そうぐう
アルベスト王国・王宮の執務室。
「セバスはまだ見つからんのか!」
「申し訳ありません。魔の森に入ったらしいという事で捜索隊を派遣しているのですが」
魔の森と聞いて、男は眉をつりあげた。
この世界の人間にとり、魔の森とは不可侵の魔境である。そこは死者の魂が神に留まり癒される場所とされ、生きている者はたとえ神話時代の勇者であろうとも帰ってはこられないという。
とはいえ、この国を牛耳っている男にとり、そんなカビの生えた異教時代の神話などどうでもよい事ではあるのだが。もちろん信じてもいない。
問題は、その迷信が聖教も無視できないほど民に広く浸透している事だ。そして実際に魔の森にはダンジョン深層クラスの魔物さえも普通に闊歩している難所であり、魔物との戦いに長けた冒険者でさえ深淵まで覗き込んだ者はいない。
つまり。
それらを無視して討伐隊や探索隊を派遣しても、単に人材の無駄遣いで終わってしまう。
確かに彼ら王国の民にとり、魔の森は伝説通りの、人が入るべきではない禁忌の森だった。
「厄介なところに逃げ込んだな。捜索隊はどうしておる?まさか全員突入したわけではあるまい?」
男は俗物だが、現実が見えない愚か者ではない。
「三つに分かれたようです。戦闘向けのチームにそのまま突入させ、あとの二つは森の側面の街道、それから北の神殿に先回りさせております。
そして、その3チーム全てが高位魔道探知用の魔道具を持ち、王家の証の反応を探っております」
「全てに?」
「はい。セバス騎士団長が見つかったとしても、森の野草とりや薬草女に証を託している場合もありえますので」
「野草とりや薬草女?なんだそれは?」
「魔の森に近い奥地の村に少数いる特殊能力者たちです。魔の森でしか採れない貴重な薬草や錬金素材の採取を担っておりますれば」
「なるほど。しかしそういう者たちがいるのなら、非常事態として捜索に参加させればよいのではないか?」
「ダメです。それをしてしまえば、我が国は高位治療薬や錬金薬の供給に重大な欠落を生じてしまいます」
「まてまて、別にその者たちに何かするという話ではない。一時的に協力せよというだけの話だし、困難な仕事なら報酬も出せばよい。違うか?」
「それでもです。
彼らは我が国の建国以前から同じ生活を続けている者たちで、現存するどこの国の民でもない。あえて言えば、彼らは今も古代精霊教国時代の民なのです。
よって、我が国にかぎらず既存のあらゆる国の命令に彼らは従いません。
彼らが従うのはただひとつ、森の精霊のみなのです」
「ちょっとまて。すると彼ら魔境のほとりの民は全部異教徒だというのか?初耳だぞ?」
この国に限らず、現在この世界では異教徒に生きる場所はない。それと判明した時点で住んでいる集落ごと犯罪奴隷に落とされる。そして唯一それを集落の者たちが免れる方法は、同じ集落の者が通報した場合だけである。
この政策をとる事で、この世界の人間から異教徒は『一頭』残らず消滅したはずだった。
「はい、でもそれでいいのです。魔の森や魔境に手を出しても何のメリットもないのは歴史の示す通りですから。
今まで通り、国を失いたくなければ触れないのがいいのです」
「そうか……まぁ確かに、無用なリスクはとるべきではないな」
あくまでも男は現実的だった。すばやくリスク計算をして、確かに参謀のいう事は正しいとすぐに納得した。
「話を戻すが。
北の神殿に先回りする組だが、具体的にはどうするのだ?神殿には入れぬだろう?」
「直接神殿には入れませんが、非常時という事で包囲し、出入りする者を全て捕獲させるとの事です」
神殿に害意ある者は神殿に入れない。
だが王家の証ある者だけは例外として神殿に入る事ができる。しかもそれは当人だけでなく、その部下にも適用される。
ゆえに、王家の証をもつ者は神殿も支配できる……この世界の全てを牛耳る事も可能だった。
だからこそ、神殿のレティシア王女に渡してはならない。
レティシア王女は王族だが、物心ついた頃から神殿に親しみ、そして本人も神殿を好んでいる。かつての王たちのように神殿に親しみ、かといって聖典に全面帰依するのでもなく知を学んだ、昨今珍しい正統派の王族なのだ。
だからこそ、今までは積極的に王権に組み込まれていなかったのだが。
彼女がトップになってしまうと、そもそも王家の証の特権が意味を持たない。何しろ彼女は本物の神殿巫女でもあり、初代国王同様、王家の証と同じ神授式すらも自前で駆使できるのだから。
最悪の場合、王家の証は次代の王まで神殿に預けられてしまうだろう。
そうなってしまったら、もう手が出せない。
大人の王族を始末し尽くして実権を握り、この国を牛耳ってきた男の企みが無効になるどころか、レティシアの出方次第では全てひっくり返される可能性まで出てきてしまった。
渡すものか。
(この国を、いや、この世界を支配するのは私だ)
大神官になるのが子供の頃の夢だった、なんて浮世離れした小娘ごときに奪われてなるものか。
オークと別れたサユリは、たぶん生まれてはじめて森を出ていた。
やたらと明るく、開けた景色。
それは断片的な古い記憶にある微かな風景にも似ていて、じっと周囲を観察したかと思うと、
「うん、これだね」
獣道のような細道を見つけたサユリは、その細道にそって歩き出した。
サユリは知らないが、彼女のホームグラウンドである森は大樹精の森と呼ばれている。これは北の神殿に隣接する北の森とは少し離れていて、その間は広がる野原と、そして一本の大きな川が存在する。
ちなみに、いわゆる人里は存在しない。このあたりは人間たちの間では北部地域と呼ばれ、北の神殿の他に普通の町などは一切ないのだ。
このあたり唯一の街道は王都にはじまり、北の神殿につながる北部縦貫道だけ。ただしこの街道自体はよく整備されていて結界もあるので、魔物と出会わずに神殿に向かいたいならば街道だけを使っていけばよい。
だがサユリはそれを知らないし、精霊たちもオークも教えなかった。彼らは結界つきの人間の街道など使わないから。
サユリのように森の住人が神殿付近にいこうと思えば、サユリがやっているように大樹精の森の突端に向かい、そこから獣道を通って平原を横切り川を渡って北の森に入るのがいい。一日半ほど森の外を歩く事になるが、人間の領域に近づく事なく移動できる。
「おー、それにしてもすごい野原だねえ」
感心しながらサユリは歩いている。
のんびりした草原が広がっている。
はるか遠くには、これから向かう北の森の入口がもう見えている。だけど、あきらかにかなり遠方で、これは確かに一日ではつきそうになかった。
おそらくは、野原と川しかない。
そんな景色の中、サユリは鼻歌をフンフンと歌いつつのんきに歩いている。一応は危険な領域のはずなのだけど、とても警戒しているようには見えない。
ちなみに忠告してくれたオークにはこう答えた。
『ありがとう。でも、武器もなく一人旅しているこんな子供をあやしいと思う人はいないと思うよ?』
確かに武器はない。身体も華奢で小さい。そして悲しい事に大人の色香も全くない。
だがしかし、である。
手荷物一切なし。
両手にも何も持たず、武器も装備せず。ポケットのない簡素な衣服であり、しまったり隠すところもない。
下着同然とはいわないが、魔物はびこる場所をそんな軽装で。
おまけに、素足でどこだろうと平然と歩く。
さて。こんな女の子が冒険者も逃げ出す北の荒野を普通に歩いていたら?
あやしい?
いやいや。
これはむしろ、どの辺が怪しくないんだと全力でツッコまれそうな光景ではないだろうか?
と、その時だった。
「!」
のんびりと歩いていたサユリのツインテールが、ピクッと反応した。
「誰かくる?……たくさん?」
足音。鋭くて、だけど重い。
それは金属鎧をまとった兵士の、よく鍛えられた歩行音だったが、そこまではわからない。
ただ。
「嫌な感じしかしないよ……隠れなくちゃ」
とおくな視界をめぐらすと、その姿は見えた。
人間の騎士だ。
人数は多く、そしてあの老人と同じような鎧を着ている。そして動きが早い。
さらにキョロキョロと見回すと、少し離れたところが少しくぼんでいて、一面が葦の生い茂る原になっている。そしてサユリの服は茶色系ではあるけれど、くすんでいで葦の原にあっても目立たない。
あわてて駆けこんだ。
「みんなおねがい、わたしの気配を消して!」
『わかったー』
『うい』
光が答えると、サユリの姿はそのままだが気配がグッと希薄になった。これなら簡単には見つからないだろう。
そうこうしているうちに、身の軽い軽装の兵士たちが、ぼちぼち到着し始める。
やがて本体が来ると、一気にそのあたりは賑やかになった。
(うわー、騎士さんだ……やっぱりあのおじいさんと同じだね)
やはり、あの老人も騎士だったのだろう。
そんな事を考えている間にも、騎士たちは何かを話している。
ただ。
(言葉が違う?)
それは不思議な光景だった。
彼らの話している言葉は明らかにサユリの知らない言葉だった。なのに、同時にサユリには彼らの言葉の意味がわかった。
なんとも不思議な光景だった。
(これって、何だっけ……うん、あれだ。字幕スーパー……あれ違う?)
記憶から浮かんでくる言葉を拾ってみるが、何か違和感がある。なんだろうと悩んでいたのだが、
『お、いたぜ。あんなところに隠れてやがった』
(見つかった!?なぜ!?)
『うわ、なんか気配が薄いな。これ普通見つからないよね?』
『王家の証の気配でばれるなんて知らねえんだろうなぁ。ははは、ま、知らぬがなんとやらだ』
(!?)
サユリはギョッとした。そして首にかけて胸元に仕舞ってあるペンダントに一瞬、思いを飛ばした。
だけど次の瞬間、フリーズしている場合ではない事にも気づいた。
『よしかまわん、殺せ。証は死体から回収すればよい』
(なにそれ!?)
サユリは冗談かと思った。
しかし現実に、彼らはサユリに向けて魔法や弓の準備に入った。問答無用で射殺するつもりのようだった。みるみるうちに準備が整っていった。
そして何より。
『危険!!』
(っ!)
サユリの胸の中でその瞬間『危険』という警告と共に強い恐怖の感情が芽生えた。
その混乱のまま無我夢中で自分の中の『何か』を起動させた。
そしてサユリの視線がもう一度兵士たちの方に戻った時。
『!?』
兵士たちの手から弓が、魔法が発射される、まさにその瞬間を見てしまって、
『ひぃっ!!』
そしてそのまま、無駄夢中で。
その『何か』を、放ってしまった。
『一頭』
異教徒は人間ではないという認識なので、一頭、または一匹と数えます。名前もなくなりますので、捕らえたら服を剥ぎ取り番号の焼き印を押して個体識別とします。




