たたかいのりゆう
ちょっとグロい表現があります。ご注意ください。
森の中に一歩踏み込むと、そこはもうサユリの知る森とは違っていた。
いつもの爽やかさに混じって、狩りではありえないレベルの濃厚な血の臭い。そしてゴブリン村に向かう最中に転がっているのは。
「死んでるようだね」
「うん」
ところどころに転がっている、武装した人間の死体だった。
しかも頭を割られていたり、胴体に大穴があったり、明らかな破壊の痕がみられるものばかりだった。
「たぶんオークに殺されたようだね……サユリ、見慣れてないなら無理するなよ?」
「え?なにが?」
キョトンとしてレクターを見るサユリ。
「いや、森で暮らしてたんだろ?こんな力ずくで破壊された遺体なんて見た事は」
「んー、人間の死体は確かになかなか見ないけど、死体は珍しくないよ?」
「え、そうなのか?」
「うん。だって浄化がお仕事だもの」
死というのは綺麗なものではない。
ベッドの上で大往生というのならわかるが、自然界でそんな静かな死を迎えるというのはむしろレアケースに属するだろうし、仮に誰もこないところで静かに亡くなったとしたら、当然、その遺体が発見される時は腐臭を発した時なわけだから、第三者の目線には腐乱死体となっている事になる。
まぁこの世界の場合アンデッド化して見つかる場合もあるが、これも余程の事がないかぎりゾンビになるわけだから、これも腐乱死体の一種であろう。
つまり。
サユリが今まで『浄化』した存在でも、きれいな遺体に遭遇する事は珍しかった。先日の老騎士は単に力尽き亡くなった直後だったわけだけど、これは極めて珍しい例外だといえよう。
「今まで、綺麗な死体を浄化した事なんてほとんどないよ。むしろ原型を留めないくらいになってる事も珍しくなかったし」
「そんなもんなのか……」
「うん」
「で、でもさ、人間だとまた別じゃないか?」
「そうなの?」
「いや、あのね。
冒険者や騎士みたいな職業だって、盗賊狩りとかで人を殺す事はあるんだよ。でも、貴族あがりとかで人の死にあまり接してこなかったヤツとか、いざって時に人が殺せなくてね。で、どうでもいいような盗賊にさっくり殺される事もあるんだよ?」
「そうなんだ……」
「うん。それだけ『死』っていうのはやっぱり、ひとには重いものなんだと思う」
「……んー」
サユリは目をつむった。状況を想像しているようだった。
「わたし、誰かを自分から積極的に殺した事がないから、想像する事しかできないんだけど」
「うん」
「たぶん問題ないと思う」
「それはどうして?」
「それはね」
ちょっと思い出すような顔をして、そしてサユリは言う。
「わたし、今回はじめて人間と普通にお話したんだよね。まぁ、生きてる人間と接した事自体が今まで全然なかったわけだし」
「見たこともなかったの?」
「草摘みに来てる人とかなら見たことあるかな?」
「薬草とりか何かだよね。で、そういう人たちとお話はしてないの?」
「用もないのに、お仕事中のひとに話しかけるのはよくないよ?」
「そりゃそうだけどさ。ずっと森の中だったんでしょう?僕にも言ってたじゃないか、長い会話に飢えてたって」
「うん、それはそうなんだけど」
サユリはそういうと、ちょっと困ったような顔をした。
「正直、得体のしれない生き物に話しかけるのは不安もあったし」
「……は?」
レクターは一瞬、サユリの言葉の意味がわからなかった。
「いやいやちょっと待った!」
「?」
「得体のしれない生き物ってなに?」
「え?」
「サユリは自分が精霊って自覚もなかったんでしょう?」
「うん」
「だったら、それは自分を人間だと思ってたって事じゃないか。なのにどうして同じ人間の『得体が知れない』のさ?」
得体が知れないという言葉は、正体がわからない、怪しい、警戒すべき存在という事。
しかし、自分が人間だと思っていたのなら、同じ人間を怪しむのはおかしいだろうと。
だが、サユリは首をふった。
「確かに、わたしは自分を人間だと思ってたと思う。でも、同時にわたしは『違う』とも思ってたよ?」
「違うって何が?」
「ここの人たち」
すました顔でサユリは答えた。
「森に入ってるひとを見ても、ああ、ひとだなとは思ったんだけど。でも、自分と同じって印象がなかったんだよ。うまく説明できないんだけど」
「どうして?自分を人間だって思ってたのに?相手も人間なら同じじゃないか?」
「んーでも、何か自分とは違う生き物だって感覚はあったよ?」
「……そうなの?」
「うん」
サユリの言葉に、レクターは思わず考えこみそうになった。
「無意識に自分を精霊と認識してたって事なのかな?それとも、元異世界人の記憶がこの世界の人間を異質に見せてたって事なのか?
うーん、わからないな……」
「そんな事どうでもいいよレクター、それより急ごう」
「ってサユリ、この冒険者は浄化しなくていいの?」
あまり子供には見せたくない、スプラッターじみた遺体を前にレクターは言う。
「ああ、これは問題ないの」
「問題ない?なんで?」
「ほら、あれ」
「え?……あ」
レクターが目をやると、そっちの森の奥に何かがうごめいていた。
「お、おい、あれって」
「お掃除屋さんだね。みんな、こっちだよー!」
サユリが笑顔で手をふると、それは奥から出てきた。
「うわ、ちょっと!?」
それは物凄い数の、小型の魔物や虫たちだった。
「これこれ、よろしくねー……うん、いこうレクター」
「あ、うん」
平然と普通に歩き出すサユリに、とまどいながらもついていくレクター。
「ね、ねえサユリ」
「後ろは見ないほうがいいよレクター」
「あー……うん、わかったありがとう。で、質問いいかな?」
「なあに?」
「あれはなに?」
「掃除屋さん。あ、ちょっと待って」
別の死体の前で、サユリはピタリと止まった。
「これは浄化するから、ちょっと待って」
「浄化するのとしないのって、どう違うの?」
「違いは特にないよ」
「ないの?」
「うん。ただ、掃除屋さんたちだけだと間に合わないから、時間のかかりそうなのを浄化しちゃうんだよ」
「……間に合わない?」
「えっとね、ちょっと待って」
そういうと、サユリは死体に手をさがし、祈りはじめた。
死体のまわりに光が集まってきて、いつものように不思議な風景が広がり始めた。
『精霊体が出たのは北の神殿じゃないのか?ジェイク?』
『神殿に来た個体はこの森から来たと言ったらしいぞ。それに自分だけの力じゃないとも言ったらしいし、南の森にも、それから北の森にも精霊体がいるとも判明したらしい』
『そうなのか?でもギルドの方には何も……』
『今ごろはギルドの方にも出てるんじゃねえか?とにかく、各国が眼の色変えて狙ってるってわけさ!』
『でもよ、なんで今ごろ?いるのは前からわかってたんだろ?』
『そりゃま、大人の事情だろうさ。今このタイミングで精霊を手に入れれば……ってこのあたりの国的には悪魔だっけか?これを手に入れれば、その力で大陸全土の覇権だって狙えるって事だろ?』
『いいのかねえ……精霊って人が死んでなるものなんだろ?』
『なんだ、おめえ知らねえのか』
『え?』
『そういう精霊は目に見えないんだとよ。
カタチもって見えてる精霊っていうのは、そういう元人間とは別口なんだと。つまり人間と似た魔物にエルフやドワーフがいるみたいに、精霊っぽい性質を持っているけど別物なんだと』
『へぇ……なんだ、だったら問題ないな』
『どういうこった?』
『いやね、俺ぁてっきり、死んだ人間の魂をさらに魔石に封じたりして兵器にするのかって思ってたから』
『うわははは、ねえねえ、そんな心配ねえって!』
『ははは、すまねえ』
「……」
「……」
映像は、そばにいるレクターにも見えていたらしい。レクターもまた無口だった。
パキパキ、メキメキと音がして、浄化された死体は森の地中に飲み込まれていった。おそらく強制分解され、植物の栄養になるのだろう。
沈黙を先に破ったのは、レクターだった。
「なるほど、国の動乱に乗じて覇権をとりたいと。そのための兵器として精霊を欲しているわけだ」
「これって、もしかして」
「サユリのせいじゃないね。もちろんサユリの情報も流れているわけだけど、それは単に情報のひとつでしかない」
「どういうこと?」
「歩きながら話すよ、次にいこう」
「う、うん」




