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精霊の森の迷い子  作者: hachikun
22/28

ぼうけんしゃ

 山椒魚(さんしょううお)にお礼をいったふたりは、再び旅の空に戻る。

 空はおだやかだった。

 少し雲が出てきてはいたが、むしろ目に痛いほどの快晴よりは気持ちがいいくらいだろう。いつも森暮らしでこんな巨大な空を見慣れていないサユリにとってはソレもまた面白く、つい空を見すぎて足元を忘れそうになり、レクターに注意された。

「サユリ、少しペースをあげた方がよさそうだよ」

「うーごめん、でも急げば今日中には森に着けると思うよ?」

 旅といっても帰り道だし、急げば今日のうちにも到着するだろう。

 レクターのすみかは樹精の森ではないが、帰り着くまでは付き合ってくれる事になっている。もちろんそのまま、いつもの木のウロに彼を泊めるつもりだった。

 しかし、そんなサユリにレクターが首をふった。

「いや、サユリのよそ見のせいじゃないよ。なんか雰囲気がおかしいんだ」

「え?」

 レクターの不穏な発言にサユリも眉をよせた。

「何かあったの?」

「気づかないかい?冒険者や探索者の気配がある」

「え……あ」

 言われてみると、サユリも気づいた。

 そこかしこに人がいるようだ。そしてそれらは一様に何かを探しているのか、ずいぶんと尖った気配を放ってもいた。

「何か魔力の気配も?」

「探索魔法じゃないかな」

「!」

「彼らがいる事自体は珍しくない、珍しくないけど……それにしても多すぎる」

「多すぎる?」

「何かあったのかもしれないよ」

「あー、もしかしてアレじゃないかな?ペンダントを追ってた人たちがまだ残ってるとか?」

 サユリは、自分があやうく攻撃されかけたのを思い出した。

「いや、そっちだとさらに厄介事の可能性があるよ」

「というと?」

「たとえばだけどさ。彼らがペンダントでなくサユリを探しているとしたら?」

「!」

 サユリの顔色が変わった。

「そんな、なんでわたしを!」

「僕と出会った時のこと、もう忘れたの?兵士たちをブッ飛ばしちゃってたよね?」

「……それは」

「それに、神殿での事もある。相手が上位貴族やら王族である以上、魔道具を使った連絡網を持っていてもおかしくない」

「……」

「さて、どうしようかな?」

「み、見のがして、ね?」

「僕に言われても困るよ?」

「……あーうー」

「サユリ、足を止めない」

「あ、うん」

 うながされて、再びサユリは歩き出した。

「と、とりあえずどうすればいいかな?」

「僕が言うまでもなく気配は消してるみたいだからね、とりあえずできる事は何もないと思うよ。

 でも、精霊狩りなんかにかかると厄介だからね。なるべく人間を避けて、そして急いで森に入ろう」

「精霊狩り……」

「北の森で話はきいたろ?精霊そのものを捕えて道具として、エネルギー源として使い潰そうって人間たちがいる事を。

 需要があれば、当然それを満たそうとする者がいる。

 彼らの中に、サユリの話を聞いて精霊だと断定し、追いかけてる者がいても不思議じゃないと思う」

「……」

「これは脅しじゃない、事実だよ」

 脅かさないでよと言おうとしたのに先手を打たれ、サユリは黙り込んだ。

「ねえレクター」

「ん?」

「とりあえず、どうしたらいいと思う?」

「安全圏まで逃げる事、それがまず第一さ。つまり森に逃げ込めばいい」

「森に?それだけでいいの?」

「ああ」

 大きくレクターはうなずいた。

「森は全ての精霊の行き着く先だよ。それは故郷であり寝床であり、そして墓場でもあるんだ。精霊の力も、守りも、その全ては森でこそ最もよく発揮される」

「そうなんだ……でも、じゃあ森のないところには精霊は住めないの?」

「大きな湖や海にも住んでるそうだよ。僕は水が苦手だから行った事ないけどね」

「猫だもんねえ」

 クスクスとサユリは笑った。

「でも、潮風の似合う男じゃなかったの?」

「あれは人間だった頃の話だからね」

「へぇ……という事はレクター、海辺に住んでたの?」

「海辺っていうか漁村だよ。漁師の子だったんだ」

「そうなんだ」

「そこで素直に納得するところが」

「ウソなの?」

「本当だけどさ。どうして漁師の子が猫って聞かれるかと思った」

「そう?漁港に猫ってありがちだと思うけど?」

「へぇ」

「なに?」

「いや、確かにそうなんだけど……サユリって町育ちじゃなかったの?」

「んー、自分の事は特によくわからないんだよねえ」

「そりゃ大変だね」

「本当だよ。まぁ、困らないけどね」

「そうなの?自分がわからなくて不安じゃないの?」

「それは思わないかな。かりに思い出しても、それは今のわたしとは違うんだろうなって思うし」

「……」

「レクター?」

「ああ、いやごめん。びっくりしたんだよ」

「びっくり?」

「うん。カタチある精霊には過去にもあったけど、そこまで生前へのこだわりがないっていうのは初めてなんだよね」

「へぇ……それって、やっぱりよくないの?」

「いや、逆だよ」

「逆?」

「ああ、たぶんそれが本来あるべき姿……」

 そんな会話をしていた、その時だった。

 

 遠くないところから、何か魔物の叫び声のようなものが聞こえた。

 

「なにこれ?」

「オークの声みたいだね」

「オーク?なんでこんなとこに?」

 森まではまだ少しある。森の番人のオークがいるような場所ではない。

「誰かが森で悪さをして、追ってきたのかもしれないね……って、え?」

「レクター」

 

 ふと見ると、少し眉をよせた顔でサユリが見ていた。

 

「サユリ……まさか見たい、なんて言わないよね?」

「レクター、おねがい」

「さっき話したろ?君が今すぐとるべきは一秒でもはやく森に戻る事なんだよ」

「でも、気になるの!確認だけでもさせて!」

「……」

「……」

 レクターとサユリは、しばし向かいあった。

 

「ふたつ質問なんだけどさ」

「なに?」

「まずひとつ。確認したいのは、どうしてオークがここまで出張ってきたかって事だよね?」

「うん、そうだよ」

「オーケー、じゃあふたつめ。目的は確認だけでそれ以上の事はしないんだよね?」

「どういうこと?」

「そのままの意味さ。かりに見に行った結果、そのオークが冒険者に殺されそうでも、決して参戦はしないし隠密も解かないよね?」

「……」

 サユリはレクターの言葉に、しばし悩んでいた。

「レクター……」

「冷たいと思われるかもしれないけどさ。

 オークが勝てない相手に君が向かっていっても、それは君が殺されるか、最悪、戦利品として人間世界に持ち帰られるだけの意味しかないんだ。

 しかもだよ?

 君がもしそうなった場合、さらに君の精霊体は人間の武器として再利用され、それにより無数の犠牲が出る事になる」

 そこでレクターはいったん言葉を切った。

「そうなったら、どうなるか教えてあげようか?

 君が人間に兵器として転用された場合、ここいらにいる大精霊クラスでは逆に皆殺しにされるだろうし、森も全て焼き払われるだろうね」

「森を焼き払う!?」

「何を驚いてるんだい?

 今の教会の連中にとって、森は自分たちの支配の及ばない魔境なんだよ。強力な兵器を手にいれたとなれば、当然焼き払って自分たちの世界にしてしまうに決まってるだろ?」

「……」

 サユリは呆然としていた。

「言っておくけど、そうなる前に殺してっていうのは無理だよ?」

「……なんで?」

「君のもつエネルギーが大きすぎるからだよ。それこそ、南の森で僕が存在に気づいたくらいにはね」

「……」

「もう一回きくよサユリ。君はそこまでのリスクを支払って、それでも今、確認するべきだと思うかい?」

「……」

 サユリはしばらく悩んで、そして、

「レクター、ここから遠見ってできる?あとオークさんに回復とか補助をかける事は?」

「状況を見て、やばかったらバレないように補助だけでもできないかって?」

「うん」

「……わがままだなぁ」

「お願い……それともやっぱり無理?」

「あ、やっぱりって何だよやっぱりって」

「えー」

 クスクスと笑い出したサユリに、何か腹立たしげなレクター。

「ちぇっ……こんな子供だましで担ぎ出されるなんて、冗談じゃないぞ」

「ん、無理しなくていいよ。無理なら無理で」

「うるさい。ちょっと待ってな、今できるか確認するからさ」

 レクターの目が突然に、虹色に輝きはじめた。

「お」

「ちょっと静かにしててくれ」

「うん」

 それが本気で魔力を使っているのだと気づいたサユリは、口を閉じ、心配げにその場に佇んだ。


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