えるふ
【豆知識】 エルフ
耳が長く数百年は生きる、人間に似た種族。
聖典いわく人間の失敗作であり、神の言葉をきかず森に篭もり続けているという。
それでも生存が許されたのは、人間のために神が残してくださったのだという。事実、エルフが人間であるとは聖典に記載されていない事もあり、エルフは人間に似た奴隷種族とされている。
当のエルフどもは抵抗して森にこもっているが、エルフ狩り専門のハンターが組織的にエルフを狩り続けている。しかし捕獲して奴隷としても自力で妊娠制御するようで、決して子を産もうとはしない。それゆえに人間界における奴隷の繁殖はまだ成功していない。長年、エルフの妊娠制御を強制的に打ち破る方法が研究されているが成功しておらず、エルフ奴隷の価値は年々上昇を続けている。
異教時代に書かれた古い資料によると、エルフはオークやゴブリン等の魔物系でない人間種族としては、直接森に住む唯一の種族だという。この大陸においては西の森の奥に本拠地があるとされるが、交易のために北部地域の限界村落に顔を出す事があるという。
気配を殺して急ぐ、白猫と少女。
無言でうなずきあい、そして先に進む。やがてちょっと障害物になっている丘の上のブッシュの間から顔を出してみると。
(うわ)
エルフらしき女性二名に、ゲスなニヤニヤ笑いをはりつけた男たちが襲いかかっていた。
おそろしいほどに美しいふたりだった。多少胸のサイズが足りないかもしれないが、それにしても人形のような美しさを秘めていた。
だが今、おそらくはその美しさゆえに彼女らは襲われたのだろうと思われた。
幸いなことに、まだ最悪の事態には移行してなかった。だけどこのままでは五分とたたないうちに取り返しのつかない事になってしまうだろう。
そしてサユリは、一秒だってそのままにしておくつもりはなかった。
(……っ!)
サユリは問答無用で動いた。先日のように力をだし、油断しきった男たちをとらえた。
「うわっ……な、なんだこの光!?」
「わ、ちょ、身体が浮いて……うわぁぁぁぁっ!」
「ひぃ~~っ!!」
「~~っ!」
男たちは口々に悲鳴を上げながら、冗談のように遠くにふっとばされていった。
そして数秒後、ボトン、と何か大きめのものが落下してきた。
「……何だろ?」
レクターが先に駆けだして、そしてその落下物に駆け寄った。
サユリはゆっくりと、まだだれかいないのかキョロキョロ確認しながら近寄って行った。
「レクター、それ何?」
「こりゃ革の籠手だね。いたずら用に装備を外してたんだろうね」
そして本人は吹き飛ばされ、籠手だけが残ったわけだ。
「そっか」
もう少しギリギリのタイミングだったら、ズボンとかパンツとか落ちてきたのだろうか?
うわ、いやな想像しちゃったとサユリは眉をしかめた。
そういう意味でも、さっさとぶっ飛ばしたのは正解だったようだ。
さて。
「……せい、れい?まさか?」
ふたりのエルフ女性は、こそこそと身づくろいをしつつレクターとサユリを見た。
「そうだよ、精霊だ。たまたま通りがかったんだけど」
「……」
「酷い目にあわされたようだけど、何とか間に合ったみたいだね?」
「え、ええ、なんとか……でもこのあたりも危険対策が必要みたい」
「対策が?すると、あいつらただの冒険者じゃなくて」
「ええ。たぶんプロのエルフ狩りだわ。手慣れすぎてる」
「そうなんだ?」
あれ、でもとレクターは首をかしげた。
「プロのエルフ狩りなら、現場で商品に手を出さないんじゃないか?」
しかしそんなレクターの発言に、あまりにも赤裸々な返答が返ってきた。
「ちゃんとヤれるか確認するって言ってたわ」
「……は?」
「注文主がいて、繁殖実験のために狩ってるって言ってたわ。でもわたしたちの姿を見て実験用なんてもったいない、どうせ確認が必要なんだから味見してみようって」
「……おいおい」
あんまりな内容に、レクターは脱力する思いだった。
「繁殖実験……まさか、エルフを管理下において無理やり子供を産ませようってのか?」
「そうみたいね」
「なんてこった……まぁとりあえず良かったよ」
「ええ、ありがとう」
レクターたちがそんな話をしていると、サユリもやってきた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまでね。ありがとう若き精霊さん、貴女が助けてくれたのね」
「え、あの」
「ふふふ、私たちは魔力の流れでわかるのよ」
「そうですか」
改めてサユリがふたりを見て、ふとおかしな事に気づく。
ふたりのエルフは良く似た容姿だった。
いや、似ているというより、あまりにもそっくりだった。まるで複写したかのようだった。
(ふたご?それにしてもこれは……むしろこれって)
「……コピペ?」
「コピペ?それはどういう意味なの?」
「あ、すみません失礼しました」
「いえ、いいんだけど。どういう意味なのかしら?コピペって?」
どうやら好奇心を刺激されたらしい。
「……そのまま複写して並べるって意味です。
すみません、まるでその、神様がふたつに分けたみたいに綺麗にそっくりなので、つい」
あわててサユリは非礼をわびたのだけど。
「……そのまま複写ねえ。確かに失礼だけど、でも言い得て妙じゃない?」
「そうね。実際私たちは『神様が分けた者』だものね」
「え?え?え?」
意味がわからず、サユリは混乱した。
そんなサユリを、レクターはためいきをついた。
「サユリ。エルフの言葉で、双子の事を『神様が分けた者』っていうんだよ」
「あ、なるほど。そっか」
「??」
サユリはレクターの言葉で納得したが、今度は双子の方が首をかしげた。
「この子はエルフの事をよく知らないんだ。今のはただ、君たちがあんまり美人の上にそっくりだから、神様の手による美しいふたりですねって即興で比喩してみただけなのさ」
「あら。それじゃ、お世辞じゃなくて本当に神様が分けた子って思ってくれたのね?」
「そうなるね」
「まぁ!」
双子のエルフは笑顔になると、それぞれサユリにヒシッと抱き着いた。
「やだもう!かわいい!」
「カタチある精霊は個性派が多いっていうけど、この子も変わってるわねえ」
「あんまり悪戯しないでくれよ?ようやく見つけた候補なんだからさ」
「あら、南の猫精霊さん。可愛い子は皆の財産だと思うわ、ひとりじめはどうかと思うけど?」
「はいはい」
とりあえずお茶する事になった。
少し移動して古めの木のそばに結界を張った。そしてその中でエルフのふたりがお茶セットを広げ、まったりと小休止となった。
「まずは、ありがとうね若き精霊さん。私の名前は『若枝の三十七番』。西の大樹の森のエルフよ」
「私は『若枝の三十八番』。お察しの通り三十七番と私はふたごで、西の大樹の森の生まれ。ふたりでこのあたりの里者と交易しているのよ」
「……か、かわったお名前ですね」
「え?ああ知らないのね。
もちろん、私たちエルフにも人間のような対外的な名前もあるわ、スピカとパネラっていうんだけど、でもそれって意味がないのよ」
「意味がない?」
「スピカとパネラっていうのは、姉と妹って意味しかないのさ」
「へぇ」
レクターの説明に、サユリは目を丸くした。
「わたしたちは名前に呪力を乗せてやりとりするから、これでもちゃんと区別はつくの。それに若枝っていうのは若者を意味するから、年恰好の情報も乗っているのよ。わたしたちにとっては便利なのよね」
「なるほど……音声だけでなく魔力的なものでも区別するんですか」
言われてみれば、何か言葉に乗って不思議な雰囲気が流れていた。きっとそれの事だなとサユリは思った。
「すごいですね。名前っていうものの概念自体が違うなんて!」
サユリは思わず感心してしまった。
言葉にできない雰囲気というか魔力のほとばしりというか、そんなもので呼び分けるなんて。さすがに想定外だったからだ。
「でも、それだとわたしにはうまく呼べないかなぁ」
「いえいえ、ちゃんと認識できてるようだから問題ないわ。ねえ」
「そうね。カタチある精霊といっても色々だけど、精霊である限り間違える事はないと思う」
「そうですか。うん、ありがとう」
「いえいえ」
「精霊は森の一部ですもの、遠慮しなくていいのよ?」
なぜか微笑んで頭をなでられた。
オークに続いてエルフにも子供扱い。
内心、わたしって子供っぽいのかなとサユリは悩んでいた。
とりあえずサユリたちは、自分たちの知っている現状を説明した。
「……」
話をきいたふたりの美女エルフは、難しい顔をしていた。
ふたりであれこれエルフ語で話したり、ウーンと唸ったりしていたが、やがて「ウン」と三十七番の方が納得げに顔をあげた。
「そのペンダントを神殿のお姫様に渡すとなると……当分このあたりは動きにくくなるわね」
「え、そうなの?」
「神殿にいる王族のお姫様って、今ひとりしかいないはずなんだけど……自ら神職に志願するほどに神殿寄りらしいのよね。
つまり、彼女が王座につくという事は、人間族以外を道具と考える神殿の力が増す事になるの」
「うわ……じゃあ、これはもっていかない方がいい?」
思わず身に着けているペンダントをとりだそうとしたサユリだったが、
「そう簡単じゃないから悩みどころなのよ。
仮に王女様が失脚したとしても、今度はお金儲けとかの理由から国がエルフ狩りに投資してくるでしょう。そして今回のようなプロのエルフ狩りが増える事になると思う。
つまり、ペンダントを届けようが届けまいが、たぶん状況は変わらない。
それどころか、届けない方が無秩序な狩りが横行して、より危険になる可能性も否定できないと思う」
「うわ……」
サユリは眉をしかめた。
「じゃあ……どうしたらいいかな?わたしとしては、皆ができるだけ平和にいられるようにしたいんだけど?」
「そうねえ」
三十八番の方が少し考え、そしてサユリに言った。
「そのまま届けちゃえばいいわ」
「え、いいの?」
「どちらにしろ結果が大差ないんでしょう?だったらその方がいいと思う。何より、貴女の気がすむでしょう?」
「それは……そうだけど」
サユリがそういうと、三十七番の方がゆっくりと微笑んだ。
「それにね、あなたは精霊なの。これはあなたの身体がどうのでなく、おそらく本質的な意味でね。
だから、あなたの願う通りにすればいい。おそらく悪い事にはならないわ」
「えっと、どういう事ですか?」
三十七番の言葉の意味がわからず、サユリは首をかしげた。
しかし三十七番はそれには答えず、
「猫さん、彼女をお願いしますね。守るだけでなく、彼女の道を妨げる事のないよう」
「うん、わかってる」
「???」
自分の頭ごしになされる会話に、サユリは首をかしげるばかりだった。




