第20話 『とある草原の話』
「もったいぶらずに教えてくれよ。俺は攻略本を見てでも早く答えを知りたい派なんだ」
「それじゃ困る。……我が楽しめないじゃないか」
「はい? 今なんて?」
付け足された本音に、聞き間違えかと思い聞き直す。
「ゴホン。それに、情報を開示するかどうかの決定権はこちらにあるんだ。我の機嫌次第では、君が知を深めることは叶わないんだよ?」
「……分かってる。クロさんのペースに合わせればいいんだろ」
「うむ」
早々に主導権を握られ、簡単に折れたタツキにクロークは満足そうに頷く。怒りはわいてこない。当然のことだからだ。タツキが彼に勝るものなど何一つない。知識でも腕力でも敵わない相手なのだ。そんな格上の存在から享受できるものは多い。ミジンコ程度のプライドを守るために得を失うのは嫌だ。
「我が語る草原は、その特性から【草幻幼】と呼ばれるようになった。……らしい」
「そうげんよう――草原に用があるってか?」
突然の言葉に首をひねる。
タツキの真剣な解釈は鼻で笑われた。どうやらジョークだと思われたらしい。
「こう書くんだ。見て分かるとは思えないが」
軽く貶しながら、クロークは人差し指を回す。すると、命が灯ったかのようにペンが振動し、ぴょこんと跳ねた。そのままフワフワと空中を漂うと、本来の役割を思い出したかのように地図の片隅にさらさらと文字を綴っていった。これも魔法だろう。
「ん? 何でいきなり日本語?」
「まさか君……読めるのかい!?」
やばい。
クロークの大袈裟な反応に、何かいけないことを口走ってしまったらしいと勘付く。見慣れない異国語から親しみのある母国語が出てきたことで、つい反応してしまった。
「いやいや、読めるわけないって。ジョークを本気にしないでくれよ」
「……。草幻幼という名は、古文の一節から付けられたと聞いている。我はこの文字について研究しているが、未だ何の成果もあげられていない。君は、本当に―――」
仮面にぽっかりと開いた穴が、タツキを推し量るべく鋭く光った。コイツは初めからタツキのことを疑っていたのだ。疑惑を抱いた上で、カマをかけるかのような質問をした。タツキはまんまと罠にハマってしまったのだろうか……。ツバを飲み込み、心でポツリと弱音をこぼす。
――本当にこの世界は生きづらい。
転送するにあたって《異世界語》を習得させるぐらいのサポートは常識だろ。赤子同然の知識で別世界に送り出してどうする? 何もできないに決まってるじゃねぇか。いい大人が文字も読めないんじゃ、疑われるのが普通の流れだ。
それに、言語が混濁しているところもいただけない。わけのわからない言葉を見た後に、知っている文字列を見て反応してしまうのは当然だろう。しかし、この世界では読めるのが異常らしい。タツキの常識とは反転している。疑惑度はさらに増したはずだ。
「……何が書いてあるのかさっぱりだぜ」
「白々しいにも程があるよ、タツキ君。知っている情報は教えてくれないと対等にならないだろう。何故それほど渋る必要があるんだい?」
「そりゃ、クロさんが望むことを何も知らねぇからだよ。俺から得られる情報は皆無だと思ってくれていい」
「ふむ……」
流石に無理があったか。それでも、話したくないオーラを出しておけばなんとかなる気がする。
だらだらと汗を流しながら、クロークの反応を待つ。この無言の時間が苦痛だった。肌にビシビシと疑惑の視線が刺さる。しばらくして、相変わらず表情を仮面の下に隠したまま、主人がこくりと頷いた。
「ん。君の思惑に乗ってあげよう」
「………」
柔らかい口調で求めていた言葉が放たれ、笑みが溢れる。
――――どんなにねだられても、本当のことなんて言えるわけねぇ。
あからさまに安心した様子のタツキを、クロークが冷たい目で見た。
「あ、勘違いしないでね。我は君を逃すつもりはないんだからさ」
「しつこい男は嫌われるぜ。それに無駄だしな。俺から言えるのはそんだけだ」
「…………それはどうかなぁ」
どうにか矛を収めたクロークに最後の悪足掻きをしてみるが、微笑で躱された。彼には敵う気がしない。いつも何か企んでいる目をしている。
「君が重要な情報を隠すんだ。当然我も口を閉ざすことになる」
「なっ……!」
反射的に食いついたタツキに、勝ち誇った様子でクロークは告げた。
「聡明な君なら分かるだろ。今後一切、我は君に情報を与えない」
「………ッ!」
おそらく仮面の裏にあるのは強者の笑みだ。
考えてみたら、当然だ。この会談にメリットがあるのは情報量の少ないタツキのみ。クロークはそれでも利益のない条件で話し合いを始めたのだ。だが、それはタツキに提示する情報が無いときまでの話。知りたがっていた情報をタツキが持っていることが分かったから、一方的な享受から取引に発展させようとしているのだ。つまり、情報を明かすまで新たな情報を得られないーーーー。
「何が俺の思惑に乗る、だよ。言わせる気満々じゃねぇか」
「いーや。我は対等な取引を望んでいるだけで、無理に言わせようとはしていない」
「ハッ、物は言いようだな。俺が情報に飢えてることを知ってるくせによ」
選択肢はあるようでない。
タツキにはこの世界の知識が必要だ。そしてそれを提供してくれる人物も。
唇を噛みながら考える。タツキの持つ情報は、正直隠すほどではない。問題なのは、その事実をどう怪しまれずに伝えるか、だ。別の世界から来たんです〜とか言ったりしたら100%疑われる。
「……やっぱり、言えねぇ。今はまだ」
ゆらゆら揺れていた天秤が、《確実な安全》の方に傾く。
「ふぅん。君のほうがよっぽど焦らすのが得意じゃないか」
「正直焦らすほどのことじゃないんだ。へーそうなんだで終わるぐらい実のない話だぜ」
「なら早く言ってしまえばいいだろう。それを隠すことで、君になんの利益があると言うんだ」
空気がピリッとする。タツキがのらりくらりと追求をかわすからだろう。相手の感情を引き出すためにやっていることだから、タツキの思惑は成功していると言える。ただ、今回引き出されたのは《苛立ち》だ。
「んー、メリットよりデメリットの方がデカイんだよな。どういう類でかは言えないけど」
「…………」
雰囲気が更にピリつく。クロークがさらに苛立った証拠だ。こいつは全てが自分の思い通りに行くとでも思ってんだろうなと、ぼんやり考える。駒として動かないタツキは扱いづらいのだろう。
「もういいじゃない。誰にだって言いたくないことぐらいあるもの。それを無理に聞くのはかわいそうだわ」
「さすがフレシア! 分かってるね」
黙って会話を聞いていたフレシアが間に入ってくる。タツキの挑発にクロークが乗るのを見て危機を感じたのだろう。彼を怒らせれば確実にタツキは死ぬのだ。
「…………フレシア」
名を呼ばれ、フレシアがびくっと反応する。やはりクロークに対して苦手意識を持っているのだろうか……。それでも声を上げてくれた彼女を賞賛したい。
「話なら、私がするわ。それでいいでしょ?」
「その少年がそんなに気に入ったのか。我に歯向かってまで庇うとは」
「別にタツキだからじゃないわ。曲がったことが嫌なだけよ」
刺々しい言葉を放つクロークに、一歩も退かないフレシア。きっと他人のためだから立ち向かえるのだ。彼女は、そういう人だ。
「………はぁ。分かった。分かったよ。フレシアの勇気を認めよう。我も少し大人気なかった」
「と、いうことは?」
「ああ。情報提供を継続すればいいんだろう」
「さっすがクロさん! マジ助かる!」
「どういたしまして。……まだ諦めたわけじゃないが」
表情は隠されているのに、クロークがぶすっとしているのが分かる。それがまた面白く、安堵と同時に頬が緩んだ。
とりあえず一つ目の壁は乗り越えられたらしい。問題を先送りにしている自覚はあったが、今のタツキには甘えることしかできなかった。
「まぁ流される人生送ってきたんだからしゃーねぇか……」
自分の無力さは自分が一番良くわかっている。わかってしまったから諦めたのだ。波に逆らうことをやめ、身を委ねた。そうして流されるままに生きてきた。―――それがナルセ・タツキなのだ。
「んで、何話してたんだっけ?」
「ソーゲンのハナシ。そんくらい覚えておけにゃ」
「サンキュー猫様。てっきり話聞いてないと思ってたぜ」
机に突っ伏し、暇そうに猫耳をピコピコさせるアン。その愛らしい仕草に思わず頭を撫でたくなるが、腕ごともぎ取られそうなので自制する。
「嫌でも耳に入っくるんだから仕方にゃいでしょ? 聞いてほしくないんなら黙っとけにゃ」
そう言って一段と不機嫌そうに吐き捨てる。コンビニ前で陣取るヤンキー達のような淀んだ目をしていた。それでも出て行こうとしないのはクロークのせいだろうか。
「どーぞお聞きなさってくだせぇ。クロさんのウンチクを!」
「そこまで知識が深いわけじゃないんだが……」
自信がなさそうな前置きしたクロークだったが、数秒後タツキにはそれが謙遜だと分かった。
「《草幻幼》。この地について記された古本に出てくる幻の草原。ここら一帯はその原野地帯にあるんだけど、どうやら昔から濃紺な魔力霧に侵されているらしくてね。目に見えない性質だから余計にやっかいなんだ。強力な結界があるから屋敷内に流れこむことはないけれど、外ではいつ幻影を見せられてもおかしくないよ」
流暢に喋り始めるクロークについていこうと、必死に重要そうなワードを耳に残していく。
「魔力の霧が幻影を見せるわけだな?」
「うむ。その謎を解明したいと思っているところさ」
クロークでも分からないとは相当だ。
しかしそれがまた彼の知りたい欲を刺激するらしく、声のトーンが一段階上がっていた。
「それで、何の幻を見せられるんだ? ありがちなのは、本人が一番苦手な人の幻影とかだな」
そう言って浮かんだのは、顔中をシワだらけにして叫ぶ醜いオバサンの顔だった。見たことのない、だがはっきりと嫌悪が浮かんでしまうような顔。何故この顔が浮かんだのか分からないが、確かに目の前に現れてほしくないと思った。もし実在していたら、一生関わりたくない人だ。
「へー、タツキって勘が鋭いのね。いい線いってるわよ」
「いやぁ、それほどでもありますが」
フレシアに褒められ、みっともなく顔を緩める。確かに勘は良い方だ。
「ただ、幻影は自分自身なんだ。《最も強い後悔をもつ過去の容姿にみせる》。これが草幻幼の正体で、リク達の機嫌を損ねた理由だよ」
「ほーん。でも俺、トラウマとか別に無いしなぁ」
「それは本当かにゃ? 自分で記憶を閉ざしてるとかにゃーい?」
「―――っ」
ない、と断言できない自分に腹が立つ。
噛み合わない記憶に首を傾げることが多々あったからだ。
「大丈夫だよ、タツキ君。ここに居るほとんどの者が自分の幻影に怯えているんだから」
何が可笑しいのか、そう言ってクロークはクツクツと笑う。耳障りな笑い声を聞くうちに、リクが子羊のように震える姿を思い出した。――あれは、そういう事だったのか。アイツもまた、癒えないトラウマを抱えているのだ。
「フレシアも、なのか?」
「……ん」
顔を伏せたまま、長い金髪を揺らして頷く。こんなに可愛い顔で、天使のような性格だというのに……。やはり誰にでも傷はあるのだろう。軽々しく触れていいとは思えない。
「これで分かったろう。我が屋敷に在住している者達は、簡単には癒やせない傷を抱えているんだ。逃げもせずに、堂々と現実に向かい合ってね。我はそんな勇気ある人たちを支援するため、この屋敷を開放したんだ」
「……んえ? もしかして、その幻影を消すためにここに住んでるのか?」
思わぬ繋がりでクローク邸設立の真実を知り、物好きな仮面を疑うように見る。これだけ聞くと彼が善人にしか思えないのだが、それはないと勘がいっている。本能に従うタツキは、喉に何か引っ掛かっているように思えてならず、まだ心を許せなかった。
「そうさ。………まだまだ幻影を打ち破れそうにないけれど」
「そもそも打ち破る必要はないんじゃないのか? 別のとこに行けば幻影は見えないんだろ?」
タツキには無駄にしか思えない行為だった。
トラウマがあるから何だ。忘れてしまえばいいじゃないか。記憶の奥底に封じ込んで、鍵をして、決してそこから出さなければいい。一番楽で簡単な方法だ。
「―――自分が弱いことを知ってしまったからよ」
俯いたままなのに、声は凛としていた。そこには確かな覚悟がこもっており、容易にはねじ曲げれない何かがある。
ただ、その声音は普段より冷たく暗い。
フレシアに逃げ出したいほど辛い過去があることが、隣から伝わってくる。長いまつ毛を伏せ、小さな口を固く結んだ姿は、何かに必死に耐えているようにも見える。揺らぎ光り輝く瞳は、どことなくミステリアスな雰囲気を呼び起こしていた。幼少期を森で過ごしたと言ったフレシアの身になにが起こったのだろう。
「後悔イコール自分の弱さってことはないと思うぜ。無限にある選択の一つや二つ、間違えてなんぼだろ。全て正しい超人がいてたまるかっての。……いや、この世界ならいてもおかしくないけど」
「え?」
転んで立ち上がってまた派手に転んで―――。タツキの人生はその繰り返しだ。いちいち振り返っている暇はない。性格が楽天家すぎるのが原因かもしれないけれど。
「それにさ、一つ一つに自責感じて躓いてちゃ楽しむもんも楽しめねぇよ? どっかでそんなもんだって区切りをつけなきゃなんねぇ。俺みたいに無責任すぎんのもどうかと思うけどな」
俺は今、誰に向かって話しているんだろう。
隣に座るフレシアは口を開けたまま固まっている。こりゃやっちまったなと苦笑いしてしまう。でも、構わない。見当違いな言葉の羅列だとしても、タツキ自身の整理になった。そう、俺はこんなところで転んだままじゃいられねーんだ。絶対に立ち上がって、這いつくばってでも進む。前進してやる。
「後悔するのはもちろん大切だ。同じ過ちを繰り返さないことで人は成長するんだし。……あ、これ全部受け売りだからな」
「―――」
タツキの話に誰も口を挟もうとしない。遅れながらも、自分のことを棚にあげて偉ぶってしまったと後悔した。それでもタツキは止まらない。フレシアの翳りを帯びた横顔を見ると、胸が痛む。
「辛そうな顔されるとこっちが辛い。泣きそうな顔されるとこっちが泣きたくなる。……なのに、戦うんだろ。そんなに辛そうで、泣きそうなのに。過去に鍵かけて解決したフリでもすれば、そんな想いしなくて済むのに。痛くないのに」
「……そんなこと、できないわ」
「だよな。強い意思を持ってフレシア達は戦ってる。真正面から過去にぶつかって克服しようとしてる。――すげぇ。本当にすげぇよ」
心からの賛辞に遅れて照れが発生し、頬を掻いて誤魔化した。
何綺麗事を言っているんだろう。きっとフレシアは
そんな言葉望んじゃいない。それに、そんなこと言う資格なんて自分にはないのに。何でか止まらなかった。辛さに必死に耐えるフレシアを見てられなくて、大丈夫だよって言いたくて―――
「―――タツキは、強いね」
「んん!? よ、予想と違う切り返しに反応が追いつかなかったぜ……。さっきの俺の話なんて私情挟みまくってるし」
湧き上がってくる自己嫌悪に苛まれるタツキに向かって、フレシアはふっと微笑んだ。
「辛いときもあるけど、大丈夫。私は絶対に逃げないから」
「………」
逃げてもいいよってことを言いたかったのだが、むしろフレシアのやる気を点火してしまったようだ。
「どうだい。タツキ君も、試しに行ってみないか」
「それに、姿が変わるなんて相当根強い過去じゃなきゃ起きないことだしにゃ。むしろ幻影を見るほうが珍しいにゃよ」
「幻影を見なかった人々が、伝承を嘘だと言って草原の存在を幻としたんだ」
「でも、実在するんだよな」
「勿論だ。フレシア達がそれを証明していくれた。幻影は本人以外にも見せるんだ」
それは初耳だった。ならば過去によってフレシアの幼い頃も見れるわけか。………それには、タツキも草原に行きトラウマの有無を確かめる必要がある。
「行く。というより、行かなきゃなんねぇ気がする」
思い当たる出来事は無いが、それも忘れているだけかもしれない。草原に行けば眠っている過去もわかるのだろう。今まで目を逸らし続けてきたツケがそこにある。
「それは良かった。……唐突だけど、タツキ君には家族はいるかい?」
「まじで急だな……」
いきなりの質問に答えあぐねる。
両親は生きているし、元気だけれど、この世界にいるわけではない。連れてこいと言われても無理だ。
「………いねぇよ。詳しくは言いたくない」
「へぇ、やっぱり」
どちらかというと嘘寄りの言葉に、クロークはまるで知っていたかのように頷いてみせた。
「やっぱりってなんだよ」
「それが、彼らには誰一人身寄りがいないんだ。もしかしたら君も……と思ったら、案の定だったね」
「つまり家族がいないってことか?」
「そうさ。皆揃いも揃って幼い頃家族を失っている。それも、同時期に」
「その全員ってのは、クロさんと猫様以外でいいんだな? ……使用人達は、この際省くけど」
重々しく首肯するクローク。
そのおかげでなんとなくこの屋敷の状況が読めてきた。
《クローク邸》はトラウマ持ちの人たちを救うために存在すること。そしてトラウマ持ちの全員が家族を失っていること。ここに住む人はみんなトラウマを無くそうとしていること……。
「といっても、アンが言ったように、霧に侵されるほどの強い後悔の念を持っている人はごく一部なんだ。思い当たることもなさそうだし、タツキ君は幻影を見ないかもね」
「その方がありがたいっての」
「なら、トラウマ持ちと仮定した上で問おう」
雰囲気が再び重みを増し、タツキの喉が極度の緊張に蠢く。クロークの質問に答えられなければここを追い出される。そう直感したからだ。クロークの言葉から、この屋敷にいるためにはトラウマ持ちでなくてはならない。そんなルールが漠然とある。タツキとしてはそれは嫌なのだが、ここを追い出されても行くあてがない。
街についても一文無しにはどうすることも出来ないだろう。回避ルートをいくら模索しようと、ここに定住する以外安全な道はない。
「君には、過去と向きあう覚悟はあるかい?」
「ある!」
間髪入れずに答える。
自分で自分が意図する前に言葉が出てしまっていた。よくあることだが、緊張していたせいで更に考え足らずになっていた。しまったと思った時には大抵が手遅れだ。幸い大事故に繋がったことはないが、今はそれが吉とでるか、凶とでるか――。
「よし、なら次は《魔》について話そうか」
「ん? え? ちょっとまて! 今の質問の意味は!?」
タツキの決心を素通りし、リラに手を向けるクロークに手足をバタつかせて怒涛の猛抗議をする。
あんなに精神を削ってまで自分の行く末を考えていたのに、何だこのあっさり感は。嬉しいのは確かだが納得いかない。
そんなタツキの様子を不思議そうに見つめる仮面男。
「タツキ君にこの屋敷に住む意思があるんだから、もういいじゃないか。それとも、君には他に行く場所があるのかな?」
「ッ――。あるわけないだろ。でも、いいのかよ。んな簡単に……」
見知らぬ男をいきなり自分の屋敷に運び込まれ、挙句介抱してもらっている図々しい他人を、どうして受け入れる気になったのか。今朝出会ったばかりだというのに。
「まさか俺の前世が大魔法使いだったとか? 王様の子孫だったとか? チート能力持ちだったとか!? 異世界あるあるネタが俺にも君臨してるというのか!!」
「残念な妄想に半分は我の理解が追いつかないけど、魔法の才能は無いよ」
「少しは慈悲をくれよ! まさか俺って魔力無し……?」
クロークの爆弾発言に、タツキは情けなく机に伏せて撃沈。その時にはいつものタツキのペースに戻っていた。しかし、魔法の才能が無いとは本気でへこむ。ただでさえ取り柄の少ないタツキだ。魔法でぐらいプラスになってもいいというのに。
「魔力が無いというか……不思議なんだよ。色は無いし器は限界だし適性は低いし。君みたいな人は初めて見たんだ」
その声は本当に驚いており、茶化しの欠片もない。
だが、タツキはその理由がわかっている。―――こちら側の人間じゃないからだ。
もちろんそんなこと言えるわけもない。頭のおかしい奴として気味悪がられて人生を終えるだけだからだ。
「あは、は……冗談言うなよ。色がない? 俺ってば真っ白なの?」
肩をすくめてクロークの追撃をかわす。が、動揺は隠しきれずに態度にも言葉にも漏れてしまっていた。とりあえず、この場はとことん無知を装い、うまく知識だけ吸収して切り抜けるしかない。いや、無知なのは事実なのだけれど。
「それも違う。白には白という色が存在しているだろ」
「なら無色透明ってやつっすか、パイセン」
「タツにゃんってばほんとにわかってないのにゃー。このまま話しててもイライラするだけだから、ペル、根源から説明してやって」
「イライラさせる原因の俺からも頼む。びっくりするぐらいなんも知らねぇから」
開き直ってアンに乗っかる。
思う存分質問できる場が設けられればなお良い。聞いても聞いても無知の不安が収まらないのだ。
「誇らしげにいわれたらそれも怪しいなぁ。まぁ、これも良い関係を築いていくためだ。魔法について我が説明してあげよう」
そんなこんなで、願い通りクロークによる魔法指導が始まったのである。




