第21話 『異世界で才能格差』
クロークの即席授業は分かりやすかった。
知りたいことを掘り下げていき、理解しにくいところを重点的に教えてくれる。
「《魔法》には属性がある。攻撃に特化していたり、日常に役立つものだったり、空間を捻じ曲げたり。生を受けると同時に創造主様から授かるんだけど、配分は決して平等ではない。死ぬまで適正値が変わることはないから、生まれながらに人の価値が決まるんだ」
「んな……!」
不公平すぎる。
クロークの話では、創造主の気分で人生が決まると言っているのと同義だ。《属性》という心躍るワードに反応するより先に、徹底した才能格差に肩を落とす。属性有無の前に、魔法自体使えるか分からないタツキには酷な話だった。人の価値が生まれながらに決まるなら、タツキは早くも負け組直行だ。
「属性ってのはどれぐらいあるんだ?」
「攻撃魔法の中で下位、中位、上位、最上位と分けられていて、例えば――」
「ぜんぶ挙げるのが面倒なぐらいあるってことにゃ」
アンが饒舌モードのクロークを打ち切る。
無知なタツキとしては属性の全てを把握しておきたかったが、アンの怒りを買いそうなのでやめておく。また改めて聞き直せばいい。
「正直聞くのが怖いんだけど……俺って何属性なの? 色は無いって言ってたよな」
祈りを込めて、この先の命運を分ける質問をする。最弱なものでも何でもいいからと、下手に願う。その健気な祈りも虚しく、
「うん、無いよ」
「……まじかよ」
「人が持つはずの《気》を一切感じないんだ。本当に、君みたいな異例は聞いたことがない。この我が知らないとは……」
そのままブツブツと呟き始めてしまった。見た目が見た目だけに、その様は怖い。仮面の穴から言葉が漏れ出しているように見える。
「ま、しゃねーか。貧乏クジ引いちまった事実を受け入れて、何とか生きてくしかねぇか」
盛大に落ち込んでやりたかったが、属性無しという珍パターンが更に疑惑度が増している様子だったので、何とか留める。タツキなりに前を向こうと、両手で頬を打った。
「んんー、ペルが知らないにゃんてやっぱりおかしいにゃ。タツにゃんってば、実はモンスターか何かなの?」
右隣りの猫が首を傾げてこちらの目を覗き込み、真意を問いてくる。愛くるしい相貌で擦り寄られ、思わず椅子の背にもたれた。
彼女の目を見ると一切の下心が消え、アンのオッドアイに意識を吸い込まれる感覚になる。自分の意志に反して手を伸ばそうとしていることに気づき、驚く。そんなタツキの戸惑いを面白がっているのか、アンが心から楽しそうにケラケラ笑った。
「モンスター呼ばわりされたら、いくら俺でも傷つくんですけど……」
「だってそれしか考えられにゃいんだもーん。この世で《適性無し》の人間なんているわけにゃい。これは周知の事実であって、決して覆ることはない盟約でもある。わかる? 色が無いのは、人じゃない証明だってこーと」
「―――! 種族によってはあり得ない話じゃねぇだろ!」
「いーや、あり得ないにゃ。魔法の《才能無し》と《色無し》はベツモノだから。前者はただ魔力値が低いだけ、後者は人外の証拠。それに、一滴も魔力を感じられないのはタツにゃんが初めてだよ?」
猫キャラを捨て、爪の伸びた人差し指を眼前に突きつけられる。ついには人とさえ認めてもらえなくなった。
「おまっ……!」
「はい、そこまで。タツキ君、すぐに感情的になるのは君の汚点だよ」
思わず身を乗り出しかけたところで、またもやストップがかかる。クロークの言ったとおり、タツキはこの屋敷に来てから何度か憤慨している。感情のセーブが出来ていないのが自分でもよく分かる。それに、怒り任せに拳を振り上げていたところで、アンの力で木っ端微塵になるだけだ。勝算のない試合に挑むなんてこと、今までしてこなかったのに。
「あり? おっかしーな。あの部屋から出れば、俺は晴れて自由の身。なんだって出来るはずなのに。クールボーイで通そうとしたのに真逆の方向突っ走っちゃってるしさぁ……」
このまま考えこむと、自虐ネタばかりになってしまいそうだ。
ん? ……《あの部屋》?
口をついた自分の言葉に首をひねる。改めてその言葉について考えても、思い当たることは無かった。俺は何を考えていたんだろう。
自分に現れる変化に振り回されながらも、それらをコントロールしてやろうと息を整える。
「ねぇ、大丈夫?」
緑の瞳をしたフレシアが心配そうに首を傾げていた。そっと身を寄せられ、ふっと体の力が抜ける。態度は同じくもアンとは大違いの安らぎ効果を頂戴し、やっと落ち着きを取り戻した。フレシア様万歳!
「あんがとな、フレシア。暗くなるなんて俺らしくなかったぜ」
頭を下げると、フレシアは柔らかく微笑んだ。その太陽のような微笑みに心が溶かされる。
「魔獣と魔物の瞳が赤いことは話したよね。そこに例外が存在しないことが発覚してから、それらは《戒めの赤眼》と呼ばれていることも。付け足すと、この国には純色の赤目が誰一人としていない。いたとしたら、ソイツは敵だ。確実に迎撃を受ける。赤目は《魔》に限った負の象徴だからね」
「――――!!!」
頭が熱くなり、クロークに掴みかかりたい衝動に駆られる。―――馬鹿野郎、それじゃさっきと同じだ!
違うのは、隣にフレシアがいること。それだけでタツキは平静を保てる。歯軋りしながら、自分でも正体の分からない怒りを何とか呑み込んだ。
「だ、誰一人ってことはねーだろ。街を探せば赤眼の一人や二人ぐらい、どこにでもいるって」
無言で首が振られる。タツキの願いとは逆方向に。
「同系色や薄めた色ならあるんだ。緋色とかね。でも赤眼は……」
哀れみ。クロークの目に浮かぶ感情がはっきりと読み取れた。緋色と赤色なんてほとんど大差ないのに。
「あ、あぁそうだ! リラだって………あ」
同じ過ちを犯してしまったと、瞬時に悟る。本当に馬鹿で救いようのない愚か者だ。感情的になるとすぐこれだ。何も変わっちゃいない。
リラが激怒する未来が想像され、ぎゅっと目を瞑った。
「……アタシの目は赤じゃないわ」
「―――ぁ」
思わず乾いた声がでる。飾っていた言葉が崩れ語尾が伸びていないところをみると、彼女は確実に怒っている。……だが、先程みたいに怒り狂ったりはしない。激情に身を委ねることはせず、うまく感情をセーブしている。
……それに比べて俺は。
タツキは赤眼について触れられると、頭をぐちゃぐちゃにされるほど強い倦怠感を抱いてしまう。ごく平凡な一家に生まれたというのに。赤眼なんて自分はもちろん、身の回りにもいなかった。
リラの蔑むような表情も、決して感情任せにしない態度も、全部が気持ち悪い。
自然と余裕がなくなっていく。答えたくない。話したくない。聞いてほしくない。触れてほしくない。体が、言葉を拒む。
「言い忘れていたけど、人の持つ色はオーラとしてぼんやり見えるんだ。その人を覆う膜が強ければ強いほど、色は体を支配し外観に出てくる。故に、強力な魔力を宿す者は髪色や瞳が極端に変わってくる」
「要するに、内に抑えきれなくなったものが出てくるってことだろ」
「うむ。リラには飛び抜けた魔法の素質があるから、自身の色が瞳に出たわけさ。もちろん純色でもない。………分かるね」
髪と瞳がそれぞれ赤、青、黄、焦げ茶で出来ているアンの強さの裏付けにもなる言葉でもある。もし魔法の才能が無ければ、彼女はここまでカラフルでは無かっただろう。強力すぎて外見に出てしまったのだ。全身が色の塊であるアンがどれほどの強さを持っているのか気になる。
「あぁ。つまり、リラの瞳は自色ってやつなんだろ。戒めのヤツとは違うわけだ」
「そもそも赤ではないからね。【この世界に生きる誰一人とも自色が重なってはならない】という決まりがあるんだ。だから純潔な赤は―――、一切の混じり気がない赤を持つ者は、世界に一人しかいないという理屈になる」
……きっとその不幸者は、死ぬまで蔑まれるんだろうなぁ。心から同情する。
「ちなみに、原色に近いほど魔力は強いとされてるんだ。《三原色》だったら尚更特別で希少さ。濁りのないそれぞれの色を持つ三人は、きっと大魔法使いをも凌駕するだろう。……だからこそ、恐れられている」
頭が痛む中見たリラの瞳は、説明後だとオレンジにも見えた。同時に希望が絶望にすり替わる。何故赤眼に固執するのか分からないが、タツキは心から嘆いていた。世界が変わっても、人間の本質は変わらない。一縷の望みはクロークの言葉で絶たれた。
「あぁそうかよ。結局どの世界にも偏見はあるんだな……」
「君の嘆きは我の想像の先にあるんだろうね」
「それにしても、《純色持ち》が不憫でならねぇぜ」
「まだ純色の三原色を宿す者を見たことがないから、何とも言えないな」
「はぁ? いるだろ、隣に」
髪が真っ赤、右眼が真っ黄、左眼が真っ青、そして耳と尾が真っ茶色。そんな三原色を制覇している大魔法使いを指差した。クロークのいう濁りは見えない。
「アンのことかい? ――彼女は違うよ。限りなく純色に近い上に多色持ちな正真正銘の天才だけど、絶対に違う」
「にゃんか褒められてる気が全然しにゃいんだけど……」
「いや上等だろ。もしかしてクロさん、断言できるってことは三原色以外のレアモノを見たことあんの?」
「あぁ。纏ってる雰囲気から別格だった。三原色に生まれていれば、この世の頂点に立てたんじゃないかと思うほどに。――神に愛された、才能溢れる特別製はこういうことなんだと、瞬時に理解したよ」
「はぁーん、そりゃよかですなぁ。クロさんにそこまで言わせるなんて羨ましい限りだぜ。んで、その恵まれた奴をどこで見たんだよ」
赤瞳のことに触れられてから段々態度が悪くなっていた。"才能"というタツキとは正反対の言葉を使われたからかもしれない。無能。無意味。無駄。タツキに突きつけられる言葉はいつもそこにある。神からの恩恵なんて戯言に過ぎない。
「森林の奥だよ。出会えたのは奇跡に近かった。たまたま異様な輝きを目にして、そのお方を見つけたんだ。器もずば抜けて大きくて……心底驚かされたよ」
興奮気味に話すクロークに、興味なさ気に耳をほじりながら聞くタツキ。隣にいるフレシアは、タツキの反対方向を向いて顔をおさえていた。その奇怪な行為に言及するかしまいか躊躇する。最終的に、ザ・ヘタレなタツキはそのまま話を続けることにした。
「レセプタ―……器、か。想像はつくけど一応教えてくんない?」
「創造主様からの贈り物は二つある。属性と器。言い換えれば能力とその限界」
「ふーん、個体値ってやつか。どうせ俺は最低ランクなんだろうな……。やっぱしレベル上限はどの世界でも共通なんだな、うんうん」
愚痴を挟みながらも、感心した様に手を顎に当て頷いてみせる。クロークの説明でかなりの情報を仕入れることができた。それに合わせて、心も落ち着いていく。
知識が身につく感覚は何度体感してもいいものだ。新しいことを吸収した時、言い表せないほどの快感を覚える。だからタツキは勉強が嫌いではなかった。知らないことを知りたい。その想いは人一倍強い。
「タツキ君の言葉で言うと、そうなるのかな。分かるだろうけど、器が大きければ大きいほど魔力限度は高い。使える能力や持続時間、威力だって掛け算されていく。そんな重要なものが、彼女はとても大きかったんだ」
「ん? 彼女? ……女だったのかよ、ソイツ」
タツキの言葉に、隣に座るフレシアの肩が大きく揺れた。さっきからおかしな行動を見せる彼女に疑問を覚える。試しに肩を叩いてみようかと悪戯心が湧き出るが、怖がられるのは嫌なのでやめた。
てっきり男だとばかり思っていたので、イメージが一気に靄と化した。
強い=男ではないことぐらい、アンでわかっていたのだが。
「おや、彼女にご執心な君がまだわかっていなかったのか。《森林》という単語に聞き覚えはないかい?」
「んー」
森。さほど重要な単語ではない。
が、クロークに負けを認めるのは癪だ。聞き逃したのかもしれないという不安は捨て、唸りながら記憶の深淵を探る。
そのまま幾分かが経った。
森という単語にヒットした記憶は少なかった。しかしこれ以上記憶をひねり出せそうにもない。諦め悪く唸りながら、素直にギブアップの形を取る。
「っだぁ―――! ちょー悔しい! ぜんっぜん思いつかねぇ! フレシアが子供の頃森に住んでたことぐらいしか覚えてねーよ!」
やけっぱちに叫ぶタツキの隣で、またもフレシアの肩が動く。俯いているため表情は読めない。長い髪が顔を隠している。
クロークが無知な少年を見限り、屋敷から追い出すのを思慮に入れたのがタツキのセリフ前半。そして少し見直し、追い出しを保留にしたのが後半部分である。タツキのおしゃべりが結果的に命を救ったことに、本人は気づいていない。
「何だ分かってるじゃないか。フレシアだよ。彼女が特別な人間だ」
「またまたぁ〜。こんな時まで冗談言う? フレシアの一言一句だけは記憶漏れのない俺だから覚えてただけだし。まさかフレシアが――って、え? なに、ほんとなの? 執心ってそうゆうこと!? それとさっきから小刻みに動いてたのってそういうことだったの!?」
完璧に笑い飛ばす態度で返答していたタツキが、みんなからの冷たい目線で一変する。
確かに、フレシアが彼女なら辻褄が合う。そもそもクロークに嘘をつくメリットがない。
救いを求めて隣を見ると、フレシアが俯くのをやめて居づらそうに笑っていた。
「あは、は……。そうみたいなの。私も森で声をかけられた時は信じられなかったんだけどね」
予想もしなかった身近な才能。
そんな彼女が苦笑いをしつつ頬を染める。いつもなら可愛いと呟いてしまうところだが、今は大きく仰け反った。




