にんげん
【豆知識】人間
主に平原地帯に住んでおり、社会構造は基本的に絶対王政である。
この世界の人間にとり、世界とは神からの贈り物なのだという。神話の時代に神が『愛し子』たる人間の祖に贈ったとされており、大自然の管理は神の眷属たる天使がしているのだと彼らは考えている。
この場合の人間とは人間族のみを示す。それ以外の世界の全ては神に与えられた人間族の所有物だという。彼ら自身は地上における万物の霊長を自称している。
当然だがこのような暴論を認める種族は人間族自身だけであり、他のあらゆる種族と険悪である。
また物欲や支配欲が非常に強く、それゆえに数の上では劣等でありながら、かなり広範囲を支配下に置いている。
◆ ◆ ◆ ◆
そこにいたのは、確かに人間だった。
「……人間」
見たところ、白人系の老人のようだった。
何やら金属の鎧をまとっていた。それはなかなか精巧なつくりのもので、しかも首から上を除くほとんど全身を覆っていた。
「……ずいぶん立派な鎧なのね」
しかもフルプレート、とサユリは小さく唸った。
『ふるぷれーと?』
「全身鎧ってこと。すごく重いから、着こなして使いこなすだけでもすごい体力いるんだよ』
『へぇー』
精霊たちに聞かれて普通に答えてから、サユリは「あれ?」と首をかしげた。
「なんでわたし、こんな事知ってるんだろ?」
確かにそれは奇妙だった。
サユリはこの森の生まれで、特に教育なども受けているわけではない。森にないものは何も知らないはずだった。
なのに、どうして知っているのだろう?
それに対する返事は、サユリでなく精霊たちの方が知っていた。
『それは、生まれる前の事だね。きっと』
『だね』
『だね』
精霊たちは口々に、そう反応した。
「生まれる前?どういうこと?」
なにそれ、とサユリは眉をしかめたのだけど。
『どういうことって?』
『ことって?』
『コト?』
「いや、生まれる前ってどういうこと?生まれる前の事なんてわかるはずないでしょう?」
『ちがう、そういう意味じゃないよ』
『ちがうよー』
『ちがうの』
『そうじゃない……』
『ひとつ前』
『ひとつ、まえ』
『そう、ひとつ、前』
「え?え?え?ひとつ前?え?」
さっぱりワケがわからなかった。
サユリはしばらく首をかしげていたが。
「んー……と、とりあえず後回し。それよりも!」
どうやら問題は棚上げにしたらしい。
改めて老人を見る。
老人は死んでいた。だがまだ死んで間もないようで、ぬくもりすらも少し残っているくらいだった。
サユリは少し考えて、そして手をかざして目を閉じ、集中してみた。
次の瞬間、サユリは見たこともないようなきれいな建物の中にいた。
(これは……お城?)
何か偉そうな醜い肥満体系の男が、にやにや笑いと共に老人に迫っていた。
『王家の証をよこせ。持っているのだろう?』
『王家の印は資格ありし王族のもの、簒奪者の貴様が持つべき者ではない!』
そう。それは正式な、この国の後継者である証。背後から政権を握り、王族を操っていたような男が持つべきものではない。
ではなぜ、この豚のような男が欲しているのか?
(ああ……摂政になるつもりなのね)
摂政という言葉がポンと脳裏に浮かんで、ああとサユリは納得した。
今残っている王族は乳幼児だけだ。男が操っていた王族が病死してしまい、その事が対抗勢力に知られてしまったから。
だから男は、代役として合法的に国を治めるための根拠として、王家の証を欲しているわけだ。
老人は男を振り切ると馬に乗り、城を出た。
最後に残るただひとりの王族……男の魔の手から逃がすために親が北の神殿に預けた王女の元に、証を届けるために。
『このペンダントを、あの方に……誰か、頼む』
それが老人の、亡くなる前の最後の意識だった。
「……」
サユリは少し迷うと、老人の懐から王家の証とやらを取り出した。
それは細い鎖のついた、青い宝石のペンダントだった。
『魔石だね。とても古いものだ』
『だね』
『ませーき』
『ふるい』
『ふる……』
魔石?
「魔石って、なに?」
『魔力を貯める石。刻まれている模様は魔法陣』
フワフワと大きな光のひとつが石の側に寄ってきた。
『この模様は守護術式。裏には自滅の術式。特定の血筋の人間しか使えないように描かれている。とても緻密』
『ちみつー』
『じめつー』
「自滅って……自殺用?」
『人間の女、望まない相手と子供を作らされるより死を選ぶ事がある』
『えらぶー』
『うー』
「あ……そっか。そうだね」
はじめて見る人間がこの老人というサユリには当然ながら実感がない。でもなぜか、そういう考え自体は理解できた。
ふと、魔石に興味をもったサユリはきいてみた。
「魔石って、わたしでも使えるの?」
『これはむり。特定の人間しか受け付けない』
「ううん、これじゃなくて普通の魔石」
『使える。でも意味がない』
『ないー』
『なー』
「意味がない?」
精霊の言葉に首をかしげたサユリだったが、
『魔石よりも力が上だから』
『らー』
『ら?』
『自分より劣るものにわざわざ力をこめる意味がない』
『ないー』
「……えっと、そうなの?」
『そうなの』
『そう』
『だよー』
「それ初耳なんだけど?」
『当然。話してない』
『ないー』
「いやいやいやいやちょっと待って、つまりそれって、わざと教えてくれなかったって事?どうして?」
眉をしかめたサユリに、精霊たちは平然と答えを告げた。
『必要ない』
「え、なんで?」
『毎日森を巡回して祝福と浄化するだけの生活で、必要とは思えない』
「……なるほど」
言われてみれば確かにそのとおりだった。
「ねえ。意味がないって事だけど、わたしだって魔力使いすぎちゃった時とかには役立つんじゃ」
『それはない』
『ないー』
「どうして?」
『それは無意味』
『……』
「……はい?」
サユリは、一瞬言葉の意味がわからなくて首をかしげた。
「無意味ってどういうこと?」
『魔石とは精霊魔法の真似事を石でやるもの。ならば、その精霊魔法を使うサリが魔石を使う意味がない』
『だろうか?』
え、という声はサリのものだった。
「わたしって、精霊魔法使ってるの?あなたたちにお願いしてるだけなんだけど?」
『それが精霊魔法』
「……そうなんだ」
『そう』
それは確かに嘘ではない。実際に精霊魔法とは精霊にお願いして行使してもらうもので、主にエルフ族が用いている。
まぁ厳密にいうと精霊の説明だけでは足りないのだけど、精霊は理屈をこねまわすのは得意ではない。それに今のサユリに対する説明には充分でもあった。
「そっか。よくわかんないけど、とりあえず納得したよ」
そういうとサユリは立ち上がった。
「北の神殿だって。わたしなら行けるかな?」
『ん?届けるのかい?』
『とどける?』
『シンデン?』
「……うん」
少し悩んだサユリだったが、小さくうなずいた。
「行けるかどうかわからないけど、やってみたい。ダメかな?」
はじめて出会った人間。その者が死の間際に願っていた事。
その願いをきく事に意味はない。単にサユリの気分の問題だった。
こういう時、精霊たちは決してダメとはいわない。
『やりたいなら、やればいい。でもなるべく森から離れないで』
『ないーで』
『モリ……』
「うん、わかってる。できるだけ離れない」
森から離れるとロクな事がない。経験則からサユリはそれを知っていた。
だから、それには大きくうなずいた。
「よし、じゃあいくよー……でも明日かな?」
空をみあげてからサユリはそう言った。
既に太陽はかなり傾いている。すぐに夜がきてしまうだろう。
サユリは夜活動しない事にしているから、動くのは明日だ。
「さて、じゃあこの人もおやすみなさい、してあげよ?」
『わかったー』
『おー』




