しゅっぱつ
行き倒れの老人から預かった、王家の証のペンダント。
(なんだか冒険みたい)
朝になり、目覚めたサユリはいつになく元気にあふれていた。
ワクワクしていた。
森の暮らしは素晴らしいものだけど、たまにある変化は行き倒れくらい。こういう突発的なイベントはめったにないわけで。
そう。サユリは簡単にいえば、遠足前の子供状態だった。
(悪い事が起きるのはイヤだけど、たまにおつかいも悪くないよね)
自分の気持ちが本当は良くない事は、もちろんわかってる。
なぜなら、今回の「おつかい」は、あの老人が森で亡くなったため。つまり、それは見方を変えると、あの老人が行き倒れたのを喜んでいるみたいだったから。
ひとの不幸を喜ぶのは、もちろん悪い事。
だけど森から出た事すらないサユリにとって、遠くの神殿までおでかけというのは、大冒険といってもさしつかえないレベルの話だった。
だからこそ。
だからこそ、それをもたらしてくれた老人に感謝の気持ちはあったけど。
でもそれは、亡くなって嬉しいという気持ちではなかった。
それに。
人のほとんど入らない森の奥までやってきた彼。
(もし生きていたら……楽しいお話が聞けたかも)
記憶の中の老人は、孫にせっつかれて若い頃の冒険談をするのが好きだった。
実際の彼の子供や孫たちには、耳にタコができるほど聞かされた話だったのかもだけど。
でも、聞いてみたかったなぁとサユリは思った。
森の出口は東のはずれにある。
まっすぐ北に行ってもよかったが、北には巨大な断崖絶壁があるとの話だった。そんなところで大回りをするくらいなら、東に抜けてから人間の街道なり、その近くの獣道を通ったほうがよいとの事。
そこまでは知っていたサユリだったのだが。
森のはずれは周辺部で、奥から出る事のないサユリには未知のエリアだった。おっかなびっくりで移動していると、たちまち現在地すらもわからなくなってしまった。
「あちゃー……あ、ねえオークさん、ここからどっちにいけばいいの?」
迷ったあげく、たまたま歩いていたオークに声をかけた。
「……おれか?」
「うん、ごめんね」
「いや、いい」
ちなみに、サユリの身長を150cmくらいと仮定すると、オークの身長はおそらく2m後半台。体格もよいうえに鎧まで身に着けており、ちまっこい上に布の服のサユリでは、まるで小人と巨人である。
そんなオークだったが、サユリを見て、そして「ふむ」と頭をかいた。
「どこへ行く?」
「北の神殿に行くために、森の出口に向かってるの」
「ふむ……それだとこっちはダメだ」
「え、間違ってた?」
「間違ってる。そもそもここは南東部。どこから来た?」
「わたしの寝床、大樹の根本なんだけど」
「大樹精?ならば方角も違う。北東にいかないと」
「こっちが北東だと思ってたんだけど……違うの?」
「お話にならない」
「あちゃー……」
困ったように頭をかくサユリに、フムとオークは考えるしぐさをした。
「方向音痴か。行くなとは言わないが、道々誰かにちゃんと尋ねろ」
「そうする……」
落ち込むサユリに、オークは頭をかき「まぁいい、ついてこい」とぼそっと言った。案内してくれるらしい。
「わ、ありがと」
「森の出口までだ」
オークは森の番人だ。
特にトレントやジェリルフラワーのような『場』を形成する植物系の魔物が住みつくとやってくる。彼らに守られつつ、そうした魔物は成長して仲間を増やし、そして森の生態系を作り上げていく。
そんなオークだが、立ち上がったイノシシという厳つい容姿と裏腹に心優しくシャイなのをサユリは知っている。
だってほら。
「……」
オークの肩に小鳥がとまった。小枝か何かと思っているようだ。
チチチ、と小さく鳴くと、再び飛び立った。
「……」
小鳥が肩にとまっている間、オークは何も反応しなかったが、小鳥が動きやすいように速度を落とし、肩をゆらさないようにしていた。
そして小鳥が飛び立つと再び元に戻った。
「……」
サユリはそれを見て微笑むと、なんの心配もせずその後をついていくのだった。
「ねえオークさん」
「……」
「オークさんも見回り中?」
「?」
「ほら、斧」
オークは大きな斧を背負っていた。
それは無骨な鉄の両手斧だった。バトルハンマーのように扱うもので、大きくてたくましいオークにはとてもよく似合っていた。
「これ、仕事道具」
「お仕事用?斧が?」
「ほれ」
オークが指差したところにサユリが目をやると、そこには切り倒された枯木があった。
「あれはオークさんがやったの?」
サユリが問うと、オークがうなずいた。
「死んだ木を放っておくと、たまに近くの若木を潰す。だから先に切り倒す」
「なるほど……」
林業のおしごとだ、とサユリは思った。
ちなみにオークは言葉すくないが、しかし発音そのものは綺麗だ。元気でよく動くゴブリンたちの発音が変なのとは対象的だった。
「切り倒した木はどうするの?」
「エルフかコボルトが持っていく」
「ゴブリンもくる?」
「あいつらは、たまに」
「オーガはこないの?」
「たまに、コボルトと一緒に来る」
「そうなの?なんで?」
「あいつらの道具はコボルトが作ってるから」
「え、そうなの?」
「コボルトは戦いが苦手。オーガは細かい事が苦手。だから手を組んでいる」
「そっかー」
協業してるんだ。そうサユリは思った。
「あとは、たまに迷い込んだ人間を追い出す」
「人間?その斧で脅かすの?」
「あいつら、森で悪さする。放置はできない」
「そっか」
驚かさないようにオブラートにくるんだ言い方をしてくれているが、要は悪人を叩き殺すのにも使うのだろうとサユリは思った。
「人間はみんなダメ?」
「ダメじゃないやつもいる。草取りの女とかな」
「草取り?」
「薬にする。木の芽や花は食う事もある」
「へぇ」
要するに、薬草とりや山菜とりみたいな一部の人間のみ許されているらしい。
「大変だねえ」
「そうでもない。こんな奥まで来る人間は、普通は話のわかるヤツ。たまに例外がいるだけ」
「そうなんだ」
オークに案内してもらったサユリは、やがて森の出口まで到達できた。
「この向こうは草原。まっすぐいけば北の森の突端へは遠くない。でも悪い人間に気をつけろ」
「うん、ありがとう」
ごしごしと優しい手で頭をなでられた。
子供っぽい扱いはサユリは好きではなかったが、巨大なオークにそうされるのは、なぜか嫌いではなかった。
【豆知識】オーク
二本足で立った猪の魔物である。精霊のコロニーや古代級のトレント種のいる森には必ずオークもいて、冒険者や探索者を問答無用で攻撃してくる。
また、たまに精霊魔法を駆使する個体もある確認されている。
手負いの猪は熊も逃げ出すという言葉があるが、その猪が立ち上がり武装までしたオークは実におそるべき相手となる。また武装レベルの高いオークと裸体で徒手空拳のオークでは同種とは思えないほどの戦闘力の差があるため、過去にオーク討伐の経験があっちとしても絶対に油断してはならない。
対話は不可能。試みるだけ時間の無駄である。武器や防具の手入れをする等、知能があるらしい事はわかっているのだが、いかなる呼びかけにも応答しない。言語を理解するほどの知能がないのだろうとされている。
なお、古い精霊信仰によるとオークは森の祭祀とされ、地方の薬草とりや古老の間にはオークと敵対しない付き合い方も伝わっているとも言う。だが教会に知られると魔物と通じたと解釈されるので、古き書籍などをお持ちなら焼き捨てる事を強く推奨する。




