ただいま
だいぶ前から、サユリが悩んでいる事があった。
自分が何者かも知らない自分に、なんで皆がやさしいのか?
少なくとも、ちょっと祝福できる程度の自分の能力などは関係ない、別の何かがあるはずで。
そしてたぶんそれは、自分という存在そのものに何かの理由があるのではと……まぁ、それ以外には想像もつかなかったというのもあるのだけど。
おそらく、それは事実だろう。
異世界から来たというサユリの元の魂はこの世界では珍しいもの。だからこそ今、サユリはカタチある精霊としてこの世界に存在しているのだから。
だけどサユリは、ひとつだけ勘違いをしていた。
森の住人が優しいのは、サユリもまた森の住人だからにすぎない。異世界産だろうがサユリも他の魂たち同様、森にあって世界に溶けてゆく魂の一柱にすぎないのだから。
その小さな勘違いが。
森のため自分にできる事があればやりたいという、サユリの気持ちと結びついてしまっていた……。
「うん、どうやら事情わかったよ」
「もう?どうなの?」
目の輝きの止まったレクターが、静かに言った。
「森の中のゴブリン村を狙ったみたいだ。ひとつの村をほぼ全滅させたみたいだよ」
「全滅!?」
サユリは驚き、眉をしかめた。
「サユリ、ひとつ聞きたいんだけど」
「なに?」
「樹精の森のゴブリン村ってよく知らないんだけどさ、森の入り口近くなの?それとも奥?」
「森にはゴブリンさんの村、二つあるんだけど……ひとつはほとんど中央付近だから奥だけど、もうひとつは比較的外に近いかな。それがどうしたの?」
「……それはまずいな」
「どういうこと?」
レクターの言葉に不穏なものを感じたサユリは、思わず尋ねていた。
「ゴブリンは強い魔物じゃないけど、集団になると知恵を寄せあい、一筋縄ではいかなくなる存在だ。特に村単位となると、人間の冒険者側だって作戦をたて大人数でレイドを組み、ほとんど戦争でも仕掛けるような規模で戦うものだと相場が決まってるんだけどね。
それでもなお、彼らは森の中にあるゴブリン村を襲ったって事になる」
そういうと、レクターはピンとしっぽを立てた。
「サユリ、急いで森に戻ろう」
「え、でも」
「冒険者の方は問題ない、見たところこのままオークたちだけで片がつくと思うし、かりに無理でも冒険者は逃げきるだけだ。見たところ完全に撤退戦の様相を呈しているし、森から彼らの場所の途中に、死んだ冒険者の死体がいくつもあるからね。
サユリ。
この状況に及んで、君にはできる事があるはずだよ」
「え?」
しょうがないな、と言わんばかりにレクターはためいきをついた。
「君がいつもやってる仕事はなに?祝福と浄化じゃないのかい?」
「!」
サユリが一瞬フリーズして……そして「アッ!」と思い至った顔になった。
「もうわかったね?
村にはたぶん、たくさんのゴブリンが死んでるだろう。途中には冒険者の遺体もあるだろう。
それらの状況を調べて、必要なら片っ端から浄化していくんだ。
そうだろ?」
「うん……うん!」
得たりとサユリはうなずいた。
「そうだね、引き受けてるお仕事なんだから、ちゃんとやらなくちゃ!」
「そうだとも。
たぶんゴブリンにもオークにも生き残りがいるだろう。事情を聞くだけなら作業中にでもできるさ。
さ、急いで戻るよ?」
「わかった!」
そういって二人は走りかけたのだけど、
「あ、そうだ」
「?」
「非常事態だからサユリを乗せてあげるよ。それならすぐ戻れるし」
「え?のせるって?」
「こういうこと」
そういった瞬間、レクターの身体が、ブワッと拡大した。
「……え?」
サユリが一瞬フリーズして、目をこすった次の瞬間。
「……え?え?」
そこには、成長した虎ほどもある、巨大な白猫が悠然と立っていた。
「ふふ、どうだい大きくなった僕は。かっこいいだろ?」
「……うん、そうだね」
「……その間はなに?」
「んー大丈夫、だと思う。うん、かっこいいよきっと」
「なんだよそれ?」
「ああ、うそうそうそ!かっこいいから!うん!」
「なんだかなぁ」
サユリがフリーズしたのも無理はない。
かりにレクターが豹やライオンのような姿になったのなら、それは確かにかっこいいだろう。
しかし。
猫の容姿のまま、縮尺のまま巨大化されても、それは……かっこいいだろうか?
むしろ……。
「ねえレクター、このおっきな猫さんの姿って、誰かに見せたことある?」
「ん?堂々と見せた事はないね、これでも切り札のひとつだからね」
「やっぱり……」
「え、何か問題あるの?」
「問題はないよ別に、うん」
「?」
どうやら、言わずが華と決め込んだようだ。
「まぁいいけどさ。
ところでサユリ、気配を消すのは忘れないで。冒険者に気づかれたらオークたちの邪魔になるからね」
「あ、うん……」
そう言いつつも、サユリは巨大化したレクターから目が離せない。
「さっさと乗りなよ。
それとも首根っこくわえて運ばれたい?あれは子猫だからいいけど、人間を運ぶと皮が裂けるか首の骨が折れちゃうんだけど?」
そういいつつ、サユリが乗りやすいように座り込んだ。
「あ、の、乗る!乗るから!」
あわててサユリはレクターの背中によじのぼったのだが。
「な、なんか不安定なんだけど。頭の方が低いし」
わざとなのか無意識なのか、レクターは背中を丸めていた。
これでは、確かに上に乗っているサユリは頭が低くなってしまう。
「僕は乗用じゃないから悪いけど揺れるよ。ちゃんと身体をのばして、背中に寝そべって。手足でしっかり掴まるんだ、いいね?」
「あ、うん……きゃっ!」
おっかなびっくりしがみつこうとしたサユリだったが、突然にレクターが身体を上下に揺らした。
ベタッとレクターの背中に叩きつけられるカタチになったサユリ。
「よし、それでいい。そうやって全身を使ってしっかりとしがみつくんだ」
「……ねえレクター」
「ん、なに?」
「しっぽでおしりをパタパタしないでくれる?それでなくても、なんか毛がヘンなとこでモシャモシャしてるのに」
なぜか赤い顔で文句を言っていた。
「は?何いってるの、ちゃんとしがみついてるか確認してるのさ」
「うそつき、エロ猫、変態猫……っ!?」
「あーうるさい、走るからね?」
そういうとレクターはそのまま立ち上がり。
背中が動いた事で不安定になり、必死にしがみつくサユリを確認すると、レクターはゆっくりと、しかし先ほどまでの一人と一匹ペースとは比較にならない速さで進み始めた。
ネコ科の動物は静かに動く事ができる。
大型のトラやライオンが音もなく動くさまは、まさに肉食動物ならではと言えるだろう。音もなく忍び寄り獲物を倒す、彼らはまさに生来のハンターだ。
だが。
いかに中身が超絶性能のハンターであっても、その姿が巨大なぬいぐるみのようだったらどうだろう?
確かに脅威は変わらない。彼は恐るべき敵かもしれない。
だが、コミカルなおもちゃのような巨大な頭、フワフワモコモコの四肢やしっぽには緊張感のかけらも見当たらなかったし、それに乗っかっているサユリだって、上下に激しく揺れる背中の感触に慣れてしまえば、あとはこの巨大なぬいぐるみをじっくり眺めて、笑いをこらえる事しかできなかった。
そう。
レクター本人がカッコいいつもりでいる事も、またサユリの笑いを誘った。
「なに?」
「なんでもない!」
ウププとこみあげそうな笑いを隠し、サユリは普通に答えた。
とはいえ、ペースアップになったのは間違いなかった。
たちまちのうちに平原を横切り、森が近づいてきた。
「サユリ、周囲を警戒して。僕も注意しているけど念のためだよ」
「わかった」
勘違いしてはいけない。
森を守るのはオークたちの仕事だ。サユリたちは彼らの仕事の邪魔をしてはいけないし、そして、サユリたちにはサユリたちでやるべき仕事があるのだから。
「うん大丈夫、いけるよ」
「よし」
樹精の森のそばまでやってきた。
入り口にはオークがいて、近寄ってくる巨大な猫をじっと見ていた。
よく見るとオークは負傷していた。満身創痍といってもよかった。
サユリはレクターから飛び降りると、オークに駆け寄った。
「……ひどい」
「おかえり。無事に戻れたのだな」
「うん、わたしは大丈夫だけど……ちょっと待って」
サユリはオークに手を添えると集中した。
「え、なに?」
背後でレクターの声がした。
サユリの周囲に水気をまとった光が集まった。そしてそれはオークにまで伸びてこれを包み込んでいった。
少したって、その光が消えていくと。
「……おお」
「ごめん、完全には治せないみたい」
「いや、重要な部位は治ったようだ。あとは自然に治癒するだろう。ありがとう」
無表情なオークが、静かに微笑んだ気がした。
「サユリ、すまないが東のゴブリン集落に向かってほしい。生者に治癒と、そして死者には安らぎを」
「わかった、すぐ行くよ!」
「うむ。ただし無理はするな、覚えたてなのだろう?」
「うん、ありがとう!」
サユリはそう答えると、後ろを見た。
「レクター、元に戻って!急ぐよ!」
「あ、ああ」
あっけにとられていたレクターは、ハッと気がついたように縮小して元のサイズに戻った。森の中には大きすぎる姿だったからだ。
そして、やれやれとためいきをつきながら、サユリの後を追いかけはじめた。
「やれやれ、これで自覚なしって……後が大変だぞこりゃ」
「レクター!」
「今いく!」




