おや?
ピピ、チチチという小鳥の声と共に、新しい朝がやってきた。
いつもと違う、草原の朝。
「……」
サユリが目を開くと、そこには青空。そして、一晩お世話になった木の枝が見えた。
薄暗かった夕刻に感じていたのと比べると、少し小さい。だけど草原に一本だけ佇んでいる木としては、十二分に大きかった。
上の方に小鳥の家族が複数いる。鳴き声はそれだろう。
「ん……」
「おはようサユリ」
「うん、おはよう」
昨夜と変わらない場所に、変わらない姿勢で白猫はいた。いわゆる香箱座りで、耳だけがピク、ピク、と何かに反応して動いている。
「ずっと、そうしてたの?」
「そうだね。君の光るかけらと少し話したりもしたよ」
「そうなんだ。でも、それって面白いの?」
「結構面白いよ」
「へぇ……」
淡々と返ってくるレクターの返事にうなずきつつ、いつものように朝を支度を。
「イ~~っ!」
口をイのカタチにすると、しゃわしゃわと光が集まってくる。
「何をしてるの?」
「歯磨き」
「歯の掃除か。そういうとこだけ人間が残ってるのは興味深いね」
「そう?」
「それは、昔やってたからやってるの?」
「ちがうよ。……んー、気が付いたらやってたって感じかな?」
「ああ、記憶以前に習慣化してたって事か」
「そうなの?」
「僕にきいてどうするの?」
「あー、そっか」
クスクスと笑いあいつつ、朝の時間は過ぎた。
昨夜の会話……サユリの正体などの話が、ふたりの距離感を縮めたようだった。
「ねえレクター、今日中に着けるかな?」
「順調にいけばね。……というか、順調に行かせるべきかなこれは」
「?」
首をかしげるサユリ。
「本来、このあたりに人間はいないはずだけど……いるみたいだよ」
「え、そうなの?」
「ほら。あっち見て」
レクターの見ている方向に目をやったサユリだったが、
「気づいた?」
「何この感じ?」
「どんなふうに感じてるの?」
「何か動いてる。魔力が急に高まったり、ピーッて走ったり、なんか魔力で遊んでるみたい」
「誰かが魔法を使ってるんだよ。魔物と遭遇した冒険者だろうね」
「そうなんだ。冒険者だって理由は?」
「気配で魔法の種別がわかるんだ。微妙な違いだけどね。
防御強化、攻撃力強化、そして火球に初期治癒魔法。この組み合わせは司祭修行中の魔法使いのいる典型的な冒険者パーティだよ。最初に仲間の補助を行い、そして援護攻撃。そして戦闘終了後に仲間の軽傷の治療ってわけさ」
「なるほど……ちなみに冒険者じゃなかったら?」
「たとえば騎士なら、戦闘開始時に強化魔法、あと場合によっては魔法剣の発動ってとこかな。ただし人数が多いから同時に複数の詠唱が行われる事、あと、魔法で直接攻撃するよりも剣や槍での直接攻撃を重要視するところで違いがわかるよ。少数精鋭になりがちでバラエティに富んでる冒険者との見分けは難しくないんだ」
「なるほど……でも、そんなセオリー通りになるものなの?」
「命がかかってるからね。セオリー破りをする人たちもいるけど、あまり奇抜な戦法はなかなかとれないもんだよ」
「へぇ……」
ふたりには準備するものなどもない。食事は、木にいる精霊が朝露をくれたので事足りてしまった。
「彼らと接触しないように一定の距離を保っていくよ。昨日の兵隊といい、あまり人間と接触しないほうがいいようだからね」
「そうだね。うん、わかった」
はるかに広がる大平原。
青空は深く、美しく透き通っている。まさに吸い込まれそうな空という言葉にふさわしい。
雲ひとつない快晴だった。
地平に目をやると、ゆるやかにアップダウンする丘がはるか彼方まで続いている。北の方には目的地の足がかりである北の森の一部らしきものがもう見えているけど、東や西には何も見えない。少なくとも今、見える地平までには何も存在しないようだ。
「川があるんだよね?どこにあるのかな?」
「僕の記憶が確かなら、次の丘を越えたところだね」
「そっか」
音もなく歩いて行く白猫。そして裸足の女の子。
第三者視点的にどうあれ、それは、のどかな旅路には違いなかった。
ふと、サユリは地面にたくさん生えている草に目をやった。
(あ、これ覚えてる。なんだっけ?)
森でも見た事があったろうか?ここほどたくさんじゃなかったよねとサユリは考えた。
「ん?なに?」
「なんでもない……これ、えっと、オオバコだったかなって」
「名前は知らないかな。利尿剤の材料にする草だね」
「え、そうなの?」
「そうだよ」
ちなみに、オオバコは日本でも全国に生えていて薬の材料にもされている。さらに民間でもドクダミと組み合わせて薬草茶を作ったりもする。
「ねえ、レクター」
「なに?」
「レクターの知ってる異世界の事って、教えてくれる?」
「いいけど……当の異世界人を前に話すってどうかと思うんだけど」
「だって、わからないんだもの」
記憶が断片的すぎて、サユリ自身にも全体像がわからない。
「そっか。じゃあ、道みちでいいなら」
「うん」
それだけ話すと、ふたりは再び歩き始めた。
【豆知識】銀色世界
精霊を見る目のある者だけが認識できる、空の裂け目。空と刻の裂け目の向こうに輝いているという、銀色の月の異世界。
その正体は、かつてこの世界と分かたれた世界である。
遠い昔、ふたつはひとつの世界だった。しかしいつの時代かにふたつにわかれた。時々現れる空の裂け目は、ふたつの世界が元々ひとつだった時代の名残であるという。
世界が分かれて久しいので環境が変わってしまっていて、向こう側に抜けたとしても生きる事はできない。行き来するためには肉体を捨てるか、肉体を持たない精神体種族の必要がある。
世界が分かれた理由については失伝し、何も伝わっていない。
なお、聖典は銀色世界を魔界と呼んでいる。ただしそう呼称しているだけで、あまり詳しい情報はなく、あったとしても教会内部で特殊情報として扱われていると思われる。(編集者註: つまり秘匿されているという事)
「銀色なんだ」
「どうしたの?」
「なんでもない。ただ、月って銀色なんだなって」
「うん、そうだけど。それがどうしたの?」
「えっとね」
サユリが違和感を覚えるのは、ある意味当然といえば当然だった。
サユリは現代日本の教育を受けている。明治以降、近代西洋の価値観を教育に取り込んでしまっているため、月は青いというイメージがあちこちに見え隠れしている。
ところが。
実は古来からの世界標準では、月は銀色なのである。古代エジプトだろうと江戸時代までの日本だろうとそうで、事実、和風の世界では月は銀色だ。月をしめす言葉として『銀兎』があるくらいだ。
サユリの中には、その両方の知識がある。
その話を聞いたレクターは、ふむと考える。
「国や地域で意見が異なる事はよくあると思うよ。交易とか戦争の結果とか、いろんな事情でそれが混在する事もね。いいも悪いもないさ」
「そういうもの?」
「ああ、そういうものさ」
「そっか。ありがとう」
サユリは納得し、うなずいた。
チチチ、とどこかから鳥の声がする。
のんびり、のんびり、でも確かに旅は続く。
と、そんな時だった。
「!?」
レクターの耳が、ピクッと反応した。
「え」
サユリの眉もその瞬間、少しうごいた。
「なに、この感じ……恐怖?嘆き?」
「誰かが襲われてる。たぶん、襲撃者はさっきの冒険者だ」
「襲われてるのは魔物?」
「ちがう。これはたぶんエルフじゃないかな?」
「エルフ?いるの!?」
「……は?」
レクターは一瞬、サユリの反応を意味を掴みかねた。
「やっぱエルフっているの?耳長くて森にいるの?長生きでハイエルフとかいたり、なんかタカビーだったりするの?」
「そっちかよ……ああ、もちろんいるよ。タカビーっていうのがよくわからないけど、とりあえずこの大陸では西の森にいるね」
「そっか。……って襲われてる!?大変!?」
「反応遅いよ!」
斜め上の珍妙なサユリの反応に、思わず脱力しそうになるレクター。
「助けなくちゃ!いこうレクター!」
「わかってる。でもサユリ、気配は消していくんだ。いいね?」
「え?」
「気配を消す!こっちがバレると面倒だから!いいね?」
「あ、うん」




