いきはよいよい、かえりは■■い
再び二人、正しくは一人と一匹に戻った一行。
昨日と同様に空はよく晴れていた。ずっと南の方に少し雲が見えていたが、それでも空自体はおおむね快晴だった。気温も少し高めで、春から初夏に向けて、少しずつ暑くなっていくが空気の中には微妙に寒さを残した、そんな季節を思わせる感じだった。
そんな中、女の子と白猫は歩く。のんびりと。
「川だね」
さっそく川に戻ってきた。
昨日渡る時、サユリはこの川で大変な目にあった。水の上を歩こうとしたら足の裏を魚の大群に小突き回され、悶絶させられたわけだけど。
「もう集まってるな」
「う……」
見るからに、もう川面の光り方がおかしかった。
キラキラ、キラキラ。
水面近くで泳ぎまわる魚たちのために水面が乱れ、それが快晴の陽の光を反射して輝いている。
「なんでもう集まってるの……」
まだ北の川岸から見ている段階なのに、集まりつつある魚たちにサユリは頭を抱えた。
「言ったよね?彼らにとってサユリは魔力の塊だって」
「だったらレクターだって一緒じゃない。なんでわたしだけ?」
「いや、ちゃんと僕にも来てるよ」
「え、そうなの?」
もちろんとレクターはうなずいた。
「ただ僕は小さいし、走れば人間のサユリより速いだろ?結果として、ほとんど感じずにいられるんだと思う」
猫なのだから、足が速いのは当然といえば当然だった。
なるほど。
同じように突かれてはいるが、レクターはさほどに感じていないらしい。
「ところでサユリ」
「ん?」
「サユリが望むなら、僕みたいに猫になればいいんだよ。そう思わないかい?」
「そんなことできるの?」
「できるよ、それに仕込みもすませてあるよ」
「……仕込み?なにそれ?」
何か不穏なものを感じたのか、サユリの目が少し細くなった。
「サユリが猫になりたいと思えば、僕がひと押しするだけで猫になれるように細工してあるって事」
「え、そうなの?いつのまに?」
サユリの目が丸くなった。
「おとといの夜中にね」
「む、それって、わたしの意思を無視して何かやってたってこと?」
眉をよせたサユリに、レクターはちょっと慌てたように弁解した。
「そりゃ、神殿の人間を信用してなかったからね。それに実際、水の大精霊が関わってこなかったら、僕が猫化を発動して逃げる予定だったんだぜ?」
「……」
「事実そうだったろ?幸いにも猫化を使わなくても逃げられたわけだけどさ」
「……なるほど」
サユリは少し考えこみ、フムフムと納得した。
やれやれとレクターはためいきをつきかけたのだけど、
「あのねレクター、そういうのは本人に断ってからにしてくれる?」
「いや、悪かったって」
「本人無視して勝手に手をうって、状況で押し流そうとするんじゃないの。そういうのって、たとえそれが本人のためでも相手を怒らせる元なんだよ?」
「……」
猫のため顔は変わらないが、レクターは内心ひきつっていた。
そんな微妙なレクターの反応もサユリはわかるようで、
「わかった?」
「あー……あーうん、わかったって」
「本当にわかったの?」
「わかった!」
「まったくもう。
まぁ、あれこれ心配してくれていたのはありがとうね。でも、次からは勝手にやるのはナシだよ?」
「うん、わかった」
にぱっと微笑んで、でも注意だけは忘れないサユリに、レクターは思わず苦笑しつつも答えた。
そして話は川に戻る。
「まぁ、とりあえず行きには使えなかった手を使ってみるかな?」
「え?」
首をかしげるレクターの横で、サユリが苦笑した。
「えっとね……『みんな、悪いけど道をあけてくれるかな?』」
「!」
サユリの身体が突然に、何か霧のようなものに包まれた。
それが水属性の精霊力であるとすぐにレクターは気づいたが、
(おいおい、昨日の今日だったのに、いきなりもう普通に使えるってのか?)
ギョッとした顔のレクターをよそに、サユリは「うーん」としばらく唸っていて、
「……あちゃー」
そういうとピタッと精霊力をひっこめた。
「?」
不思議に思いつつもレクターは川の方を見たが、魚たちに変化はない。
「なに、どうしたの?効果がなかったの?」
「……あのね」
「うん」
困ったようにサユリがぼやいた。
「お話は通じたみたいなんだけど……」
「何かあったの?」
「お魚さんたちの頭の中、ごはんの事しかないんだよ。お願いは聞こえてるけど理解できないみたい」
「……ははは、なるほど」
思わずレクターは苦笑した。
「なに、笑わなくてもいいでしょう?」
「ごめんごめん、バカにしたわけじゃないんだ。むしろ、当たり前といえば当たり前だよなって思ったら笑いが漏れただけ」
「?」
「いや……あのねサユリ、変な話だけどさ。
たとえば漁師がいたとしてさ。捕まえた魚がみんな会話可能で意志疎通できたとしたら……それを料理して食べられるかな?お店で遺体を並べて売り買いできるかな?」
「……それは無理」
「僕もそう思う。だからこの場合、話が通じないのはむしろ幸せな事だと思うんだけど、サユリはどう思う?」
「すごく同意、納得した。ありがとうレクター」
魚は魔物でも何でもないから、精霊だってスムーズに意思の疎通ができるわけではない。サユリが魚たちと意志疎通できたのは当人の素質もあるだろうが、もちろん水の大精霊の加護があってこその事だろう。
しかし、だからといって魚たちに人と言葉を交わせるほどの知能があるとは限らないわけだ。
「いいさ。僕だって想定外だったもの」
このレクターの返事は単にサユリへの返答というだけでなく、色々な意味のこもったものだった。
と、そんな話をしていた時だった。
「あれ?」
「む?」
最初にサユリが気づいた。レクターも続いて反応した。
「川の中に何かいるね。北西の、つまり上流側から泳いできたみたいだけど」
「お、おっきいね。なにこれ?」
「魔物みたいだね、でも……お、あれかな?」
「うわ……おっきいねぇ」
呆れたようなサユリの声が響いた。
無理もない。
水をかきわけつつ動いてきた大きな影は、普通に十メートルを超える大きさだったからだ。
それに。
「……山椒魚だ」
「え?」
「えっとね、なんか記憶があるの。前の世界にいたみたい。ここまで大きくはなかったっぽいけど」
「そうなの?大きさの根拠は?」
「写真?風景?大人の男性が抱え上げた写真。誰かは知らないけど」
「抱えあげられるサイズか。それが子供って可能性もあるにせよ、似た生き物がいたって事だね?」
「うん。レクターは見たことないの?」
「水に近づかないからね。残念ながらお役にたてないよ」
「そっか」
そんな話をしているうちにも、その巨大な影はゆっくりとサユリたちに近い岸辺によってきた。そしてこの影に道をあけるように、魚たちがパッと分かれた。
そして。
サユリたちの見ている目の前で、その巨大な丸っこい頭が、のそりと水面から姿をのぞかせた。
「おお」
「すげ……」
もしサユリがきちんと記憶を持っていたら、それが地球のオオサンショウウオという動物に確かに似ていると確認できたろう。
こげ茶色で、全身ぬめっとしていた。ただし大きさが小型のクジラほどもあるもので、その姿はかなり異様だったが。
サユリはそんな、巨大な山椒魚をまじまじと見て、そしておもむろに声をかけた。
「こんにちは、山椒魚さん。どうなさいました?」
『道をあけてほしい、通してほしいと魚たちに訴えていたのは君かね?』
その大きさにある意味ふさわしい、重低音の効いた渋い声がサユリたちの脳裏に広がった。
「うわ、なんかカッコいい声」
「はぁ?」
サユリの反応がいまいち理解できず、レクターが首をかしげた。




