のせのせ
山椒魚という生き物は、人間としての視点で見るとグロテスクですらある動物だろう。少なくとも、軟体動物を思わせる表面のヌメヌメ感など、特に女の子が好ましいと思う姿ではないに違いない。
だけど。
言うまでもないが、これらはイモリやサンショウウオ、あるいはもっと新しい種族であるカエルもそうだが、彼ら両生類の特色ともいえる。つまり見た目の好き嫌いの問題にすぎないともいえる。
ただし、大型種となると絶滅種が多いし数も少ないから、一般論として印象を語るのは難しい。そもそもオオサンショウウオなど、TVや写真でなく実際に見たことのある人は多くないだろうし、ましてや9mにも達する古代の化石種となると、存在自体を知らない人が多かろう。
何を言いたいのかというと。
サユリたちにとり、この巨大な山椒魚は、クジラか何かの一種のような印象を与えているらしい。まぁ、全体像が綺麗に見えたらもう少し違うのだろうけど、大きさが一種の安心感を与えているのだろう。
「乗せてくれるの?でもいいの?」
『かまわない。確かに我らは柔らかい身体をもつが、そもそも精霊が乗っても重さにならないのだから』
「わ、ありがとうっ!」
「……」
大喜びでさっさと山椒魚の上に上がり込むサユリ。
そして、おっかなびっくりのレクター。
『では行く。ゆっくり行くが、川に落ちないようにしてくれ』
「はーい!」
そういうと、宣言通り、ゆっくりと巨大な山椒魚は動き始めた。
大型種の山椒魚というのは、元来あまり活発な生き物ではない。
小型種なら獲物を追い回す事もあるかもしれないが、大型種は間違いなく待ち伏せ型だろう。それは平べったい感じの胴体や、あまり泳ぎが得意とは思えない身体の感じからも想像がつく。
生き物というのは基本的に、生きるために合理的な姿をしているものだ。
たとえば、犬は徒党を組んで狩りを行い、また傷ついた獲物を延々と追跡したりする。よって行動範囲が広かったり、やたらと持久力があったりする。鼻が良く効くのも追跡に有用だからだ。
これに対し、猫は視力を発達させ、瞬発力に優れている。さらに体臭も少ないが、これらは全て待ち伏せ型の狩りに適合している。
このように、生き物の身体とはその生活史にフィットするように作られているものなのだ。
そういう視点でこの山椒魚を見ると、これはやはり待ち伏せ型なのはおそらく間違いない。
サユリはそういう科学的視点はもたない。
しかしサユリは山椒魚をパッと見て、漠然とのんびり屋の印象を持ったようだった。
「おお」
水を上から覗き込んでみた。
水中はあいかわらずの魚の大群なのだが、水中で大きな足が動いているのもチラチラと見える。
それは寸足らずで、しかし巨大なものだった。見ようによっては不気味なもので──事実、同じものを見ているレクターは若干引いているのだけども。
だけどサユリには、そのゆったりとした動きが可愛く見えているようだった。
「サユリって……もしかして、そういうの好きなタイプ?」
「そういうのって?」
「いや、なんでもない」
レクターは話を続けようとしたけど、その追求がまったく益体もないものだと気づいたのだろう。やがて黙った。
女性は基本的に軟体動物的なヌメヌメしたものを嫌うとされている。虫なども嫌がる場合が多いと。そしてそれはおそらく、統計をとっても同じような結果が出るのだろう。
しかし世の中には、むしろヌメヌメ、ヌラヌラ系が大好きという女性も存在する。これもまた事実らしい。
驚く事ではない。
蓼食う虫も好き好きという言葉があるように、人の好みとは千差万別なのだから。珍しい趣味といってもゼロではない以上、サユリが両生類やらトカゲが好きだったとしても別に不思議はない。
それよりも。
「魚はやっぱりついてくるんだね」
「ほんとだねえ」
足の動きを見ようとしても、チラチラとしか見えないのは魚の群れが邪魔しているからだ。山椒魚のまわりにはやっぱり魚の群れがいて、サユリが水面に近づくのを待ち構えているようだった。
『彼らを嫌わないであげてほしい。強大な魔力源に引き寄せられる、ただそれだけの事なのだから』
「あー、うん、わかります。だから大丈夫です」
夜、明かりに虫が引き寄せられるようなものだよねとサユリは苦笑した。
「確かにそのとおりなんだろうけど、それで納得できるのがサユリらしいとこだなぁ」
「そう?」
「ああ」
飛んで火に入る夏の虫、に近い概念はこの世界にもある。人間時代の記憶があるレクターもそれは理解している。
しかし。
サユリの前世である世界は電灯が百年単位で使われていたし、虫を積極的に引き寄せて殺す青い灯りなどもあった。つまり「飛んで火の入る」の火の印象がずいぶんと異なっているのだが、そこを指摘できる者はここにはいない。
レクターはただ首をかしげるばかりだった。
そんな会話などしているうちに、山椒魚は対岸に近づいてきた。
広い川だけど、渡し手がいるのにわざわざ中州を中継する必要もない。直接対岸にやってきたわけだ。
『この先は浅いので、私では少々きつくなる。申し訳ないのだが』
「いえ、問題ないです。ありがとうございました」
『いやなに、気を付けていきなさい』
「はいっ!」
レクターがまず華麗に岸に飛び渡った。
次にサユリだったが、
「う……」
浅いとはいえ、追いかけてきた魚がうじゃうじゃいる。
しかし覚悟を決めると、
「よしっ!……ぁぁあああぁぁぁぁああああっ!」
ヒーヒー泣きながらだが、なんとか残り部分を渡り切った。
「はぁ、はぁ、」
「この距離なら、練習したらサユリでもジャンプできるんじゃないかな?」
「え、そうなの?」
「精霊力をうまく併用しないとダメだけどね」
「うう……練習するよぅ」
涙目でサユリは言うと、川の中にいる山椒魚に声をかけた。
「ありがとう山椒魚さん!あの、お名前きいていいですか?」
『名前?私には名前などないが……どうして名前が必要なのかね?』
「はい、またお会いできたらお話できるかなって」
『ほう?』
少し山椒魚は考え込んだが、やがて返答してきた。
『私の魔力を読めるかね?』
「?」
『言葉で名前をつけるのは、言葉を使う人間のやりかただろう。だが私は魔力を読むことで区別するのだよ』
「へぇ……ん?」
そこでサユリは少し考え込んだ。
「もしかして、エルフさんたちのお名前と一緒?」
『エルフ?ああ、森の人間たちか。うん、だったらその通りだとも』
「なるほど……ちょっと待ってくださいね」
サユリは意識を山椒魚に向けて、魔力を読み取ってみた。
(ああ……これってとても特徴的かも)
山椒魚の魔力は水を帯びていた。水の精霊王のそれにも少し似ていたが、れっきとした動物なので、それだけではなかった。
ひとことでいえば、長生きの果てに魔物化した動物。
「なるほど……うん、読み取れました。ありがとうございます」
『礼はいらない。では、気を付けていきなさい』
「はい、ありがとうございました!」
笑顔で山椒魚と別れた。
「さ、いこうレクター……レクター?」
ふとサユリが目を向けると、レクターがサユリを見ていた。
その目線と雰囲気に、呆れたような、困惑したようなものを感じたサユリは、思わず質問していた。
「レクター、どうしたの?」
「いや……自覚がないって本当に凄いことだなってね」
「?」
よくわからない事をいわれて、サユリは首をかしげるばかりだった。
『益体もない』
なんの益もない、役に立たないという事。




