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精霊の森の迷い子  作者: hachikun
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閑話・とあるギルドマスターのつぶやき

 とある王都の冒険者ギルド。

 この世界における冒険者は、主に魔物狩りを仕事としている。狩りをするなら狩人と呼ぶべきなのかもしれないが、本物の狩人は別にいて、そして彼らは動物を狩るのが仕事であり、魔物で狩るのはアンデッド等、限られたものでしかない。まして狩人は森の魔物には決して手出ししないものであり、依頼があれば狩りに行く冒険者たちとは折り合わない。

 そもそも冒険者が冒険者という、ちょっと夢のある呼び方をされているのは、冒険者という職業が一種のセーフティーネットになっているからというのもある。

 死亡率の高い世界で確実に子孫を残そうと思えば、当然、たくさんの子供を作る事になる。

 しかし、稼業を継いで家督になれるのはひとり。結婚相手を入れてもふたり。

 あぶれた者たちはどうなるか?

 もちろん多くは稼業を手伝ったり、様々なサポートに回るのだろう。

 だけど色々な理由で家にとどまらない者もいる。

 そうした者たちの中で、腕に覚えがあるものの他に行き場のない者たち……そうした者たちが最後に頼る先が冒険者ギルドだった。

 また、そうした経緯があるためか、冒険者は社会的地位にこだわらない。貴族だろうと貧民だろうと、冒険者というひとつの価値観の中ではライバルであり、仲間であり、時には同志ですらあった。もちろん既存の地位をふりかざそうとする者も常にいたが、長い目で見ればそれらは排斥の対象になった。

 もちろん、いつまでも腕一本で稼げるわけではない。一部例外がいるが、多くの者は実績を積むか、あるいは蓄財をして引退にも備える。ある者はギルドにとどまって後輩の指導をし、ある者は実績を元にどこかに士官、あるいは就職して。

 とにかく。

 冒険者ギルドはそういう現実の中で、国を、社会を、そしていくつかの点では人種すらも超え、この世界における最大の職業組合として機能していた。

 話を戻そう。

 ここ王都のギルドも例外ではなく、やはりどこにでもある冒険者ギルドと同じだった。

 ただ、この国はその領地に、古くは精霊の森と呼ばれた4つの大きな森を抱えていた。そして今回、王位継承権第一位となったレティシア姫が自ら号令を発し、とある精霊を探すよう指示を出した事も、各国の魔術連絡網を通して急速に広がりはじめていた。

 

 

「まったく、困ったもんだ」

 はぁ、と壮年のギルドマスターはためいきをついた。

「ギルドは国とも宗教とも関係ねえっつうのに、いつになったら理解するんだあのバカどもは」

 ぼやくのも無理はなかった。

 彼の元には昨日から、国やら貴族やら聖堂教会やらからの『命令』やら『指示』やらが届いており、彼はそれらの全てに、ひとことでいえば「おとといきやがれ」という内容の返答を返し続けていたのだが。

 まる一日もそんなくだらない事に仕事の邪魔をされていては、そりゃあ悪態のひとつも出ようというものだ。

「仕方ありませんよ。言うじゃないですか、冒険者を理解できるのは冒険者だけって」

「いやま、そうなんだけどよ」

 少しトウの立った感のある美女……おそらくは秘書と思われる女性が困った顔でフォローすると、ギルドマスターは苦い顔をした。

 何より理解できぬわけがない。彼らもまた、かつては現役の冒険者だったのだから。

「しかし、よりによって精霊を狩れって冒険者ギルドに『指示』しようとするかねまったく」

 ひとことでいえば、それは二重の意味で愚行であった。

 

 まず、冒険者ギルドに『指示』しようとした事。

 古い言い方だが『冒険者かつぐに刃物はいらぬ、助けてくれの一言でいい』という言葉があるのだが、この言葉はこの世界における冒険者の気質をよく表している。

 いくつかある社会のセーフティーネットの中でも、冒険者という職業はそういう面をもつ。つまり、ただの何でも屋のはずの職業にあえて『冒険』とつけられているのは別に宣伝のためでも何でもなく、本当にそういう気質の者が集まってくるからでもある。

 冒険者に限らないが、戦いが職務に織り込まれている仕事は当然ながら危険がある。しかも冒険者とは悪く言えば根無し草でもあり、万が一の補償などないに等しい。

 同じ戦闘職ならベストは騎士、その次が兵士、その次が田舎の自警団だろう。それなりにコネがいる仕事もあるが、万が一の補償もある程度はあるからだ。特に騎士なら準貴族でもあるし。

 それでも冒険者をあえて選ぶのは何者か?

 そう。

 なんのコネもなく兵士にもなれないので冒険者になるという者もいるにはいるが、むしろ、あえて冒険者と望んでなる者の方が多いのである。

 さて。

 人には誰しも、評価されたいという気持ちがある。その中でも、わざわざ冒険者を選ぶような手合いはその傾向が強いといわれるし、実際その通りだったりする。

 具体的には「助けてほしい」と低姿勢で頼まれると腕まくりして「どれどれ」と駆けつける。

 で、解決すると満足し、その日の晩は気持ちよく一杯やる。

 そう。

 冒険者という人種を簡単に表現すると、そういう種類の連中なのである。

 そんな冒険者に対し、わざわざ頭ごなしに命令するのは阿呆のする事であろう。ケンカを売りたいのでなければ。

 

 次に、冒険者に精霊を狩らせようとしている事。

 冒険者の仕事の中には採取依頼というものがあるが、わざわざ冒険者に頼むような採取依頼なのだから、当然ややこしいものが多いものだ。

 すなわち魔物の跋扈(ばっこ)する奥地とか森の中なわけだが、当然そういう土地は精霊に満ちているし、また「森に入る時は精霊に守ってくださいと祈ってから入るんだよ」という話は野草摘みや狩人といった人々から冒険者に伝わっていて、彼らも採取依頼の際にはそれを重視している。

 実際、祈ってから入ると魔物の遭遇も少なく、安全に帰れる事が経験則で伝わっているわけだ。

 そんな彼らが、精霊を狩ってくれと依頼されたら、どう反応するか?

 そう。

 自分が一度は祈った相手を狩るという事に、多くの冒険者が眉をしかめるのだ。

 

 現場を知らぬとはおそろしい事である。

 

「とはいえ、一部の連中がギルド通さずに受けてるケースはあるだろうね。腹立たしい事だが」

「そうですね。あまり好ましい事じゃないですけれども」

「あーいや、違うよミスティ」

「?」

「今回のは『あまり』じゃないよ。完全な規約違反だからね」

「え?でも、精霊に手を出す事は別に規約違反ではないですよね、明文化されていませんし」

「単に精霊に関わるってだけなら、確かにそうだけどね」

 ギルドマスターはためいきをついた。

「これらの指示をひとことで言えば『精霊狩り』だろう?

 森や奥地、海などに有る精霊を『狩る』という事は、ダンジョンの奥から強い魔物を釣り出して放置するのと同じ事だよ。つまり不特定多数の他冒険者や一般人に対するテロ行為に分類されるんだ。

 言うまでもないが、これはまずいなんてもんじゃない。意図的にやったと判断されたら、ギルドから追放どころの話ではない。社会的な意味でも犯罪者であり、最悪の場合は連座まで出るレベルの話になる」

「……なるほど。確かにおっしゃる通りですわね」

 秘書が納得げにうなずいたのを見て、ギルドマスターも「うむ」とあいづちを打った。

「そういう意味で精霊に手を出して万が一、森を怒らせたらどうなるか?

 いつもなら普通にできる薬草採集などのクエストで、未来ある若い冒険者が殺されるような事が起きはじめたら?

 森でしか採れない貴重な薬、奥地や海にしかない素材は多い。もしこれらが流行病などの際に入手不可能になると最悪の場合、おびただしい死者が出る事にもなりかねない」

「……」

「結論。精霊狩りに参加した時点で、その冒険者を守る義務はギルドにはないと判断する」

「わかりました。ではどうしますか?」

「ミスティ、依頼外で勝手な事をやっている『無法者』のリストを洗いなおしてくれるかい?ある程度のリストはあるけどこの際だ、確定させておこうよ」

「わかりました」

 そういう者たちは多くの場合、大きな問題を引き起こした時だけ当たり前のようにギルドに押し付けようとする。ひどい者になると、それだけのためにギルドに在籍する者すらいる。

 だが、もちろんギルドはそんな者たちのためにあるものではない。

 多少の小悪党的な事なら、ギルドはそれほど目くじらをたてる事はない。

 しかし今回は、問題が大きすぎた。

「しっかし、お姫さんが遭遇したっていう精霊にはちょっと会ってみたいもんだね」

「見た目は黒髪黒目の女の子でしたか、珍しいですね。まるで言い伝えの異世界人のようで」

「正しくは黒目ではなく、ダークブラウンの瞳らしいが」

 同じ事である。

 なぜならダークブラウンの瞳というのは、実際にはほぼ黒目と認識されるのだから。

「もしかしたら本当に異世界人なのかもな」

「え?でも精霊なんですよね?」

「だからだよミスティ。

 知らないか?カタチある精霊っていうけど、実は精霊っていうのは全てがちゃんとカタチを持っているらしいぞ?」

「え、でも」

 秘書(ミスティ)は首をかしげた。

「それじゃあ、どうしてカタチある精霊が珍しい存在なんですか?」

「そりゃあ、すぐ世界に溶けちまうからさ。魂がカタチを失うという事は個の消失だからね」

 ギルドマスターは肩をすくめた。

「いわゆるカタチある精霊っていうのは、なんらかの理由で世界に溶けにくい、溶けるのに時間がかかっている存在なのさ。

 たとえば、いわゆる大精霊と呼ばれる存在がそうだ。あれが元々何者だったのかは知らないが、人々の信仰とか恐れとか、そういう感情が形質を維持させ、世界に溶けないようにしているんだそうだよ」

「へぇ……初耳です」

「だろうね、俺も最近知ったんだよ」

「そうなんですか?ちなみに情報源は?」

「古文書の研究者が最近、精霊信仰時代の書物で見つけたんだよ。

 いわく、精霊というのは死者の魂であり、ゆえに最初は全てがカタチを持っているらしい。そして普通はすぐにカタチを失い、世界に溶けて偏在するようになるんだってね」

「そして、なんらかの理由で溶けにくい、溶けきれないものはカタチを保つ、ですか……でも理由って何でしょう?」

「さてな。

 ただ、信仰心なんかで形質維持する例もある事から、心の動きに関係あるんじゃないかってその本も結んでるらしいんだが」

 そういうと、ギルドマスターは苦笑した。

「精霊について俺たち人間はあまりにも無知すぎる。

 それなのに、魔道具に組み込んで使い潰すとかありえないだろう。

 最悪の場合……それはもしかしたら、取り返しのつかない何かをゆがめてしまっているのかもしれないのに」


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