第19話 『さすがは三つ子』
「ぼくのこと……ですか?」
さっきから気になっていた、水色髪の華奢な少年。彼が料理上手で評判の《シン》という子なのだろう。
つま先から頭の先までざっと眺めるが、小学生か中学生が妥当な外見だった。体の線が細い上に、童顔で幼く見える。
「あぁ、まだ面識がなかったのか。シン、クローク邸の一任として恥じぬ紹介をしたまえよ」
プレッシャーを与える親のようなクロークに一礼した後、水色頭の少年はタツキにも一礼する。その様はタキシードが仮装に見えるぐらい愛らしい。ぴょこぴょこ揺れる蝶ネクタイを見て、思わず撫でたくなる。
「お初にお目にかかります、ナルセ・タツキ様。三つ子の弟をやっています、白兎ことシンです。どうぞよろしくお願いします」
「色んな意味で三つ子に見えねぇな……」
きっちりと自己紹介を済ませた弟を見てから、姉二人の顔を見る。ジトッとしたタツキの視線にルイは顔を背け、リラはにっこりと笑った。客に容赦無い毒舌を浴びせる姉と、礼儀作法をふっ飛ばして客とフレンドリーに接する姉。そんな二人を姉に持ちながら、シンが真っ直ぐ育ってくれたことに感動を覚える。タツキの中では既に好感度がトップに上がっていた。
性格は三者三通りだし、髪色もバラバラ。面影やふとした動作は似ているが、三つ子と言われたらまさかと思うだろう。特にシンは背が低いので、歳の離れた弟にしか見えない。……それか、妹だ。陶器のようにつるつるな肌、ぱっちりと開いた黄色の瞳、小さな唇。ウィッグを被せてメイド服を着せれば立派な美少女の完成だ。
わいてきた昂ぶりを、相手は穢れのない純粋無垢な子供だと念じることで抑える。フレシアを見ることで完璧に落ち着いた。
そう、タツキの中の一番はフレシアだ。別の誰かが成り代わることはない。その揺るがない心は信念になりつつあった。
だが、そんなタツキでも思わず可愛いと連呼してしまうほど愛らしい顔つきなのだ。世のJK(女子高生)たちに差し出せばたちまち囲まれるだろう。変態の愛玩対象にドストレートに入るタイプと言えばわかるだろうか。
水色の前髪は真ん中でわけられ、ところどころ跳ねている。形のいい小さな眉は自信なさそうに垂れており、なんとなくだが弟ポジションなのも頷けた。
「んな控えめな態度じゃなくていいんだぜ。俺が偉いわけでもねーんだし、お互い無礼講でいこう。あと俺のことはタツ兄とよんでくれ!」
自分では満面笑顔をサービスした好意的な接し方だったつもりだが、逆に相手を怯えさせてしまったみたいだ。クロークの後ろに隠れ、名乗った通り白兎みたいにぷるぷる震えている。
仲良くやれそうな子だった分、与えられたショックも大きい。眉間にシワがよっていたかもしれないとペタペタ顔を触る。
「リラ姉に、タツ兄様は恐ろしい人だと聞いたので……。優しい言葉を振りまいておいて、後でぼくを襲うんでしょう?」
「……どっちの意味で?」
「……最低ね」
瞳をウルウル潤わせるシンに、思わずツッコんでしまう。問われた本人は、幸いにもその意図が伝わらずキョトンとしているが。
そんなタツキに、ルイはゴミ屑を見るような目つきで吐き捨てた。どうやら姉様には意味が通じたようだった。
「あのなぁ、俺がそんな恐ろしいヤツに見えるか? 人畜無害の象徴だろ」
「確かに隙だらけでウズウズしますが……。油断させる作戦かもしれないですから」
「………まぁいいや。警戒するだけ無駄ってことを教えてやるぜ。これからよろしくな、シロくん」
「ぼ、ぼくの名前はシロではなくシンです、タツ兄様。屋敷ではナイフ使い以外取り柄がないので……料理専門でしゅ」
最後に噛んだことを、まるでなかったかのように目を瞑っている。色白なので、赤くなるとすぐに分かって意味はないのだが。
さり気なく呼び名の要望にも答えてくれているあたり、姉とは性格の根本が違うみたいだ。子羊みたいに可愛いのであだ名も自然とそちらの方向に行ってしまったが、そちらはお気に召さなかったらしい。クロークの真逆、忠犬シロで通りそうなのだが。
「一流シェフってやつか。白兎ってのも可愛いし……あだ名か?」
「はい。暗殺者時代に呼ばれていた名前です。ナイフの正しい使い方もその頃覚えました」
垂れた黄色の瞳が誇らしげに光る。
物騒な単語とともに。
――あさしん。あんさつしゃ。暗殺者ぁ!?
「ちょ、ちょっとまて!何か危険な単語混ざってなかった? お前、人殺しなの!?」
「元ですよ、元。今じゃ腕も鈍ってしまって……」
予想もしなかったところにタツキを脅かす存在がいたとは。無邪気に笑うシンに対し、遅い恐怖心が湧き上がってくる。……そうだよ、鬼姉二人の弟が普通のわけないんだ。むしろ悪意がない分一層恐ろしい。
「鈍って正解だよ! そして嬉しそうに語るな! どうしよう、めちゃくちゃ胸が痛むんですけ……ぉ?」
思わず声を荒らげた瞬間、何かが頬をかすめた。
小さな痛みとともにぱっくりと頬の皮がさける感覚。わずかだが血が流れている。かすった程度だったので致命傷にはいたらなかったらしい。
なにかが俺の頬を削った。なにが?
強い疑問とともに、動きを止めたまま目を横に向けた。―――そこには、一本のナイフが壁に深々と突き刺さっていた。
「う、うおおおぉ!? こええぇぇ! 動き速すぎだろ、見えなかったぞこの野郎!!」
再び耳元に空を切る音が聞こえ、鈍い痛みが走る。今度は耳に刺さるぎりぎりのところに刺さっていた。
予備動作無く飛んできた刃。
何が腕が鈍った、だ。タツキに危害を加えずに恐怖だけを与えた人はそういない。
「も、申し訳ありません! 突然声を荒らげられたので……反射的に」
「そんな軽いノリで殺されかけたの!?」
自分がやったことに大慌てで謝るシン。そこに殺人者の面影はない。愛らしい容姿で警戒を解かせ、不意打ちでズドンという寸法か。今まできちんとした人間に見えていたのも演技かもしれないのだ。
正直わざとやったんじゃないならもっと怖い。まるでちょっとの刺激で爆発する爆弾だ。もし本当に腕が鈍っているなら、最悪タツキの顔面にナイフがグサリもあり得るのだ。
「弟のことをいじめたら許しませんよ。……ルイが出るまでもないと思いますけど」
罪悪感に震える子羊を、敵意剥き出しの姉が背中にかばった。その様子は草食動物を守る肉食動物にしか見えない。
「お前らの性格が逆だったら、今頃死体がわんさか出てるだろうな……。つか姉を超える弟って」
「三つ子にはそれぞれ得手不得手があり、お互いが補い合って初めて成立出来るんです。不得意分野しか存在しないタツキ様には理解できないでしょうが」
「あぁ、兄弟姉妹で得意スキルが違うパターンね。はいありがちありがち」
その瞬間、ぞわりと悪寒が走った。
それは凶悪な獣に対する恐怖や死を絶対とする死神への畏怖と同等のものだった。それはもう、アンがタツキに与えた本能的な恐怖に匹敵するぐらいに。
ーーーだが、その源は小さな少年だ。シンの霞がかった黄色の瞳に鈍い光が灯っている。見るものを殺しかねない眼力には、殺しを躊躇わない覚悟が宿っている。姉を傷つければ殺すという、無言の圧力だ。
まさかこいつ、シスコンか…。制御がきかずに情けなく震え続ける体を抱きながら、クロークに救いの目を向けた。
「はい、睨み合いは終了だ。話を冒頭に戻そう」
再び手をぱんぱんと叩き、クロークが救いを求める声に答えた。話が逸れてしまった原因でもあるのだが、本人はさして気にする様子もない。そういえば、ナイフが飛ばされる前に話していたことはなんだっただろうか………。
「ソッ、ソウゾウシュサマ、ウヤマウ! カッコイイ! ダカラチガウオハナシニシヨ?」
話を戻していくと、突き当たるのが創造主様恐ろし事件だ。もう危険は十分わかったので、タツキとしては別の話を聞きたいところだ。
「うむ。何か希望があるなら言ってみてよ」
「んー。じゃあさ、この屋敷の周りに何か珍しいもんとかないのか? 行ってみたいんだけど」
命乞いモードからすぐに切り替え、再びタツキは質問を重ねる。こういう時はぐいぐい進むに限る。
「ーーーなら、一風変わった草原の話はどうかな」
「ブハッ!!」
「うわっ、きたねぇな!」
クロークの言葉にリクが吹き出した。ビチャッと飛び出した液体は目の前に座るタツキの顔に盛大にかかる。牛乳のような臭い匂い。隣でフレシアが咳き込むのを見た。こちらに完全に背を向けたまま、肩を震わせている。……もしや、この惨状を笑っているのか。
こぼれた白い液体がテーブルに広るのを見て、すかさずリラが拭きに飛び出す。
「タツキ様は……これで勝手に拭いといてくださいな〜」
机だけを綺麗に磨き上げると、あとは持っていた雑巾らしきものをタツキに投げつけて引っ込んでいった。雑すぎる扱いに文句をつけることもできず、濡れた布でサッと顔を拭った。水分は拭き取れたが、鼻につく臭いは未だ健在している。
腹いせにリクをからかってやろうと見ると、顔を真っ青にし、歯をカチカチいわせて震えていた。まるで肉食動物を恐れるウサギだ。
「お、おい。どうしたんだよ。またカルるんの精神ダメージでも受けたのか?」
「ち、ちげェ……」
「わたし、抜けるわ。……その話はあんまり好きじゃないから」
カルトが席を立ち、辛そうな顔できっぱりと告げた。
事情を知らないタツキは引き止めることもできず、ただ呆然と彼女の後ろ姿を見送る。クロークも特に動く様子はない。むしろ思惑通りといった様子に見える。
「ハル、出るぞ。コイツの悪趣味っぷりに嫌気が差した。……まじ胸糞ワリィぜ」
「う、うん。では、失礼します」
吐き気がするのか、口をおさえたリクが吐き捨てるようにそう言った。タツキと言い合う時とは違い、心の底から嫌う奴を見る目だった。何度も何度もその視線を浴びていたタツキには分かる。
「………あれ」
律儀にお辞儀をしたハルの首根っこを掴み、引きずるようにして出て行くリクのよろけた足取りを見ながら、頭をおさえる。平凡な日常を生きてきたタツキが、あれほど憎悪を滾らせた目を見てきたなんて……あるだろうか。うっすらと覚えはあるのに、それが記憶と結びつかない。思い出そうとすると頭がズキズキと痛む始末だ。
「あ、もしかしてフレシアも!?」
フレシアの背を向けた姿が浮かび、瞬時に横へ目をやる。
あれは笑いを堪えてたんじゃなく、気持ち悪さに耐えていたのかーーー!!
「え? ……私は平気よ」
「あ、そっすか。いや良かったんだけどね!?」
不思議そうな顔で返され、肩透かしを食らう。何とも複雑な気持ちだ。が、フレシアに何もなかっただけでよしとする。
「んで、クロークさん。ボイコットの原因は分かってるんだよな? リクが言ってたの、お前のことだろ。またいたく嫌われたもんだな」
「……あぁ。彼らの気分を害することは当然承知していたさ」
「ほほん。そりゃ確かに悪趣味なこった」
分かってやってるなら重罪だ。誰にでも触れたくない話題、聞きたくない言葉があるのだから。それをタツキに責める権利はないが。
「風変わりな草原ーーーって、そんなにやばそうに聞こえないけどな。毒池があったり幽霊が出たり?」
「いーやいや、ちょっと特殊なだけさ。それほど変わった地形でもないし、化物がでることもない」
クローク基準で考えるとそうなのだろうが、一般人からしたら違う気がする。《ちょっと》というのがどれほどの差を生むのかも気になる。
核心を隠されることで、タツキの好奇心が更に刺激された。新たな話題に食いつくタツキの頭からは、先程感じた違和感が消えていた。




