憑性をなくすが。
「とりま、男女間の信頼を深めるためにも専用部屋は必要だと思うんだよね」
「確かに自分の部屋にずっといたら、タツキとの関わりはないけど……」
「やめてね!? 引きこもりはNGだから!」
タツキから出るNGという言葉に首を傾げるも、勝手に意味を解釈したようだ。何故か満足気に頷いている。
「引きこもり万歳、って意味ね」
「ちげえええ――! その反対だってばよ!」
焦りすぎて変な口調になった。とにかくフレシアの解釈を否定を表し、NGの意味を正す。通じない言葉を使ったタツキも悪いが、今のはわざとに思えた。フレシアがいたずらっ子な笑みを見せる。
「もしフレシアが引きこもりの道を選んだら、女子部屋まで侵入するからな」
自らの本気と異常性をアピール。彼女の部屋がどこか知らないわりに目は本気と書いてマジ、大マジだった。
「そんなことしたら、ルイたちにめちゃくちゃ怒られると思うけど……」
「――分かり切った虚言でさえ、君の発言と知ったら現実味を帯びてくるから不思議だよ」
「俺をなんだと思って……おおう!?」
フレシアの髪の毛に埋もれていた生物がぴょこりと顔を出した。耳なのか飾り物なのか分からないものを付けた、恐るべき称号を持つ生命体。――動物王のマル。フレシアの特別ポジを陣取る憎き生物だ。
本気の意気込みを冗談と片付けておきながら、発言主がタツキだと知れば納得するとは……とんだ猫だ。
「それよか、せっかくの俺とフレシアのラブラブタイムを邪魔すんじゃ―――」
「着いたわ。ここが三階の大浴場と脱衣所よ。そこで脱いで、あそこで入るの」
「フッ、本人はそんなつもりはないようだね。なにがらぶらぶたいむ、だよ。聞いて呆れる。心配する必要はなかったようだね」
タツキとマルとの会話を全く気にしていない様子で、淡々と場所の説明していくフレシア。マルは言いたいことを言い切ったのだろう、また柔らかな髪の毛にうもれてしまった。………畜生、羨ましい。
これではタツキの一人芝居。ぼっち感と哀れさが際立っただけだ。何とも言えない喪失感に打ちひしがれ、台風のようなマルに嫉妬だけが滾る。
「タツキ、大丈夫? 生気が抜けてる顔してるけど……。生きてる?」
「生きてるし起きてる。ごめんけど、これそれあれじゃいまいち理解できなかったからもっかい言ってもらってもいい?」
聞いていなかったのは自分の落ち度なのだが、それをうまく隠して今度こそ説明を受けたのだった。




