膝から先の足がない子供のために義足をつくってみたがやっはり大変なのは変わりがないか
さて、熱帯だと日本のような春夏秋冬の季節の移り変わりはないが乾季と雨季はあり、おおよそ日本の夏から秋は乾季、冬から春が雨季となる。
もっとも雨季であっても日本の梅雨のように一日中雨がしとしと降り続くわけではなく夏の夕立のようにどざっと多量のスコールが降り注ぐ感じであることが多いが。
そして右足の膝から先がない男の子は幸い知的障害などはなくすくすく育っている。
「うーん、うーん」
そして、壁につかまってのつかまり立ちをしようとし始めたがやはり片足では上手に出来ないようだ。
周りの先に生まれた子供は普通に歩けるようになっていたりするし、真似をしているのだろうけど、足が不自由では同じようにするのは無理だよな。
俺はそっと抱えあげてその子にいう。
「まだ、無理しないでいいんだぞ」
言われてもよくわからないのか子供は首を傾げている。
「焦らなくても大丈夫だ」
俺はギュッと抱きしめてから諭すように話してやると子供はコクリと頷いた。
古代からこの子のような先天性のものや事故や争い、病気による壊死などによって手足などを欠損する事はよく起こることであり、紀元前1500年ごろつまり21世紀から見れば3500年ほど前にはすでに義眼や義肢はあったらしい。
もっとも現代のように走ったり跳んだりスポイーツをすることが出来るようなものでは当然なく、ピーターパンのフック船長のような棒の義足で木の棒を縄で足にくくりつけたようなものというのが実情だが。
義足の技術が大きく発展したのは2度の世界大戦がきっかけだから、それ以前はだいたいそんな感じだったようだ。
「幸い膝から先も少し残ってるから棒で足を作ってやることは出来るはずだよな」
もちろん体重を支えるために十分な強度が必要だったりはするし、木工の道具が少ないこの時代では言うほど簡単ではない。
それでも木の棒を削って足の長さに合わせて削り、足がすっぽりハマるようにくり抜いて膝から先を差し込んで足の代わりになるように調整して子供の足にはめ込んでみた。
「どうだ?」
子供は首を傾げた後コクリと頷いてみせ、母親に向かってつかまり立ちをしてみせた。
「よかった……ほんとに良かった」
母親は自分につかまって立ち上がった子供をギユっと抱きしめて喜びながら泣いていた。
よほど心配だったのだろうな。
「大きくなって足が長くなったら取り替えてやらないとな」
「はい、神様よろしくおねがいします」
うん、俺は本当の神様じゃないからこの子に本当の健康な足を生やしてやることは出来ないが、なんとか歩ける事ができるようになることくらいは出来てよかったぜ。
まだまだよたよた歩きで危なっかしいししばらくは抱っこやおんぶで補助してやらないとだめだろうけどな。
しばらくすると同じくらいの子供と一緒にバナナなどを食べるようになった。
食料や時間に余裕があるおかげで速く歩けないからと言って邪険にするような子供はいない。
ただ、トイレは大変そうだから椅子の真ん中に穴を開けたりつかまって座ったり立ち上がったり出来るような手すりを追加してあげることにした。
「まいしゃま、あいあと」
「おう、多少は楽になったろ?」
「あい」
うむ、子供は皆カワイイが余裕がある時はむしろ手がかかるほど可愛く思えるものだ。
だからといってあまり依存させてはだめだと思うけどな。
もう少し大きくなったらあんまり動かなくても出来る仕事を教えてあげよう。
縄をゆうのも網を作るのも大切なことだしな。
そしてこの子が身体が不自由であるということで不幸にならないようにしてやらないとな。




