12話 眠気の悪魔
帰りのホームルームが終わると、皆勢いよく教室を飛び出し、残ったのは生活指導で呼び出された残念な二人と掃除組だけとなった。
教室に取り残された掃除組は、気怠い態度を表わしながらもヨタヨタと一直線に掃除用具のロッカーへと向かうと、一斉に楽をしようとチリトリに群がっていた。
この後、どう考えても邪魔でしかない僕たちはすぐにでも教室を後にした方が良いことは誰の目にも明らかだったが、窓側にいる彼女は未だ眠っている。
ならば、やることは1つ。
ただどうにも声をかけようと口を開くが案の定声が出ない。
なぜかって?
単純な話だ。自分でいうのも難だが僕は今までに自分から他人に話しかけたことがない大変臆病な性格である。
自分から話しかけるというのはとても勇気のいることで僕はそれが怖い。
だから、人と話したい時はどうやったら話しかけてもらえるか、そんなことばかりをいつも気にしている。
つまり、いつもの恒例の挨拶は皆に爽やかな挨拶をお届けする積極的な模範生徒を演じているわけではなく、ただ単に挨拶をされたから挨拶をする、そんな鸚鵡返しを行うだけの残念な高校生なのだ。
それでも僕はこの持って生まれた臆病な性格を全く直すつもりはないと考えている。もちろん、勇気がなかなか持てないこともあるが、最近考えるのは他人に関わると僕の不幸が周りにも伝染してしまうのではないかということ。
雨男は友達を遊びには誘わないし、誘われても断ってみんなに楽しんでもらう方がずっと楽で多くの人が幸せでいられる。
だから、これからもこの臆病な性格と付き合っていくつもりでいたが、今それを破らざるを得ない状況を強いられている。
人に声をかけること自体が僕にとっては大きなハードルであるのだが、今回声をかけようとしている相手は恐れ多くも黒崎さんであるという事実がより一層高いハードルを生み出している。
どうする、天宮 潤。このまま見て見ぬふりをして帰るという手もあるにはあるがもう掃除組に気づかれている以上、置いていけば薄情なやつだと影で言われるのは目に見えている。
くそっ、やるしかないのか。
「あのぉ〜黒崎さん.....」
自らのルールを破る大きな決心を固めた僕は、ジリジリと机の上に伏せている彼女に躙り寄り、かすれ気味のなんとかでた声で彼女の名前を呼んではみたものの、彼女は小さな寝息を立てたままビクともしない。
掃除組はなにやら声を潜めてコソコソと何か話している。
顔が火照り、なんだか体が暑く感じてきた僕はYシャツを前後に動かし、この状況をどうにかする名案はないかと頭をフル回転させるが、彼女を覚醒させるほどの声をかけてすぐにでもこの場から立ち去るという出来もしない考えしか浮かばず、焦りを加速させた。
シャツを掴んでいた右手はいつの間にか強く握られていることに気づけないほど頭の中はパニック状態に陥り、周りの雑音も全く聞こえてこない。
焦燥の頂点を迎えた僕は土壇場で大きな声を出すよりも恥ずかしく、そして今までには絶対にしない、否できないような行動を無意識に行っていた。
僕の手はすぐ目の前の彼女に伸ばされ、彼女の制服に触れていたのだ。
肩を優しく叩かれ、外部からの干渉を受けた黒崎は少しのタイムラグを置きようやく目を覚ました。
「ん.....ふぁ〜あ〜あ。.....よく寝た」
大きな欠伸をする口に手を当てて、人口密度が急激に少なくなった教室を一瞥すると、彼女は授業が終わったことにようやく気づいたようだった。
「ん?あ、あれ!?天宮くんじゃない。もしかして、あなたが私を起こしてくれたの?」
「う、うん」
「ありがとね。わざわざ起こしてもらっちゃって」
「え?い、いや。あの、そんな......」
「って、もしかして生活指導室に呼ばれたから、起こしに来た、とか?」
コクコクと頭を前後させ、肯定の意を示した。
「そう。じゃあ、授業も終わったみたいだし、一緒に行きましょうか」
彼女は引き出しからノートや教科書をバッグに入れ、荷物をまとめると椅子からスッと静かに立ち上がった。
「じゃ、行きましょうか」
窓際からクルッとドアの方に翻した瞬間、目を疑う赤い物体を見た僕は思わず目をこすり、振り返った。
「嘘、だろ.....どうして」
立ち上がった勢いで机の中から落ちたぬいぐるみを彼女はすぐに拾い上げ、両手で後ろに隠した。
「これは.....その。違うのよ」
いつもの凛とした彼女はどこに行ったのかというくらい、彼女は動揺し何か誤魔化そうとしていた。




