おしごと
【豆辞典】ゴブリン
緑色の小鬼人族。
単体だと大した強さではないが、彼らの真の恐ろしさは集団になった時に発揮される。おそろしいほどに統率のとれた戦闘を行う事が可能で、時に同胞の一部が死を覚悟で囮になり、仲間に勝利をもたらす事もある。
そして、ゴブリンに限らないが鬼人族のほとんどは人間の女に同族の子を産ませる事ができる。またそればかりか、とらえた人間がまだ子供だった場合、適齢期まで大切に育ててから子を産ませる事もある。
ゆえに、たまにゴブリン村で人間の女が発見される事があるが、教会によれば彼女らは救助されると全員が殺してくれと訴えるか自害してしまうため、今まで元の村に帰ったケースは一件も知られていない。
なお最近の研究によれば、ゴブリンは精霊信仰を持っているという。
ただしこの報告は教会によって却下され研究者も処罰されており、現在は眉唾とされている。
言語のようなものを持っているという意見もあるが、これも吟遊詩人の創作というのが教会の見解である。村のようなものを作る事もあるが人間のそれを真似ているだけであり、中は不潔で食い殺した動物や人の骨が散乱している事もあるという。
◆ ◆ ◆ ◆
ゴブリンたちの糧食に祈りをささげたサユリは、ちょっぴり果物をわけてもらった。といっても一つ食べれば充分で、ありがとうとお礼をいった。
遠慮しているわけではない。ゴブリンたちの集める果物類は栄養豊富で、ひとつあればサユリは本当に充分だった。
「サリー、サリー」
「ん?」
呼び声に振り向くと、何かフワフワした白い布の塊を持っているゴブリンがいた。
「これ、サリー。あげる」
「わ、かぼちゃぱんつだ。これどうしたの?」
サユリの知識にも、その白い布の知識はあった。いつ、どこで学んだものかはわからないけど。
「みつけた。サリーに合わせてみた」
「え、いいの?」
「いい」
「ありがとう!」
そりゃあ、もらえるならサユリはありがたい。
実はサユリのまとっている服もゴブリンたちの作だったりする。元々は拾ったボロ布を巻きつけていたのだが、動きにくくて困っていたら、ゴブリンたちがきちんと服に仕立ててくれた。
だけど下着がないのはどうしようもなくて、ちょっぴり困る事もあった。
だから、ありがたい。
ドロワーズを受け取ると、ゴブリンたちによそを向いてもらうと、ごそごそとこれを装着してみた。
「おお」
ドロワーズは少し大きめで、しかも柔らかい布でできていた。へそ周りから太ももくらいまでをすっぽりと包む。素肌にとても快適だ。
いつもの貫頭衣を着てみた。
ちょっと下がはみ出すが、そんなヒラヒラと露骨に下着っぽいデザインでもない。別に見る人がいるわけでもないし、これでいいかなとサユリは判断した。
「いい感じだよ。ありがとう」
「おー」
「おー」
サユリが笑顔を見せると、ゴブリンたちも喜んでくれた。
ゴブリンというと悪臭というイメージがある。
ちなみにゴブリンたちは風呂に入らないので臭そうなのだけど、森のゴブリンたちは不思議に臭くなかった。菜食生活だからかな?とサユリは思うが、きちんと掃除されている村の姿などを見るにどうも違うらしい。
おそらくは、彼らなりの方法で清潔さを保っているのだろう。
思えばゴブリンたちは肉食もする。獲物を捕らえる時に臭いがぷんぷんしていたら逃げられてしまうわけで、そのあたりの対策はむしろ必須なのかもしれない。
「ばいばーい」
「おー」
「おー」
またこいよ、待ってるよと笑顔で送られた。
サユリが受け持っている仕事は『精霊の祝福』。
といってもサユリ自体に巫女とか聖女じみた力があるわけではない。
実際に祝福をしているのは、このサユリのまわりをフワフワしている小さな光たちなのだから。
いつも一緒のこの光のフワフワ、実はとんでもなく濃厚な精霊の集合体らしい。これは以前、森に来ていたオークの神官さんに教えてもらったのだけど。
で、サユリがお願いすると、彼らが対象物に祝福や癒やし、浄化をしてくれるのだ。
ただし光はサユリの言うことしかきかず、遠くへは行こうとしない。だからわざわざサユリが現場にいかなくちゃならないのだが。
この世界には、どこにでも精霊がいる。特に森はそれが濃くて、中に住む者には治癒強化など、さまざまな恩恵が与えられている。
だけど、それでもなお、助けが必要な存在がいる。
たとえばゴブリンたち。
彼らの食べ物を祝福する事で、食べたゴブリンたちに力を与えている。サユリにはよくわからないのだけど、そうする事で彼らの生還率が少しアップしているのだという。
ゴブリンはあまり強くない。そして敵が多い。食べ物にだって毒が含まれる事がある。
だからこその祝福なわけだ。
「あ、あれ」
ゴブリンの里を出て歩いていると、倒れている何かを見つけた。
近寄ってみると、大きな灰色の狼が死んでいた。
その遺体の周りの空気が淀み、暗い雰囲気が漂いはじめている。
間違いない。
森の影響を悪い方向に受けて、アンデッド化しようとしているようだ。
「うん、うん、わかってる」
サユリのまわりの光が何かを教えて、そしてサユリは頷いた。
そして、狼の亡骸に手をかざした。
「……」
亡骸のまわりにフワフワの光がどんどん集まり、暗い雰囲気をかき消していく。
そしてサユリの頭に直接響くような感じで、不思議な光景が広がってきた。
『サキマラァッ!』
『子供タチガ、子供タチガ……!』
悲しみ。
どうやらこの狼は、自分の群れを皆殺しにされたらしい。武装した複数の何かが楽しそうに狼の家族を狩っている場面が見えて、サユリは悲しくて泣きそうになる。
(ひどい……)
だからサユリは、心から願う。せめて安らかにと。
「……」
不思議な光景はすぐに消えて、あとはモノ言わぬ遺体が残った。
さらに、メキメキ、バキバキという音がしたかと思うと、木の根のようなものが地面から伸びてきて、亡骸をみるみる包み込んだ。
そして、その根のようなものは亡骸を土中に引きずり込んで。
しばらく待つと、その場は何もなかったかのような土の地面だけが残された。
「せめて安らかに眠って……おやすみなさい」
サユリはしゃがみ、手を合わせてお祈りすると、やがて静かに立ち上がった。
「さ、次いこう?」
その言葉に応答するかのように、フワフワの光たちがきらめいた。
サユリの毎日は、いつもだいたいこんな感じだ。
昼を回ったらどこかでお昼をもらう。
だいたいゴブリンやオークたちにもらう事が多いけど、たまに森に来ている気のいいオーガたちが食べさせてくれる事もある。
そして巡回が終わったら戻ってくる。やる事がなくなったら木に登って遠くを見る事もあるし、そのまま大木のウロに戻って寝ている事もある。
もしサユリがいなかったら?
一度その質問を精霊たちにした事があるが「ちょっぴりゴブリンたちが大変になる」「歩く死体が増える」という事らしい。
そもそもこの森は全体が聖域になっていて、アンデッドが発生してもやがて自然に浄化され、自分を維持できず帰化してしまう。だけどそれには多少の時間がかかり、その間彼らはさまよい、時には犠牲者も出るらしい。
だから、先回りしてサユリが浄化するのは意味があるのだと。
ゴブリンにしても同様。祝福がないと死亡率が上がるし、死亡率が上がると生活も殺伐としてしまうのだとか。
ほんの少しだけ、役に立つ。
ちょっぴり切ない感じだけど、役に立つならそれでもいいとサユリは思った。
「ふう」
巡回が終わり、寝床のウロに戻ってきた頃には、少し太陽が傾きはじめていた。まだ夕暮れには早いが、お仕事はもうおしまいだった。
「んー……よし、おしまい」
大きく背伸びをし、それを仕事の終わりとする。いつもの習慣だった。
その瞬間、パアッとサユリのまわりで光がきらめいた。お疲れ様と言っているようにサユリには思えた。
だけど。
今日はいつもと少しだけ違うようだった。
『サリ!サリ!』
「あら」
ふと気づくと、パタパタと音をたててオウムが飛んできた。
これは珍しい。
あのオウムはどういうわけか、サユリの目覚めにしか現れた事がない。森に棲んでいるのなら昼間の巡回中に出会っても不思議はないと思うのだが、朝以外に出会う事も、そして会話する事もなかったのだから。
なのにこんな時間、しかもサユリが起きている時間になぜ?
困惑するサユリをよそに、オウムはサユリが差し出した右腕に静かにとまる。
「どうしたの?めずらしいね?」
『サリ!サリ!大変!』
サリじゃなくてサユリだと言いたかったが、それよりも『大変』の意味を知る方が優先だとサユリは思った。
「大変って何が?」
『イキダオレ、イキダオレ!』
行き倒れ?また狼でも森で力尽きているのか?
ひどい目にあった獣や魔物が逃げ込んでくるのは、聖域であるこの森にはよくある事だった。そして生き延びれば傷を癒やす事もできるが、力尽きればそのまま死んでしまう。
でも、そんな行き倒れならよくある事だ。少なくともオウムが騒ぐような事ではない。
なんなのかしらとサユリは首をかしげたのだけど。
『ニンゲン!』
『ニンゲン!イキダオレ!ニンゲン!』
「にんげん……人間の行き倒れ!?」
『そう!イキダオレ!大変!』
言葉の意味が頭の中に伝わるに従って、サユリの顔が驚きに満たされた。
サユリは人間を見た事がなかった。少なくともこの森では。
「わかった、今いく!」
大きくうなずくと、サユリは立ち上がった。




