せいれい
何が起きたのか、わからなかった。
サユリが我に帰った時、兵士たちはいなかった。代わりに草も何もかもなくなった、むきだしの土の地面がサユリを中心に、扇状に広がっているだけだった。
「なに……これ」
兵士たちはどこにいったのか?
呆然としてキョロキョロと目線を走らせるサユリの耳に、涼し気な声が響いた。
「見事なものだね」
「!」
その声に驚いて振り返ると、そこには一匹の真っ白な猫がいた。
長い尾と、すらりとした身体。宝石のようなブルーの瞳。なかなかの美猫だった。
「……ねこさん?」
「まぁ、見た目はそうだね。お仲間さん?」
「……お仲間?」
なんのことだろう?
猫がしゃべるのはわかる。起こしてくれるオウムもそうだが、森にはしゃべる動物や魔物にあふれている。
だけど、サユリにお仲間なんて意味ありげな言い方をするものはいない。
サユリが首をかしげていると、白猫は楽しそうにニャアと鳴いた。
「もしかして、君なにも知らないの?」
「?」
「僕は南の森で、君のうわさを聞いて尋ねてきたんだけど……そうか、そういう事だったのか」
ふうむと白猫は考えこんで、そして顔をあげた。
「どうしたの?どこかに行く途中なんじゃないの?」
「あ、うん。北の神殿に行くんだけど」
「じゃあ、そんなところで立ってないで行かなくちゃ。どうせ北の森を通っていくんでしょ?」
そういうと白猫は、ホラおいでと言わんばかりにピンとしっぽを立て、子猫でも誘導するかのように先に歩きはじめた。
「……」
サユリは何がなんだかさっぱりわからなかったが。
「……」
むき出しの土の地面をもう一度見て。
「……」
そして、白猫の後をついていった。
小さな白猫に先導され、歩いて行くツインテールの女の子。
それは、もし町中で見れば微笑ましい光景だったろう。
厳密にいうと一部の魔道士は年齢不詳の容姿だったりするし、彼らの連れている動物は大抵が使い魔の類だ。だから騎士団や王都の兵士がもし見たら、そうした人物と間違えた可能性もあるにはある。
しかし、そんな者が何もない田舎をうろうろしている可能性などゼロに等しい。
つまり、よほど生活が殺伐として余裕のない土地の人でない限り、猫と女の子という組み合わせは基本的に微笑ましく、そして無害な存在でしかないはずだった。
だけどサユリたちがいるのは、へたな冒険者なら余裕で逃げ出す危険地帯。
そしてサユリたちは武器のひとつどころか、着替えも食べ物も何も持っていない。
あいかわらずの怪しさ全開だった。
「ねえ、白猫さん」
「ん、なんだい?」
「あの、さっきの事なんだけど」
「あー、君が兵士たちをぶっ飛ばした事かい?」
「……あれ、わたしがやったの?」
サユリは眉をしかめ、そして首をかしげた。
「どうしたんだい?自分がやったって自覚すらないの?」
「だって、あんな事できるわけないし……だいたい、あの人たちはどこにいったの?」
「どうして君が否定したいのか知らないけど、同類の目は誤魔化せないよ?
君は確かに彼らをぶっ飛ばした、それは間違いない。だって僕は見てたからね」
「……その同類っていうのも意味不明なんだけど?どういうこと?」
「あー……マジでそこから説明なの?いいじゃんそんなこと?」
「よくない」
「……」
ジト目でサユリが見ると、白猫は小さくためいきをついた。
その動作は猫なのに、妙に人間くさいものだった。
「オーケーわかった、仕方ないなぁ。じゃあ説明するから、歩みは止めないようにね?」
「あ、うん」
サユリはながら思考が苦手で、考えこむと作業が止まってしまうタイプだ。その事まで読まれているようだった。
「まず、僕の名前はレクターだよ。潮風の似合ういい男さ」
「ごめん殴っていい?」
「そこ!ジト目で睨むの禁止!こわいから!」
「いや、潮風がどうとか何のネタ?」
「わかった!わかったから!」
そこで少し話が途切れた。
「言っとくけどレクターっていう名前は本物だよ。ただし生前の名前だけどね」
「生前?」
「ああ。僕たちは精霊だからね」
「……」
白猫……自称レクターは一瞬だけ歩みを止めて、ついてくるサユリの方を見た。
そしてまた前に向き直る。
「知ってる?精霊っていうのは、死んだ者の成れの果てなんだよ。
全ての命は魂を持っている。その魂は死ぬと肉体を離れて、ゆっくりと命のたくさんある場所、つまり海の中とか森の中に引き寄せられていって、そこから世界に溶けていく。そして偏在するようになった魂はいつの日か再び集まって、新しく生まれてくる身体に宿るんだ。
君も知ってるよね?森の中には精霊が満ちている事を」
「あ、うん」
確かに、森に精霊が満ちている事はサユリも知っていた。
だけど、そんな理由で精霊が引き寄せられ、集まっているのだとは知らなかったが。
「ところが、たまにこの流れにうまく乗れない魂がある。心残りが強すぎたり、いろんな理由で、うまく世界に溶けていかない魂だね。
それが僕であり、そして君というわけなんだけど。ああ、そういや君の名前を聞いていいかい?」
「……サユリ、それがわたしの名前」
「サユリか。うん、いい名前だ。ありがとう」
「あの、それよりも。話を聞いている限り、レクター?あんたは精霊なわけ?」
「そうだけど?」
「でも光ってないよね?精霊って光るものでしょう?」
そういってサユリは、今も自分のまわりを飛ぶフワフワのキラキラたちに手をやった。
そんなサユリをレクターは見て、そして頷いた。
「そうだけど、いつもそうやってキラキラ光ってるだけが精霊じゃないんだよ。
いやむしろ、僕やサユリみたいに生き物の姿をしているやつはあまり光らないかな。特に動物タイプは全然光らない方が多いよ。
サユリ、君も森で見たことあるでしょ?魔物でもなんでもないのにしゃべる動物とかさ」
「あ、うん。たぶん」
なぜかサユリの脳裏に、毎朝起こしてくれるオウムの姿が浮かんだ。
「そういうやつは僕らの同類、つまり形をもつ精霊なのさ」
「いやあのね、そこなんだけど」
「え?」
「レクター、あんたの言葉を聞いてると、まるで、わたしも人間じゃないみたい……」
「みたいも何も、サユリも精霊じゃないか」
「……へ?」
さらりと、爆弾発言が投下された。
「わたしが……精霊?なにそれ?」
サユリは思わず立ち止まった。
「サユリ、足止まってる……」
「ちょっと待って、それどういう事?わけわかんないんだけど?」
「あのねサユリ。君、薄々気づいてて目をそらしてたよね?」
「そんなこと……」
「あるよね?」
「……」
サユリが止まってしまったため、白猫も足を止めた。そして向き直り、くふ、と小さな声のような音をもらした。
それはまるで、笑顔を作る機能のない猫が無理やり笑っているようだった。
「今もそうだけど、サユリ、君は靴をはいた事ないよね?それで森の中を歩きまわり、どんな場所でも平気だったんだよね?怪我すらした事ないよね?」
「……それは」
「あと、金属製のものを身につけられないよね。指輪とかしようとしても落ちちゃうでしょ?」
「そ、それは……いやでもホラ、ちゃんとこのペンダントつけてるしっ!」
老人から預かった王家の証を出して見せた。
しかしレクターは首をふった。
「それ高位魔道具だから。強い魔力を秘めてるから身につけられるんだよ」
「……」
「どこまでサユリが理解していたのかは、僕にもわからないさ。
でも。
少なくとも、ふつうじゃない……それくらいはわかってて、気づかないフリしてたでしょう?違う?」
「……」
「サユリ?」
「……う、うん」
しぶしぶ、しかしサユリも認めないわけにはいかなかった。
ほとんど汚れない身体。
素足で走り回っても痛くない。
わずかな、お供え物程度の食料でおなかいっぱい。。
言われるまでもなく、何かおかしいとは薄々感づいていた。
わかっていたけど、見てみぬふりをしていたのだと。
「君のまわりに飛んでいる白い精霊光だけど、それは君の一部なんだよ。
本来、僕もそうだけどカタチある精霊っていうのは、そのカタチの維持にも力を使っているんだ。君の場合はその力があまり強くないから、そうやって『暇な部分』を作っておくことで、いざという時、そいつらに魔法を使わせたり祝福をかけさせたりできるってわけさ。
さっきもそうだった」
「!」
「君はあの瞬間、たぶん彼ら兵士を拒否した。殺したいとかじゃなくて、単にどっか行っちゃえって思った。違う?」
「そりゃあ……いきなりだったし、何も考えてなかったし」
もし、サユリが咄嗟の判断でサクッと人の首をはねられるような生活をしていれば、迷わず『皆殺し』を選択したかもしれない。
しかし、サユリの日常生活からして、そんな選択がとっさにできるわけもなかった。
そういうとレクターは「だろうね」と納得したようにうなずいた。
「君の願い通り、彼らは単に吹き飛ばされただけさ。面白いくらいに遠くにふっとばされちゃったよ。動転しまくってた君は認識できなかったようだけどね」
「そう……じゃあ、無事なのね」
サユリはホッとした。
「それはどうだろう。さすがに無事じゃないと思うよ」
「どういうこと?」
「逆にきくけどさ。全身を金属鎧で固めた人間を街ひとつ向こうまで吹っ飛ばしたとして、無傷ですむと思う?」
「……無理な気がする」
「僕もそう思う。まぁ、一般兵はともかく騎士はありえないほど鍛えてるからカンタンには死なないだろうけど。石畳とか金属床なら知らないけど、ここほとんど土だしね。
でも、少なくとも今日明日のうちにもう一度襲われる事はないと思うよ」
「そっかぁ」
ちょっぴり、きまり悪そうにサユリは頭をかいた。




