19話 なぜ彼女はお茶を飲まない?
「な、なんで黒崎さんが?」
あたふたとしながら困惑している潤に彼女は申し訳なさそうに答える。
「ごめん、天宮くん。私のうちは電話で確認したら今日はダメって言われちゃって」
「いやいやいや、僕のうちも無理なんだけど」
「何行ってんの、いいに決まってるじゃないの。ゆっくり、していっていいからね。そうだ!お茶でも持ってこなくちゃーね」
祖母は黒崎さんに軽く会釈して、ドアを半開きにしたまま1Fへと降りて行った。廊下に一人取り残され、棒立ちになった彼女を潤はそのまま放置する訳にもいかず部屋へと招き入れることにした。
来るなんて知る由もないので部屋は多少散らかっているものの、普段から出したものは片付ける癖はひょんな所で役に立った。危ない、危ない。まさかノックもせずに入ってくるなんて思いもしなかった。基本的に家に人を呼ぶなんてことしないからおばあちゃん興奮してたのかな。
「へ〜! 天宮くんの部屋ってこんな感じなんだ!」
「そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけど....」
「そう? 別に変なところとかないし、気にすることないわよ?」
「いや、気にするから! 家に友達呼んだの初めてだし」
特に何も考えずにでた潤のこの言葉に、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。
「友達か〜、天宮くん、そう思ってくれてたんだね」
「今のはなんと言うか、まあ、そんなことはいいよ! とにかく座って」
とりあえずここまで来たからには最低限のおもてなしぐらいはと、彼女にお気に入りのふわふわクッションを渡した。
「ありがとう」
1つに結んでいた髪をかきあげ、カバンを横に置いたのを見てから、2mほどの距離を空けて潤も床に座った。もちろん、クッションなしの直で。
「それじゃあ、早速だけど黒崎さんのペルーシュ見せてもらえない? うちのもさっき解放したからさ」
「解放? 解放ってなに?」
キョトンとした顔を向け、こちらを見つめる彼女の視線に耐えらえず、ダンボール箱から「自分の」を先に披露することにした。
「これだよ」
そう言って箱から出したのは例の赤いぬいぐるみ。潤は苦笑して、そのツギハギだらけのぬいぐるみを首元を掴んで差し出した。
「同じね、でも私のとはちょっと色が違うかしら」
同様に彼女もカバンを漁り、紅色の不気味な怪奇鳥を取り出した。つまむように取り出した彼女の仕草に、どうやら彼女もこのぬいぐるみを好んでいないことが伺える。
「それで、黒崎さんはコイツから何を言われた?」
「私がこのぬいぐるみから聞いたのは2つだけよ。1つは異世界で演じることね。しっかり役を演じろって。それからもう1つは目的を達成すること、これだけかな」
「なるほどね、僕もコイツから聞いたのはだいたい一緒かな。あとは補足としてノートのルールと言ったところかな。ああ、でも黒崎さんのノートには何も書いてなかったんだよね?」
「そうね」
やっぱり、ノートのルールがない以外は同じ立場にあると考えて良さそうだけど、今の即答ぶりはちょっと引っかかるような。まあ、何か隠してたとしても、ここに来て教えてくれるとは思えないしな。
仕方ない、黒崎さんには悪いけどちょっと様子を見させてもらおう。何か異変があれば止めることもできるし。
「ごめん、ちょっとトイレ!」
彼女を通り過ぎて、部屋のドアへと向かいドアノブを回して部屋をでた。潤はあえてしっかりと扉を閉めずに半開きで彼女の様子を廊下から覗く。
当然、見えるのは彼女の凛とした後ろ姿。優美な黒髪は見とれるほど綺麗で何時間でも見てられる。が、その1つにまとめあげられた黒髪を見ることができたのは残念ながらたったの30秒ほどだった。
ーーー背後に迫りよる影。
「潤ちゃん、何してるの?」
「し〜! し〜!」
黒崎さんの後ろにいる潤の、そのまた後ろに立っていたのは「おばあちゃん」だった。お盆に二人ぶんのお茶をのせ、慎重に2Fまで運んで来たようだ。そのせいでいつもなら階段の音で反応できるのだが聞き逃したようだ。
「なんでこんなところに? どうかしたの?」
「いや、なんでもないから。...トイレに行ってくる」
その場に留まるのはさすがにまずいと踏んだ潤は残尿感ゼロの状態で1Fのトイレへと向かうことにした。
「あ〜待って、待って。お茶菓子持ってくるの忘れちゃったからついでに持ってきてくれる?」
不運だ。本当にタイミングが神がかって不運だ。ため息をこぼしつつ、よたよたと階段を降りる。
「お茶菓子ねぇ〜、今本当にどうでもいい」
愚痴をこぼしながらミシミシと廊下に音を響かせて歩いている中で、やはり彼女の行動が気になり無駄にトイレで時間を潰し、自分の部屋へと足早に戻る。
覗いて見るとさっきと代わり映えのしない光景。特に変化なし。結局秘密はわからずじまいか。ドアをノックしてするりと入ると、彼女は「遅かったね」と笑った。
真っ赤になった顔を見せないように顔を伏せて、元の座っていた場所へと一目散に帰還した。
「私もトーイレ。どこにあるんだっけ?」
「階段を降りて右に歩いた突き当たりだけど」
「そう、ありがと」
カバンを掴み、静かに立ち上がる彼女に潤は素朴な疑問を投げかける。
「あれ? カバンも持ってくの」
「天宮くん、デリカシーがないわよ」
少し怒った様子で彼女は部屋を出て行ってしまった。
まずかっただろうか。この年で化粧かな。いや、とにかく女の子に対して聞いちゃいけなったNGワードだったんだ。大変だ、謝罪だ、すぐさま謝罪をせねば。
ーーーカラン。
勢い余って立ち上がったせいか、2つのコップの中にあったお茶の氷が涼しい音を奏でる。同時にコップの水位はゆらゆらと不規則に揺れて、どちらのコップも溢れそうになるがギリギリ踏みとどまった。
「あれ? 黒崎さん、飲まなかったのかな。....って落ち着いてそんなことを言っている場合じゃなかった」
急いでて追いかける潤は階段をドタドタと降りて彼女を視界に捉え、言葉を紡ごうとした瞬間自分の目を疑った。
「あれは!? 僕のノートじゃないか!?」




